第64話 性奴隷を飼ったのに

 俺達は獣人達が歩くペースに合わせて街に向かっていた。

 それを誰かが見て街に伝達したんだと思う。


 獣人が来ていることを知った領民達は、街に入って来るのを阻止しようと集まっていた。


 何千人という単位ではなく、何万人という単位が街に獣人が入って来るのを阻止しようとしていた。


 まるで夏フェスのようだった。


 みんなでステージに向かって同じところを見ている。

 だけど夏フェスと違うのは、彼等あるいは彼女達の目には敵意があることだった。


 彼等あるいは彼女達は街のことを好きでいてくれているのだろう。

 だから災害が起きても戻って来てくれたのだろうし、獣人達が街に侵入して来るのも阻止しようとしている。


「ココで結婚式をする」

 と俺は言った。

 俺の判断はメジャーリガーの投球のように早かった。


 ココで領民達を説得できなければ獣人を受け入れることはできない。

 ココで領民達を説得できなければ領主として失格である。


 俺の課題は獣人達を街に受け入れること。


 バランとアニーには結婚の契約書を取りに行ってもらった。

 アニーだけでは街には入れない。だけどバランだけではバカすぎて結婚の契約書を持って来ることができない。だから2人に頼んだ。


「俺はどうしたらいい?」とチェルシーが尋ねた。


「俺の声を聞き取った瞬間に、大音量で言葉を再生できるか?」


 彼が持つミュージックの応用的な使い方を求めた。

 観衆達に言葉を伝えるスピーカーが必要だった。

 獣人達は耳がいいからスピーカーは不用だった。だけど領民達にはスピーカーが無いと声が届かない。


「たぶん、できる」

 とチェルシーが言った。


「お前のお腹にスピーカーが内蔵されてて本当によかった」

 と俺が言う。


 なぜかチェルシーは照れていた。


 俺はナナナの手を握った。

 今から敵意の視線に向けられる。

 彼女は不安そうに下を向いた。恐怖で体がブルブルと震えていた。


「俺の妻になるなら真っ直ぐ前を向きなさい」

 

「うん」とナナナが頷き、前を向いた。

 それでも彼女の震えは止まらない。


 俺達は観衆達が見えるように、魔法で空を飛んだ。

 俺はナナナと手の握り、チェルシーはマイクのように俺達の前に飛んだ。

 

 見渡す限り、人。

 こんな大人数の前で喋るのは初めてだった。敵意のこもった目で領民達は俺達を見ていた。


 後ろを振り向いても、獣人。

 彼等あるいは彼女達は不安そうだった。


 領民と獣人達を隔てる溝があるように、俺達の下には人がいなかった。



「獣人は帰れ」と叫び声が聞こえた。

「領主様どうして?」と不安の声が聞こえた。

「絶対に獣人達を街に入れるな」と信念のこもった声が聞こえた。


 様々な声が聞こえる。

 その声を聞いているだけで俺の胸が痛かった。


「この街に」と俺は喋り始めた。

 ちゃんとチェルシーはスピーカーの役割を果たしくれている。

 俺の声は大音量になった。


 何を喋るかは決めていなかった。

 喋ることを考える時間はなかった。

 だけど伝えたいことはあった。

 それを言葉としてつむいでいくように俺は喋り始めた。


「この街に勇者がやって来て街が壊されました。私はみんなが怪我をしていないのか? 無事だったのか? と心配でした。私はみんなを大切に思っている」


 領民達を俺は見渡す。

 俺が敵では無いことを伝えたかった。


「街に戻って来てくれてありがとう。そして今も街を守るために集まってくれてありがとう。街を守ってくれていることが私は嬉しい」


 俺の言葉で領民達の敵意が和らいだような気がした。

 俺はナナナを見た。

 彼女は真っ直ぐ前を向いていたけど、手は汗ばみ、小刻みに震えている。


「隣にいる獣人の女の子の名前はナナナと言います」

 俺は彼女を紹介する。


「獣人の名前なんて聞きたくない」と領民の声が聞こえた。


「彼女の名前はナナナ。私の大切な人だ」

 俺は繰り返して彼女の名前を言った。


「彼女はパンを盗み、手を切断されて街から追い出されました。別の街で性奴隷として売られたところを私が引き取りました」


「泥棒」と悪意のこもった声がした。

 俺は領民達を見渡す。


「彼女がしたことはパンを盗んだことです。だけど彼女は街を追放されて、腕を切断されて売られました。他の獣人達も街から追放されました」


 俺は息を吸った。


「他の子達はどうなったと思いますか? 変態貴族に飼われた女の子達は殺されました。男は城壁を作るために労働奴隷になりました」


 俺は息を吐く。


「彼女がしたことは、ただパンを盗んだだけです」


 それだけだった。

 罪と罰の釣り合いが取れていない。


「私はこの街に住む人が、そんなことをされるのを許さない。アナタ達が奴隷として売られることを許さない。獣人達も同じです。私は私の街にいる限り、大切な友人だと思っている」


 俺は領民達が奴隷として売られることを許さなかった。


「獣人は人間の命を奪って金品を盗んでいた種族だと知っています」


 そうだ、そうだ、と声が聞こえた。

 そんな奴等を街に入れるな、と声が聞こえた。


「だけど私はそれが王族の嘘だと知っています。城壁を作るために獣人達を安価に買うための嘘だと知っています」


 領民達は俺が何を言っているのか理解できていないみたいだった。

 呆然と俺を見つめた。


「王族は殺されました。こんな嘘に私達は付き合うことはありません。彼等が優しい種族だと私は知っています。仲間を思い、祈り続けた種族だと私は知っています」

 と俺が言った。


 俺の言葉は領民達にとっては、晴天せいてん霹靂へきれきみたいだった。

 もう誰も叫ぶ者はいなかった。


「街の復興を手伝ってほしい、とナナナは獣人達に頼んでくれました。心優しき獣人達は私達の街を直しに来てくれたんです。彼等の種族スキルに家づくりがあります。私達のために獣人達はココに働きに来たんです。それを私は受け入れたい。そして、この街のみんなにも受け入れてほしい」


 領民達の反応は正直に言うとわからなかった。

 ただ何も言わず、呆然と俺達のことを見ている。

 

「女神様」と誰かが呟いたのが聞こえた。


 女神様?

 なんのことだろう?


 領民達が地面に膝をつき始めた。


 後ろを振り返ると何千人もの獣人達が祈りを捧げていた。

 何百年も祈り続けた獣人達。

 祈りは種属スキルになっている。

 獣人達の祈りはナナナに向かっていた。


 俺はナナナを見た。

 獣人達の祈りを一身に受けた彼女はキラキラと輝いていた。

 

 領民達の「女神様」という声が大きくなっていく。


 俺ですら彼女に魅了されて、膝をつきそうになる。


 獣人達の祈りは彼女の魅了のステータスを異常なまでに上昇させている。


 美しすぎて息ができない。


 領民達が獣人の女の子を崇めていた。

 領民達はナナナに魅了されている。

 壊れた街を復興しにやって来た女神様のように領民達には見えているのかもしれない。

 俺の隣に立つ彼女は世界で一番美しかった。

 


 そこにバランがアニーを連れて戻って来た。

 ちょうどハゲたドワーフは誰もいない俺達の真下に着地した。

 結婚契約書を受け取るために、地上に降りた。


 バランがナナナを見てハッとして、膝をついた。

 お前も膝をつくのかよ、とツッコミそうになる。


「ナナナちゃん?」とアニーが呟いた。「すごく綺麗」


 俺はアニーから結婚契約書を受け取り、また俺達は空に昇った。


「領主様、ボクに喋らせて」

 とナナナが言った。


 俺は頷く。

 もう彼女は震えていなかった。

 ナナナは領民達を見渡した。


「ボクはみんなと仲良くできたらいいな。みんなのことを好きになれたらいいな」

 と彼女が言った。


 チェルシーのスピーカーからナナナの無邪気な声が響いた。


 領民達は獣人達と同じように、祈るように彼女のことを見つめていた。


「ボクはね、領主様のことが大好きなんだ。これからボクは領主様の妻になるんだ。だから領主様が好きなみんなとも友達になりたい。だからみんなも獣人達の友達になってほしい」


 無邪気で真っ直ぐな彼女の言葉が領民達に届く。


 俺はナナナの奴隷契約書をアイテムボックスから取り出す。

 そして奴隷契約を破棄した。

 魔力で書かれた契約書は、その場で消滅する。


 そして結婚契約書に羽ペンで名前を書き込んだ。

 

 書き終わるとナナナにペンと契約書を渡した。

「ココに名前を書くんだよ」

 と俺が指差して教える。


「アニーに名前の書き方を教えてもらっていて良かった」とナナナが笑う。


 ナナナは羽ペンを握って、習いたての汚い字で名前を書いた。


 書き終わると俺とナナナの小指に魔法の糸が結ばれた。


「愛してるよ、ナナナ」

 と俺は言った。


「ボクの方が、もっともっともっともっと愛してる」


 ナナナが俺に抱きついた。

 そして俺の口にキスをした。


「デヘヘヘ」とナナナが笑う。

「キスしちゃった」


 俺はニッコリと微笑んだ。


 おめでとうございます、と誰かが言って手を叩いた。

 その祝福の拍手は伝染して、大きな地鳴りになっていく。


 性奴隷を飼ったのに、俺は彼女と結婚することになった。

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