第77話 国が滅んだんじゃ

 勇者の名前は長谷川忠信はせがわただのぶといった。

 17歳ぐらいの姿をしている。

 坊主頭を少し伸ばしたほどの短髪で目がキリッとした青年だった。

 どこの時間軸から召喚された勇者なのかは不明である。


 イライアは必死に逃げて、命だけは助かった。

 だけど身体中に怪我をしていた。

 食事も食べておらず、水も飲んでいなかった。

 もう一歩も進むことができずに道に倒れたところを長谷川忠信に拾われた。


「大丈夫か?」

 と彼に声をかけられたところで彼女は気を失ってしまった。

 もし彼でなかったらイライアは性奴隷として売られていたかもしれない。



 彼女が目覚めた時、見知らぬテントの中だった。

 体の怪我は全て治っている。

 男性がテントの中に入って来た。

 変なことをされるのではないか、とイライアは警戒した。


「大丈夫や。なんもせいへん」

 と彼はイライアの警戒心に気づいて言った。

 関西弁である。


 イライアが彼を見た。

 倒れている時に声をかけてくれた男性であることがわかった。

 男性は古着を着て、腰に剣をぶら下げていた。 


「もう起きて大丈夫なんか?」

 と男性が尋ねた。


「大丈夫じゃ。お主が妾を助けてくれたのか?」とイライアが尋ねた。


「そうや。でも気にすることないで。君じゃなくても人が倒れてたら助けてたから」

 と長谷川が言う。


「変わった奴じゃな。でも礼を言う。ありがとう」とイライア。


「どういたしまして」

 と彼が言う。

「君の名前は?」

 と彼が尋ねた。


「妾はイライア」と彼女が答える。

「お主は?」


「俺は長谷川忠信はせがわただのぶ


「変な喋り方じゃな。どこの国のものじゃ?」

 とイライアが尋ねた。


「変な喋り方って。そっちも大抵変やで」と長谷川が言う。

「日本の大阪っていう場所の出身や」


「知らんな」


「ええから水飲み」

 木で作られたコップに水を注いで長谷川はイライアに渡した。


 彼女は警戒した。

 状態異常になる毒は入っていないのか? と彼女は思ったんだろう。


「毒なんて入ってへんよ」と長谷川が言う。


「信じられん」とイライア。


 長谷川は彼女からコップを奪って水を飲んでみせる。


「自分、命の恩人を疑うのは失礼やで」

 と長谷川が言った。


 彼が水を飲んでいるのを見て、毒の心配が無いことがわかると彼女は長谷川からコップを奪い取った。

 そして水を飲み干した。

 イライアは死ぬほど喉が乾いていたのだ。


「おかわりするか?」と彼が尋ねた。


 ポクリ、とイライアが頷く。


 長谷川はコップに水を注ぐ。

 それをイライアは一気に飲み干した。


 そしてイライアは気づいたのだ。

 いい匂いがすることに。

 彼女は鼻をピクピクさせた。


「ご飯もあるで」

 と彼が言った。

「一緒に食べようか?」


 イライアはポクリと頷いた。


 晩御飯はウサギの肉の丸焼きだった。

 久しぶりの食事は美味しかった。

 なぜかわからないけどイライアは泣いた。

 水分が足りなくて涙を流していなかっただけで、彼女は泣きたかったのだ。


「えらい目にあったんやな」

 と彼が言う。


 えらい目、というのが彼女には意味がわからなかった。


 泣きながら食べていたからイライアはせて咳き込んだ。

 彼はイライアの背中を摩った。


「泣きながら食べるからせるんやで」

 と彼が言う。


「妾は泣きたいのじゃ」

 え〜ん、え〜ん、と彼女は泣きながら肉を齧った。


「泣いてもええけど、肉に鼻水付いとるがな」

 と彼が言う。


 イライアは肉を食べ終えた。


「俺のも食うか?」

 と長谷川が尋ねた。


 ポクリとイライアは頷き、男性の肉も奪い取って頬張った。

 彼女は泣きながら肉をむしゃむしゃと食べた。

 イライアが噎せる。だから長谷川は彼女の背中を撫り続けた。


「美味いんか?」

 と長谷川が尋ねた。


「涙で味などわからぬ」とイライアは答えた。「でも美味い」


「そりゃあ、良かった」

 と長谷川は笑った。


 肉を食べ終えた頃には、イライアは泣き止んでいた。


「イライアに何があったん?」と彼が尋ねた。


「国が滅んだんじゃ」

 と彼女は答えた。

「魔王に滅ぼされたんじゃ」


「そっか」と彼は言った。

「それじゃあ俺が魔王を討伐したるわ」


「お主には無理じゃ。アレは厄災じゃ」と彼女が言う。


 彼が魔王を倒せるようにはイライアには見えなかった。長谷川忠信は駆け出しの冒険者のような姿をしている。


「俺は魔王を討伐するために召喚された勇者やねん」と彼は言った。

「魔王を討伐せんかぎり、元の世界には戻られへん。俺は魔王を討伐する」


「お主はホモ・サピエンスの兵器か?」とイライアは尋ねた。


「なんやねん、それ。核爆弾みたいな言い方するなや」と長谷川が言う。


 核爆弾? とイライアが首を傾げた。


「俺の世界の兵器や」


 勇者は異世界から召喚される、ということをイライアは知っていた。

 だから異世界には核爆弾という物が存在するんだろう、と彼女は察した。


「国同士の交渉材料に勇者を使ったりする」と彼女は言った。


「なんじゃそれ? こっちでは勇者はホンマに核爆弾みたいな扱いなんか」


「ちなみにお主が魔王を討伐しても、元の世界には帰れんぞ。勇者が魔王を倒して元の世界に戻れたなんて聞いたことがない」

 とイライアが言った。


「えっーー」

 と長谷川が驚いている。


「困ったな。家族を日本に残して来たんやけど」


「家族?」

 とイライアが尋ねた。

 ホモ・サピエンスは歳をとるのが早い。

 彼は幼いように見えた。


「こう見えても俺は2児のパパや。なんか知らんけどコッチ来たら若返ってもうてな」

 と彼が言う。

「元の世界に帰らなアカンねん。帰り方ないんか?」


「知るわけなかろう」と彼女が言う。

 イライアは胸に隠している賢者の石を触った。


 チェルシーは情報操作して賢者の石の情報を隠していた。

 賢者の石。元の世界に戻るためのアイテム。

 イライアは唯一、勇者を元の世界に戻すことができる存在だった。


 だけどダークエルフが先祖代々、大切にしている物を出会ったばかりの勇者に渡すことはなかった。


 イライアの国には勇者がいなかった。勇者の召喚ができない国だったんだろう。

 元の世界に戻すアイテムは、勇者を持たない国にとっては大切な交渉材料になっていたのかもしれない。

 

「魔王なんて倒すことを考えんことじゃな。お主が死んでしまうぞ」と彼女が言った。


「いや。それでも倒す」

 と彼は言った。


「なぜじゃ?」


「誰かが困ってんやろう? イライアも国を滅ぼされて困ったんやろう? 俺が魔王を倒さんかったら、もっと困る人が出る。俺に出来ることで、人の役に立つことやったら、それは俺の使命や」と彼が言った。


 イライアの記憶を見た俺は魔王を倒しても日本に帰れないことを知りながら、長谷川忠信と同じ理由で魔王イライアと戦うことになった。


 

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