第92話 出産

 イライアの手を引っ張り、他のメンバーを俺の体に乗せて急いで家に帰った。

 

 家に到着すると、イライアを俺の部屋のベッドに寝かした。


「うぅー、うぅー」

 と彼女がウネって俺の手をギュッと握った。


 なぜかアニーとナナナがアワアワしている。

 どうしよう? どうしよう? と大混乱中である。


「落ち着いて」と俺は2人に言った。

「アニーとナナナは助産師さんを呼んで来て」


「はい」と2人の返事。


「チェルシーはメイドさんを呼んで来て」


「了解」

 とチェルシーが言って、部屋から出て行く。


「俺は?」

 とバランが尋ねた。


「クソしてリビングで寝といてくれ」

 と俺が言う。


「わかった」

 とバランが言って、部屋から出て行こうとする。


「バラン」

 彼の背中に呼びかけた。


「お前ばかりに嫌な思いをさせて、すまない」

 と俺が言った。


 何を言ってんだコイツは? みたいな顔をバランがした。


「気にするな。早くクソして寝ろ」


「出産ってマジで忙しいな。早くクソしなくちゃ」

 とバランは言って、部屋から出て行った。


 うぅー、とイライアのウネりが止まった。


「大丈夫?」

 と俺が尋ねた。


「痛みがおさまったのじゃ」

 と不安そうにイライアが言う。


 俺は一度、出産に立ち会っている。

 ここから長い時間がかかるのだ。


前駆陣痛ぜんくじんつうだよ。出産前の子宮の準備運動で、痛みが不規則にやってくるんだ」

 と俺は言った。


「そうか。お主は何でも知っておるの」

 とイライアが言う。


「なんでもじゃない。ただ、たまたま知識があっただけ」

 と俺が言う。

 32年分、日本で生きた知識があるだけだった。


 やって来たメイドさんにボールを用意してもらった。これが役に立つのだ。陣痛が来た時に腰に当てると気が紛れるらしい。

 まだ出産には時間がかかるけど大量のタオルも用意して貰った。

 赤ちゃんを洗うためのお湯は、まだ必要ないだろう。

 俺は色々メイドさんに用意してもらったけど、そういえばアイテムボックスにボールもタオルも入っていたような気がする。相当に俺も焦っている。


 前駆陣痛がくると俺は彼女の腰にボールを当てた。

 イライアは痛そうに顔を歪めた。


「もっと上の方じゃ」

 とイライアからの指示が来る。


 俺は、その指示に従ってボールを当てた。


 それから40代の太ったお母さん系の助産師さんが来て、イライアのお股を覗いた。

「まだ時間がかかるね」

 と助産師さんが言った。


 それから助産師さんは隣の部屋で待機。同じ部屋で待機してもらってもいいらしいのだけど、それはイライアが嫌がった。俺は彼女の隣に寄り添った。

 それから1時間ごとに助産師さんが部屋に入って来て、彼女の様子を見てくれた。

 そして破水から8時間後に本陣痛がやって来た。


「あぁあぁぁー」とイライアが叫んだ。


「もうそろそろ生まれるね。お父さんは手を握ってあげて」

 と助産師さん。


 イライアが俺の手をギュッと握った。


 彼女は歯を食いしばって、叫んでいた。

 息を吸って吸って吐いて、息を吸って吸って吐いて、をイライアが繰り返す。


 イライアの体が汗でビショビショで、本当に苦しそうだった。

 この時、俺は彼女の手を握る以外、なにもできない。


「痛いのじゃ」とイライアが叫んでいる。

 痛いのじゃ。痛いのじゃ。痛いのじゃ。痛いのじゃ。


 物凄く苦しそうに顔を歪め、イライアが叫んでいた。




 生まれた。




 赤くて小さな生き物が、彼女のお股から生まれた。


 小さくミャーミャー、と泣き始めて、しだいに泣き声が大きくなっていく。


 よかった。本当によかった。

 涙が自然と溢れ出た。


 助産師さんが赤ちゃんをぬるま湯のお湯で洗ってタオルで巻いてくれた。


「女の子だよ」

 と助産師さんが言って、イライアに赤ん坊を差し出した。


 イライアが赤ちゃんを受け取り、恐る恐る抱っこした。

 彼女は赤ちゃんの顔を見て笑った。


「イライアの子どもだよ」

 と俺が言う。

「誰が何を言おうとイライアの子どもだよ」


 昔、彼女には大切な人がいた。関西人勇者。彼の子どもをイライアはお腹に宿していた。

 関西人勇者を召喚した国はバビリニアだった。バビリニアは勇者を犠牲にしても星のカケラを手に入れるという政策だった。


 関西人勇者は別の国を滅ぼすことを拒み、イライアはバビリニアの人質になった。

 その時に彼女は大切なお腹の子どもを亡くした。

 2人はバビリニアの政策の犠牲者になってしまった。

 だからといって、その後のイライアがやった残虐な行動が許されるという訳ではない。


 もし関西人勇者が別の国に召喚されていたら、もしかしたら彼女は赤ん坊を産んで幸せに暮らしていたのかもしれない。

 だけど彼女には、そんな当たり前な幸せがやって来なかった。

 大切な人が死んで、お腹の中の赤ん坊も死んだ。

 ずっと彼女は夢を見てきていたのだ。自分の子どもに会う日を。


わらわはこの時のために生まれて来たのじゃ」

 とイライアが言った。


 彼女は泣いていた。

 産まれたばかりの赤ん坊を抱っこして、泣いていた。

 生まれたばかりの赤ちゃんは、本当に赤くて小さい。

 赤ちゃんは母親の胸に抱かれてオギャーオギャーと泣いている。


「妾の赤子じゃ」


 世界中の人がイライアを罪人として指差しても、お母さんは子どものために幸せにならなくてはいけない。

 どんな事があってもお母さんは子どもを守らないといけない。

 誰になんと言われても、子どもの母親だと主張するように彼女が言った。


 赤ん坊に優しく微笑むイライアは世界で一番美しい女性だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る