第93話 性奴隷を飼ったのに

 チェルシーが部屋に入って来た。

「産まれてるじゃねーかよ」

 二足歩行で犬と書かれたTシャツを来た猫が言う。


「なんでお前が泣いてんだよ」

 と俺は言った。


「泣いてねぇーよ」

 とチェルシーが言って、肉球で目を擦った。

「おめでとう」と猫が言う。


「ありがとう」

 とイライアが微笑んだ。


 アニーとナナナもアワアワしながら部屋に入って来た。


「赤ちゃんだ」とナナナ。

「産まれたんですね」とアニー。


 そして2人が赤ん坊を覗き込んだ。

 2人の頬が赤くなり、満面な笑顔になった。


「おめでとう」とナナナ。

「おめでとうございます」とアニー。


「ありがとう」

 とイライアが微笑んだ。


 ボクも赤ちゃんほしいなぁ、とナナナが呟いた。聞こえなかったことにしよう。

 私も小次郎様との赤ちゃんがほしいです、とアニーも小さく呟いていた。聞こえなかったことにしよう。


 バランも部屋に入って来た。

「産まれたのか?」


 バランが赤ちゃんの顔を見る。


「全然、ヒゲ生えてねぇーじゃねぇーか」

 とバランが言った。


「これから生えるんだよ」

 とチェルシーが言う。


「女の子だから生えねぇーよ」

 と俺が言う。


「お腹の中にいた赤ちゃんは、どこから出て来たんだ?」

 純粋に思ったことをバランが口にした。


 チャルシーがバランの肩に乗り、コチョコチョと言語化してはいけない言葉をバランの耳元で囁いた。


「嘘だろう!」

 とバランが驚いている。


「これがマジなんだ」

 とチェルシー。


「マジか。お前、大変だったな」

 とバランがイライアに言った。


 彼女は少し緊張しながら、「うぬ」と答えた。


「こういう時はおめでとう、って言ってやるんだ」とチェルシーが言う。


「おめでとう」

 とバランが言った。


「ありがとう」

 と泣きそうな顔でイライアが返事をした。


「あなた達」と助産師さんが言う。

「まだ胎盤たいばんを取らないといけないから出て行ってくれるかい」


 みんな助産師さんに追い出されて部屋から出ていく。


「お父さん。赤ちゃんを預かっといて」と助産師さん。


 俺はイライアから赤ちゃんを預かった。

 産まれたばかりの赤ちゃん。

 まだ目も開いてない。

 ミャーミャー、と泣き声をあげている。

 小さくて、すぐに壊れてしまいそうで、なんて可愛らしいんだろう。

 

 俺は色んなことを思い出していた。日本にいた頃に抱いた自分の子ども。一生忘れることはない宝物。大切で大好きで死ぬほど愛している。自分の命よりも百億倍大切だった。

 この子も俺にとっては大切で大好きで死ぬほど愛している宝物になるのだろう。

 ミャーミャーと泣いている赤ちゃんを抱っこしているだけで、胸の奥が痛かった。




 それから数日も経たないうちに戦争が終わったニュースが広がった。戦争はソビラトの勝利。

 敗戦したエジーは領土の半分をソビラトに没収されたみたいである。

 同盟国のバビリニアが正義のヒーローとしてたたえられていた。バビリニアは世界の守護者。だから同盟国であるソビラトを守った。さすがバビリニア。やっぱり正義が勝つ。ソビラトバンザーイ。

 俺の国に伝わった時には、そんな感じだった。

 なぜ隣国の戦争の終焉で俺の国が盛り上がっているのか? 

 その戦争で魔王が討伐されたというニュースがあったからである。

 戦時中に魔王がソビラトを襲ったらしい。それを勇者達が討伐したらしいのだ。


 アクセプトの国になる前、この国は魔王に滅ぼされた。

 だから国民が魔王討伐のニュースを聞いて喜んでいた。

 街は賑わい、お祭りモード。


 イライアはキャラクターメイキングをやり直した。

 つまりイライアの容姿を知ってる奴に魔王であることがバレないように姿を変えたのだ。

 赤髪で色白の美人さん。

 俺が姿を変える魔法をほどこしたので、術者の俺の目には白髪の小麦肌の女性のままである。

 だけど他の人から見たイライアは別人に見える。


 魔力だけでも魔王であることがバレるので、完全に俺の魔力を彼女は使うことになった。

 だけど俺の魔力を使っていたら魔力感知に長けている人がいたら疑うんじゃないか?←たぶん気にしすぎだけど、そう彼女は思ったらしく、俺の魔力とイライアの魔力とバッハの魔力を混ぜて使うことになった。

 ネルねるねーるみたいにグチャグチャと混ぜると魔力はまったく違う色になるのだ。

 

「後は名前だな」

 と俺は言った。


 イライア、は魔王の名前である。

 そのまま使用することはできない。


「旦那様につけてほしい」

 と彼女が赤ちゃんを抱っこしながら言った。


 イライアは俺のことを旦那様と呼ぶようになっていた。


「愛」と俺は言った。

 ずっと彼女が求めて来たもので、ずっと彼女が固執して来たものである。

 そしてイライアを反対から読むとアイライになる。アイライのライの部分が余計なので愛と名づけた。

 暗闇を歩いて来たような今までの人生とは反転してほしい、と俺の願いが込められている。


「愛」と彼女が呟く。



 生まれ変わった彼女と俺は結婚することになった。

 異世界では3回目の結婚式である。

 また王様が結婚するってよ、みたいな空気感があった。

 次は赤髪の美人さんだってよ。しかも赤ちゃん付き。


 魔王討伐で祭りモードになっていたので、それに便乗して街の広場で結婚式をすることにした。

 貴族席を作って、国民達も見れるようにしたら本当に大きなお祭りみたいになってしまった。

 

 色んな街から人が集まり、色んな出店も集まった。色んなところで音楽が鳴らされ、活気に溢れた。

 

 愛は赤いドレスを着て赤ちゃんを抱っこしている。

 この世界では結婚式のドレスは夫に対して抱く気持ちを色で示す。

 赤色は愛情を示す色だった。

 

 俺と愛が広場に現れると、「その子は誰の子だ?」みたいなヤジが飛んできた。


「この子は私の子どもです」と俺は愛想よく答えた。

「浮気者」と色んなヤジが飛んでくる。

 集まった国民は楽しそうだった。

 俺はエヘヘへ、と笑った。

 浮気して子どもができて結婚みたいな流れだと国民達は思ったのだろう。


 彼女は勇者から逃げて奴隷として売られてしまった。それを俺は買い取った。だから奴隷契約だった。

 すでに奴隷契約書は前日に破棄している。


 舞台に上がる前に赤ん坊をアニーに預かってもらって、俺達は舞台の上に立った。


 アイテムボックスから婚姻届を取り出して、俺はサインした。


 愛という名前になったイライアもサインをする。

 そして2人の小指に魔法の赤い糸が現れた。


「愛してるよ」

 と俺は言った。

「妾もじゃ」

 と彼女が言った。

 俺は生まれ変わった彼女にキスをした。


「おめでとう」と国民達の盛り上がる声が聞こえた。

 

 魔王イライアは生まれ変わり、俺の妻になったのだ。



 ちなみに赤ちゃんの名前はミイになった。愛がつけたのだ。お母さんの名前の頭文字を取ったらしい。ミナミとイライア。だからミイ。

 娘の名前にミナミの名前が含まれていることに俺はジーンとした。


 それと彼女の言葉の重みに俺は驚いた。

 寝ている時に赤ちゃんが泣き出すと愛はおっぱいを赤ちゃんにあげた。

 俺は隣で寝ていて、小さくて可愛らしい赤ちゃんの後頭部を見ていた。

 愛は赤ちゃんがおっぱいを飲むのを見ながら微笑んだ。


「愛しているのじゃ」

 と彼女が呟いた。

 

 どれだけ俺が愛しているを呟いても、ここまで深く、ここまで愛を込めて、言葉を紡ぐことはできないだろう。

 彼女の言葉を聞いて、俺は幸せな気持ちになった。


 性奴隷を飼ったのに、彼女は俺の妻になり、母親になったのだ。

 

 

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