第54話 ミナミが死んじゃった
「チェルシーどういうことだよ? お前、賢者の石の使い方を知っているのか?」
と俺が尋ねた。
「知らねぇーよ」
とチェルシーが弱々しく言った。
「教えてくれ。ミナミを蘇らせる」
と俺が言う。
「だから知らねぇーって言ってるだろう」
とチェルシー。
「本当に知らないんだな?」
と俺は尋ねる。
もしかしたらチェルシーはイライアの記憶を消したのかもしれない。そして彼自身も見た記憶を忘れたのかもしれない。
チェルシーが俺を見つめた。
猫の呼吸がすごく荒い。
チェルシーは瞼をパチクリパチクリさせて何かを我慢しているようだった。
「チェルシー」と俺は言う。
声に苛立ちが含まれていた。
「どうしてセドリッグの記憶を読まなかったんだ?」
「王族側の人間がいるって言っただろう? お前が記憶を読み込めば、こんな事態にならなかったんじゃないのか?」
わかっている。
こんな事をチェルシーに言っても意味がない。
もう起こってしまったことなのだ。
それに俺もセドリッグのことを疑っていなかった。
ニャー、と叫んで、チェルシーが飛びかかって来た。
「お前だってセドリッグのこと疑えたんじゃねぇーのか?」
とチェルシーが言った。
そうである。俺だって彼のことを疑えたのだ。
「ほら。アイツはずっとお前に変な発言ばっかりしてたじゃねぇーかよ」
とチェルシーが言う。
「俺の記憶を読むんじゃねぇーよ」
と俺は怒鳴った。
「セドリッグがアニーを妻にしようと提案したのは、お前をハメるためだったんじゃねぇーの? 他にも疑わしい発言だらけじゃねぇーかよ。それでもお前はセドリッグを疑わなかったのかよ?」とチェルシーが言った。
俺のせいなのだ。
俺が疑えば、チェルシーだって彼の記憶を読んでいた。
「お前は触るだけで良かっただろうが。それもできねぇーってお前終わってるな」と俺は言った。
こんなこと言うつもりはなかった。
未熟な俺は誰かを責めずにはいられなかった。
「……終わってる、ってなんだよ」
とチェルシーが言う。
「弱いくせに、こんなこともできないのかよ。役立たず」と俺は言った。
「なんだよ」
とチェルシーは呟いた。
俺は言ってはいけないことを言ったのだ。
ずっと弱い自分にコンプレックスをチェルシーは抱いていた。そのコンプレックスに槍を突き刺したのだ。
俺は最低だった。
大切な人を守れなかったのを誰かのせいにしようとしている。誰かを責めて自我を保とうとしている。
ニャー、とチェルシーが鳴いた。
俺に責められて、我慢していたモノが耐えられなくなったらしく、チェルシーは瞳から大粒の涙を流した。
「ミナミが死んじゃった」
とチェルシーが震えた声で呟いた。
「まだ死んでねぇーよ」
と俺が怒鳴る。
「ミナミが死んじゃった」
とチェルシーが泣きながら繰り返す。
「まだ死んでねぇーって言ってるだろう」
と俺は怒鳴った。
彼女の心臓は、もう動いていない。
だけど賢者の石さえあれば、彼女を蘇らせることができるのだ。
だから、まだ死んでいない。
「ミナミが死んじゃった」
とチェルシーは言って、膝から崩れ落ちた。
そして体を丸め、ニャーニャーと鳴いた。
ゆっくりと妾のところに来ればいい、とイライアは言った。だけど、そんな悠長なことはしていられない。
早くミナミを蘇らしたい。
チェルシーは賢者の石の使い方を知らない。だからイライアに尋ねるしかなかった。
召喚したモノの居場所を召喚士は感知できる。
どこに彼女が行こうと居場所を俺は認識できた。アイツはココから離れた森にいる。
彼女の目の前にワープホールを作ったはずなのに、ワープホールの中に入ると森から離れた場所だった。
結界が張られていて別の場所に飛ばされたらしい。
そこから空を飛んで彼女の元へ行こうとした。だけどイライアの元へは辿り着けなかった。
条件が揃わないと辿り着けない結界、というモノが存在する。
そんな結界を張れるのは俺が知る限りではイライアだけだった。
どういう条件で彼女の元に辿り着けるかはわからない。だけど彼女は言ったのだ。ゆっくりと妾のところに来ればいい。
俺はチェルシーとバランのところに戻った。
丸まって泣いているチェルシーを抱きかかえた。
彼は俺に抱きかかえられたことに抵抗して、ニャーニャーと鳴きながら暴れた。
バランは瓦礫に座り、顔を伏せている。
すごい傷だらけだった。たぶん色んな骨も折れている。
勇者との戦いで負傷してしまったんだろう。
彼に回復魔法をかけた。
バランの体が光り、傷が癒えていく。
「行くぞ」
と俺が言った。
バランの顔は涙でグシャグシャだった。
「泣くな」と俺が言う。
まだミナミを蘇らせることができる。
だから泣くな。
「とりあえず馬車のところに行く。それから馬車でイライアのところに行く。付いて来い」
と俺は言って、猫を抱えたまま空を飛んだ。
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