第52話 勇者登場

 帰り道。

 馬車に1日揺られれば、街に帰れた。

 すでにバランが警備している範囲に入っているのに、窓の外を見ると巨大魔物が10体の群れを作っていた。


 あのバカはアレでも感知能力が異常に長けている。巨大魔物が現れたらすぐに感知することができる。強い魔物なら遠い森に住んでいても把握しているぐらいである。

 それにバランの異常な跳躍力なら街からココまでジャンプして10分もかからずに来れるだろう。

 だけどバランがコッチに向かっている気配はなかった。


 他の魔物と戦っているのか?

 そう考えた瞬間に体全身に鳥肌が立った。

 バランなら大きいだけの魔物なんて一瞬で倒すことができる。

 コッチに向かって来ていないという事は、バランでも苦戦する何者かと戦っている可能性がある。


 その何者とは誰か?


 最悪な事態が起きているような気がした。


 馬車を降り、巨大になったゴブリンを瞬殺しながらバランに念話をかけた。

 念話は一方通行である。スキル持ちしか相手に電話することができない。だから緊急事態に仲間は俺に連絡が取れない。


「バランか?」と俺は心で呼びかけた。


「小次郎、早く来てくれ」

 とバランの心の声が聞こえた。


「なにがあった?」


「強いネエちゃんが現れて、街から人がいなくなって、結界も壊されて、俺とミナミで頑張ってる」


 支離滅裂で意味がわからん。

「わかった」

 と俺は言った。


 俺は馬車に戻り、2人に今から俺だけ街に戻ることを伝えた。


「2人は街に戻らずにココにいてくれ」と俺は言った。


 アニーとナナナが不安そうな顔をしている。


「大丈夫。ちょっと先に帰って様子を見に行くだけだから」

 と俺は言う。


 2人を守るようにユニコーンに伝えた。すでに馬車には強力な防御魔法と認識阻害の魔法をかけている。


 チェルシーに念話をかけた。

「チェルシー」と俺が心で呼びかけた。


「小次郎か?」

 と慌てた猫の声。


「どうなってる?」


「勇者が現れた」

 とチェルシー。


 やっぱり思っていた最悪な事態が起きていた。

 王様は俺を討伐しに来たのだ。


 勇者が召喚されて街に被害が出た時点で、国として独立するためのプランは変更する。


 現在は国として独立するために、貿易戦略ぼうえきせんりゃくを行なっている。

 だけど街が攻撃された時点で、悠長ゆうちょうなことは言っていられない。

 今すぐに国として独立する必要があった。

 国になれば王様と俺の立場が一緒になり、簡単に手出しができなくなる。


 魔王を召喚して王都を攻撃する。そして他の国には魔王から守ってほしかったら、独立に同意するように求める。


 だけど魔王を召喚する前に、街を襲ってる勇者をどうにかしなければいけなかった。


「ミナミとバランが勇者と戦っている。街の結界はすでに壊された。領民は避難している。俺は避難できなかった奴がいないか確認している。だから褒めろよ」

 とチェルシー。


 現状がわかった。


「チェルシーありがとう。俺もすぐに戻る」


 ワープホールを使って街に戻った。


 異常なまでの砂煙。

 建物は壊され、街のどこかでドン、ドン、ドン、と大きな雷音が聞こえた。


 俺は上空を飛び、雷音がする場所に向かった。


 バランとミナミが戦っている。

 英雄2人VS勇者1人。


 勇者の格好は、日本で見慣れた女子高生の制服だった。

 女子高生が聖剣を握り、英雄2人と戦っている。


 バランとミナミは倒され、最後の勇者の一振りで終わり、という場面だった。

 俺は腰につけていた剣を久しぶりに抜き、バランとミナミを守るように勇者の前に立った。


 女子高生が振った剣を俺は受け止めた。

 キーン、と剣と剣がぶつかり合った音がする。衝撃波で近くの建物が壊れた。


「小次郎」

 とミナミの声が聞こえた。


「ようやく来たか」

 とバランの声が聞こえる。


 俺は女子高生の顔を見た。

 息が止まった。

 彼女は俺の知っている人だった。

 

 俺の妻だった。


 日本にいた頃の妻である。

 最後に彼女を見たのは2022年。

 あれから10年の月日が流れている。

 だけど彼女は若い姿だった。

 俺だって若い姿である。コッチに来て若返ってしまったんだろう。

 だけど、どうして女子高生の制服なんて着てるんだろうか?

 なぜ彼女が異世界に来ているんだろうか?

 パニックだった。


「カヨ?」

 と俺は彼女の名前を呼んだ。


「どうして私のことを知ってるの?」

 名前を呼ばれた彼女が驚いている。

「王様が言っていた通り、個人情報を抜き取るスキルがあるのね」とカヨが呟いた。


 そんなスキルねぇーよ。


「俺のこと覚えてないのか?」

 と俺が言う。


「アナタのことなんて知らないわ」

 とカヨが言った。


「ミユはどうしたんだよ?」

 ミユというのは娘の名前である。


「ミユ? 誰のこと?」

 彼女が眉間に皺を寄せた。


「俺達の娘だよ」


「俺達の? なに言ってんの? キモっ」とカヨが言った。


 完全に娘のことも俺のことも忘れているみたいだった。

 

 勇者は俺を殺すために聖剣を振った。


 俺は彼女を倒すことができない。できる訳がない。ずっと恋焦がれた家族が目の前にいるのだ。

 戦える訳がなかった。


 攻撃を受けるたびに衝撃破が街を破壊する。


「なんでこんな事をするんだよ?」

 と俺は言った。


「故郷に帰るためだから仕方ないでしょ」


「こんなことをしても日本には帰れない」

 と俺が言う。


「アナタ、日本人?」


「そうだ」

 と俺が答える。


 ふん、と彼女が鼻で笑った。

「個人情報を抜き取ったんだから知ってて当然よね」


「そんなスキルはねぇーよ」

 と俺が言う。

「俺はカヨのことをずっと昔から知っている。お前と結婚して7年にもなるんだぞ」


「はぁ?」とカヨ。

 彼女が若い顔を歪めた。

「私、17歳ですけど。まだ女子高生ですけど。結婚する気も結婚したこともありませんけど」


 どういうこと?


 今、目の前にいるのは17歳のカヨ?


「めっちゃキモっ」

 と女子高生が聖剣に全力の魔力を込めた。


 彼女が俺に嫌悪感を抱いたことは雰囲気でわかった。

 それにしても俺のことを殺す気満々じゃん。


 逃げたら街が全壊するんじゃねぇ?


 光を放った聖剣が巨大になっていく。


 俺も自分の剣に魔力を込めた。


 そして彼女が聖剣で俺に攻撃してきた。


 俺は彼女の攻撃を受け止めた。


 剣と剣がぶつかる衝撃波だけで街がズボボボボと壊れていく。

 

 彼女の剣を俺は受け止めた。

 

 だけど街が壊れてしまった。


「最悪」

 と17歳のカヨが言った。

「全然、殺せないじゃん」


 俺はダメージも負わなかった。

 彼女は魔力のほとんど使い切ってしまったみたいだった。

 カヨはワープホールを作り、黒い渦の中に入って行く。


「ちょっと待ってくれ」

 と俺は彼女を引き止めた。

 だけどカヨはワープホールの中に入り、消えてしまった。

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