第79話 お主の子を産んでやろう、と言っておるのじゃ

 両想いだった。

 長谷川はイライアのことを想い、イライアは長谷川のことを想った。

 だけど結ばれるのは魔王を倒してからになる。


 もしかしたら魔王を倒したら日本に帰れるかも、という期待が関西人勇者の中にあったのかもしれない。だから気持ちを保留にさせていたのかもしれない。恋よりも子どもに天秤は傾いていたんだろう。

 子どもは凄い。いつでも会いたいし、いつでも守ってあげたい。自分がいなくては死んでしまいそうなほどもろくて、そのくせ元気で一緒にいたら疲れる。

 子どもは失うのが世界で一番恐ろしいモノだった。

 だから魔王を倒したら帰れるかもしれない、という気持ちがある限りは、長谷川は彼女に手を出さなかった。


 イライアは賢者の石のことを長谷川に内緒にしていた。

 賢者の石は元の世界に戻すためのアイテム。勇者のためのアイテムである。

 黄泉の国から元の世界に戻すのにはコストがかかる。世界中の人間か? それとも大切な人間か? 究極の二択を求められるほどのコスト。

 だけど生きている人間を元の世界に戻すのはコストがかからない、とイライアは言っていたような気がする。←詳しくは聞いていなかったけど、そんなことを言っていたような気がする。


 この時点で彼女は長谷川を日本に帰すことができたのだ。

 だけど彼女は黙っていた。

 愛した男がいなくなることを拒んだのだ。


 2人は魔王を倒して、関西人勇者を召喚した国に戻った。

 長谷川を召喚した国はバビリニアだった。この時代のバビリニアは中小国家だった。

 王様に褒められ、大きな家と、それなりの爵位と、領地を勇者は与えられた。

 すでに大きな家には執事もメイドもいた。

 

 大きな家の大きな部屋。

 その部屋の大きなソファーに長谷川は座った。

「ごっついマイホームを貰っても嬉しくないわ」

 と長谷川が言った。

 イライアは彼の隣に座っていた。


「まだ子どもに会いたいのか?」

 と彼女が尋ねた。


「もう日本に帰られへんのかな?」

 と彼が尋ねた。


「無理じゃ。お主は日本には帰れん」

 とイライアが言った。


「魔王を倒してもホンマに元の世界に帰られへんかったしな」

 と彼は言って、悲しそうに笑った。


「そうじゃ。召喚された勇者は死ぬまで、この世界で生きるのじゃ」

 と彼女が言う。


「そうか」

 と彼が呟いた。


「別の子で良ければ、妾がお主の子どもに会わしてやろう」

 とイライアが手をモジモジしながら言った。


「イライアさん、それはどういうことでしょうか?」

 と長谷川が急に敬語で喋った。


「えっーと、わからぬのか?」


「わからぬ」と長谷川が悪戯っぽく言う。


「お主の子を産んでやろう、と言っておるのじゃ」


「産むって、何をするのか知っているんですか?」


「その敬語はやめんか」


「ごめんごめん。産む前にどんな行為をするか知ってるの?」


「……体を交えるのじゃろう?」

 恥ずかしそうにイライアが言う。


「違う」と彼が言った。「お前はそんなことばっかり考えているのか。産む前にしないといけないのは結婚やろう」


「そんなことばっかり考えておらぬ。妾も結婚だと思ったんじゃ。間違っただけじゃ」

 と彼女が慌てて言った。


「嘘やん。真剣に答えてたやん」


「決して嘘ではない。妾は嘘などつかぬ。結婚だと思っていたんじゃ」


「わかったわかった。イライアは結婚だと思いながら、体を交えるって答えたんやな」


「そうじゃ。ただそれだけの事じゃ」


「俺とそういうことしたいの?」


「……したいに決まっておろう」

 と彼女が超絶に照れ臭そうに言った。


「俺もしたい」

 と彼が言った。


 長谷川がイライアの頬を両手で掴み、キスをした。

 イライアのファーストキス。

 あまり上手にできずに、歯がカチカチ当たるキスだった。


 


 チェルシーは配慮して編集でエッチなシーンをカットした。

 だからエッチなシーンは見れなかった。

 

 それからイライアには幸せな日常がやって来る。2人は結婚してイライアは妊娠した。

 大きなお腹。

 彼の子どもがお腹の中にいた。

 長谷川は彼女のお腹を触ったり、耳を当てて音を聞いたりしていた。

 イライアは幸せだった。

 だけど、そんな幸せは長くは続かなかった。

 王様から長谷川に仕事の依頼がきたのだ。

 その仕事の依頼は別の国を滅ぼすことだった。

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