第78話 好きやから辛いんや
それから2人は冒険をした。
イライアは魔王を倒す冒険に付いて行った。
彼女は勇者のパーティーメンバーになったのだ。
長谷川は勇者特有の成長率を見せて強くなっていく。彼ほどではないけどイライアも強くなっていく。
この1年間で色々とあったんだと思う。
でも1年分をガッツリ見ていたら、本当に1年かかってしまうのでチェルシーはイライアが印象に残っているシーンだけを抜粋して映像として流してくれた。
長谷川の戦う後ろ姿。
長谷川のご飯を食べている姿。
長谷川の笑う姿。
隣に歩く彼の姿はイライアより長身で、いつも彼女は見上げていた。
テントの中。
彼は手を出して来なかった。
長谷川が先に寝るとイライアはランプを付けて彼の寝顔を眺めていた。
彼女の記憶に残るシーンの全てに長谷川がいた。
確実に、絶対に、イライアは彼が好きだった。ずっと冒険を一緒にしていて惹かれていたのだ。
冒険者ギルドでクエストを選んでいる最中のこと。
「仕事とは何じゃ?」
と彼女は問うた。
純粋な疑問だった。
「なんやねん急に」と長谷川が言う。
「いいから答えるんじゃ。答え次第では妾は宿屋に帰ってお主の帰りを待つ」
とイライアが言う。
街にいるので野宿ではなく、宿泊しているようだった。
「ええご身分やな」
と長谷川は言って笑った。
彼は仕事について少し考える。
「生きていくための金稼ぎ」
と彼は答えた。
「それだったらお主が稼げばよかろう」
とイライアが言う。
「それにお金は国からも貰っておろう。お主がギャンブルでお金を失わなければ妾は仕事などせずに済んだ」
「でも別の側面もある」と彼は言う。「自分を成長させるためや」
「冒険をしているうちに妾は強くなっておる」
とイライアが言った。
「別の側面もある。それは社会貢献や」
と長谷川が言う。
「カッコつけて言うでない。お主がギャンブルでお金を全て使い果たしていなかったら、こうなっていないんだぞ」
「仕事って、より良い社会にするために貢献するっていう側面がある。こんなにクエストがあるってことは、こんなに人が困ってんねん。誰かの悩みを解決してあげよう。なぁ? 俺はそう思うねん。魔王を倒したいと思ったのも、この世界の社会を良くしたいと思ったからや。一緒に仕事してください。一緒に仕事してくれたらクエストも早く終わるんです」
「もうギャンブルなんてしないと妾に約束しろ」
とイライアは言った。
「もう2度とギャンブルなんてしません」
と彼が言う。
「よかろう」
とイライアが言った。
2人で寝転んで夜空を見上げていた。
「光るツブツブは綺麗じゃの」
とイライアが言った。
「星のことを光るツブツブって言うなや」
と長谷川が言う。
「光るツブツブじゃろう」
「間違ってへんけど」
と長谷川が言う。
「あの光るツブツブの中に、お主の故郷はあるのか?」
とイライアが尋ねた。
「わからん」と長谷川が答える。
「帰りたいか?」
とイライアが尋ねた。
「……子どもに会いたい」
と長谷川が答える。
イライアは胸に隠している賢者の石を触った。
「ごめん。お前がおるのに、こんなこと言ってしまって」
と長谷川が言う。
「……」
「子どもに会いたくて堪らんねん」
イライアが彼を見た。
長谷川は泣きそうな顔で夜空を見上げていた。
「……そうか」
とイライアが呟いた。
「『お前がおるのに、こんなこと言ってしまって』って言った俺のセリフ可笑しくない?」
と長谷川が言う。
「なんか俺達、付き合ってるみたいやん。全然、付き合ってへんのに。なんか変なこと言ってしまったな」
「妾はお主にいてほしい。ずっとそばにいてほしい」
とイライアが彼の手を握った。
長谷川は空いている腕で目を隠した。
彼の体が小さく揺れた。
ヒック、ヒック、と彼が泣いた。
「お前のことを好きになってもうたら、もう子どもに会えなくなってしまう」
震える声で長谷川が言った。
「妾のことは好きになってくれぬのか?」
「好きやから辛いんや」
「妾はお主のことが好きじゃ。異世界になど帰ってほしくない。妾のそばにいてほしい」
とイライアが言った。
長谷川は実年齢30歳を超えたオッさんだろう。日本に帰るために生きているのだろう。隣の女の子を好きになったらいけないと思っているんだろう。子どもに会いたいんだろう。でも日本に帰る見込みがない。
イライアを好きになれば異世界にいることの理由ができてしまう。
すでに彼は彼女のことが好きだった。
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