第53話 魔王召喚

 頭の中がパニック状態だった。

 どうしてカヨが異世界に?

 娘はどうなっているの?

 違う違う。←頭の中で否定語を使って顔をブルンブルンと横に振った。

 異世界と地球では時間が並列へいれつじゃないっぽい。俺は2022年からやって来たけど、カヨは違う時間軸からやって来ていた。

 つまりカヨの時間軸には、まだ娘が生まれていない。

 もしかして異世界にカヨがいたら娘は生まれないんじゃないのか? 

 

 チェルシーの体から昔に流行ったアイドルの音楽が流れていた。

 ミージュックというチェルシーのゴミスキルである。俺の記憶から音楽だけを取り出してスピーカーで流している。

 

「こんな時こそ落ち込んでる暇はないで」

 いきなり関西弁でチェルシーに喋りかけられた。


「音楽を止めてくれ」


「ええか。ショックな時こそ音楽や。音楽を聴いてみんなで乗り越えようや」


「そのエセ関西弁が腹たつ」


 へへへへへ、とチェルシーが笑っている。

 

「ポップコーンが弾けるように好きという文字が踊る♪」

 チェルシーが歌い始める。


「歌うな」

 と俺が言う。


「心に沁みる名曲やわ」とチェルシー。

 なんでコイツはエセ関西弁で喋ってるんだろうか?



「それより早くミナミとバランを癒せよ」

 とチェルシーが言った。


 それより、ってお前がエセ関西弁で、音楽を聴いて乗り越えようや、と言っていたくせに。


 ミナミとバランは瓦礫の上に座っていた。

 練習が終わった野球部みたいに疲れ切っている。

 セドリッグが2人に喋りかけた。どうやら彼も無事だったらしい。本当によかった。


 セドリッグがミナミの後ろに立った。

 彼は後ろからミナミの心臓を貫くように、魔力で強化した手を背中に突き刺した。

 心臓を貫通した赤い手が、ミナミの胸の辺りから飛び出した。


 ちゃんと見ているのに、何が起きているかサッパリわからなかった。


 ただチェルシーが流している音楽だけが頭に響いた。

 

 アイオンチュー♪ アイオンチュー♪ 夢の中で♪ ダンダン大きくなっていく♪ 僕のイマジネーション♪


 もうミナミの表情はなかった。

 セドリッグなにしてんだよ?


 そうか。こういう時はチェルシーに記憶を読ませて調べたらいいんだ。セドリッグが何をしているのか記憶を読めばわかるじゃん。いつだって、そうやって来た。


 バランが立ち上がり、「うわぁーーーー」と雄叫びを上げた。

 それからバランはセドリッグの頭蓋骨を瓦割りするように本気で殴った。

 バランの馬鹿力は、セドリッグをペシャンコにさせた。

 老紳士の肉片が飛び散る。


 訳がわからん。

 何が起こってんだよ?


 俺は何をしたらいいんだっけ? えっと、セドリッグの記憶をチェルシーに読ませて、ミナミを回復魔法で復活させて、……それでも無理だったら再生の泉をぶっかけて、バランに仲間を殺しちゃダメ、と説教をしないといけないのか? でもセドリッグはスパイだったのか? 裏切り者だったのか? 敵だったのか? 王族側の人間だったのか? だからチェルシーに記憶を読ませないといけないんじゃないのか? 頭蓋骨がグジャグジャになっても記憶って読めるんだっけ?


 わからん、わからん。


 気づいた時には俺はミナミを抱きしめていた。

 回復魔法も、再生の泉も、何も効果がなかった。

 彼女は無表情のまま、動こうとしない。

 

 ポップなアイドルの曲が流れ続けている。

 バランが雄叫びをあげてうるさい。


「チェルシー。セドリッグの記憶を読み取ってくれ」


「……こんなグジョグジョじゃあ読み取れねぇーよ」


 俺は賢者の石を持っている。イライアは賢者の石で勇者を蘇らせようとしてた。だから彼女も蘇るはずである。


 魔王イライアを召喚するために、俺はアイテムボックスから召喚石を取り出した。青いゴツゴツした宝石。俺はイライアのことを想像して青いゴツゴツの宝石を握りしめた。

 バリン、と粉々に召喚石が壊れた。


「魔王イライア、召喚」

 と俺は言った。


 小さい幼女姿の魔王イライアが俺の目の前に現れた。体が小さいのは魔力が少量しかないせいだろう。省エネモードに体がなっているみたいである。


わらわを呼び出したのはお前か? 勇者よ」

 とイライアが言った。


 種族はダークエルフ。褐色の肌。それに肌の露出が多い防具を着ている。幼女の体にはチンチクリンだった。


「ハハハハ」と魔王が笑った。

 この状況を見て魔王が笑ったのだ。


「お主、仲間を死なせてしまったのか?」


「死なせてしまった? まだミナミは死んでいない」


 ふ〜ん、というように幼女が俺を見下す。


「それで妾を召喚して何用じゃ?」


「賢者の石の使用方法を教えてくれ。ミナミを復活させる」


「猫」と魔王が言った。

 ビクン、とチェルシーが姿勢を正す。

「音楽うるさい」


 流れていたアイドルの曲がストップした。


「猫に聴けばいいんじゃないのか? 妾の記憶を読み取ったんだろう?」


「……俺は何も知らねぇーよ」とチェルシーが言った。


 ハハハハ、と魔王が笑う。


「勇者様よ。お前は最高の仲間を手に入れたな」


「どういうことだよ?」


「そこの猫に聞けばいい。妾はお主に何も教えることはない」


 魔王がワープホールを作った。


「ちょっと待て」と俺が言った。

「お前にはやってもらうこともある」


「今の妾は魔力が少ない。頼みごとがあるなら、ゆっくりと妾のところに来ればいい。それまでに魔力は回復しておく」

 と魔王が言った。

「頼みごとの交換条件にお主の大切なモノを貰うつもりでいるけどな。だから、その娘を早くアイテムボックスに入れろ」


 魔王がワープホールで消えてしまった。

 大切なモノを貰うつもりでいるけどな。だから、その娘を早くアイテムボックスに入れろ。セリフに違和感があった。

 なんの違和感だろう?

 大切なモノってミナミのことか?

 

 頭が回らない。

 イライアの言う通り、俺はミナミをアイテムボックスに入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る