第38話 祈り

 赤ちゃんを焼いていた獣人達は祈っていた。彼等は悪い獣人達ではなかった。

 焼かれている赤ちゃんを見ながら祈っている。

 痩せこけた男女5人の獣人がナナナに気づいた。


 ナナナは彼等の顔を見た。

 髪は白髪で、肌が皺くちゃだった。

 みんな同じぐらいに年老いている。


「君はココにいてはいけない」

 と年老いた獣人が言った。


 ココは若い獣人の居場所ではない。だから彼等はナナナが喋りかけても無視をしていた。

 ココにいるのは、このゴミ山と同じで捨てられた獣人達だった。死を待っているだけの獣人達だった。


「死んだ子は焼いて供養くようしてあげないと生まれ変わることができない」

 と年老いた獣人が言った。


 誰にも聞こえない声で「死んでない」とナナナは呟く。


「もう赤ちゃんは腐っていた。腐った赤ちゃんを抱えていると君も病気になるかもしれない」


「死んでない。死んでない。死んでない」

 とナナナは叫んだ。


「君の妹だったの?」

 と女性の年老いた獣人が尋ねた。優しい口調だった。


「……ボクの妹だ」


「祈ってあげましょう。いつか生まれ変わり、次こそは幸せな人生が送れることを」


 みんな祈ってくれている。

 自分の大切な妹のために。


「家族がいるなら森に帰りなさい」

 と年老いた獣人が言った。


「家族がいないのなら隣の街に行きなさい。ココは君みたいな若い子が来る場所ではない。ココにいるのは森で生活することも奴隷になることもできない獣人達なんだ」


 ナナナは焼かれた妹が怖くて後ずさった。


「祈らしてくれ」

 年老いた獣人が言った。

「これから君が幸福になることを」


 獣人達がナナナに祈りを捧げた。

 これから、どんな未来が待ち受けているのかはわからない。

 だけど若い獣人が幸福になることだけを、年老いた獣人達は祈っていた。


 ゴミ山の獣人達は、ココに迷い込んだナナナのことを心配していた。

 みんな彼女が幸せになりますように、と祈りを捧げていた。

 

 


 彼女は走って走って走って走って優しい領主様がいる隣街を目指した。

 俺のところに彼女が向かって来ている。

 人の気配がすると草むらや木の上に登って隠れた。


 夜になると彼女は木の上に登った。

 そして彼女は祈りを捧げた。


「どうか次に生まれ変わったら、神子が幸せになれますように」


 神子、というのは妹のことだと思う。

 もしかしたら死んでいった全ての神子に対して祈りを捧げているのかもしれない。


「お母さん」と彼女が呟く。「お父さん」

 お姉ちゃん、お兄ちゃん。

 そして弟や妹。

 彼女は家族のことを思い出していた。


「みんなが幸せで、お腹いっぱいご飯が食べられますように」

 彼女は祈ったのだ。

 祈ることしかできなかった。


 ナナナは1人だった。

 家族とは2度と会うこともできない。


 だから彼女は会えない家族のことを思って、祈った。



 俺の街に来た彼女は配給を貰って生きていた。獣人達には配給を渡していた。そうしないとお金を稼ぐ場所がない彼等は物を盗むようになるだろう。

 配給は1日に1度だけ行われた。

 本当は朝昼晩の3回を実施じっしするはずだったけど、領民達の反発があって1日1回だけの配給になってしまった。


 彼女は街の外れの草原で穴を掘り暮らしていた。

 俺の領地である。ココに獣人達が住んでいることを俺は知っていた。だからココにも結界を張っていた。ココで攻撃魔法を使うことはできない。

 それに何者かが敵意を持って攻撃を仕掛けたらバランや警察にも伝わるようになっていた。

 ハゲたドワーフも忙しいので警察が対処してくれた方が有難いんだけど、警察にも獣人差別が根付いていた。

 だから獣人が攻撃されている時はバランにも出動してもらった。

 この街で奴隷狩りをすれば処罰は重い。そんなリスクを背負って獣人を捕まえに来る奴はいなかった。 



 ナナナが俺の街に来て、しばらく経ってから彼女は3歳ぐらいの獣人の女の子を拾った。

 女の子は足に怪我を負っていて、動けるような状態ではなかった。

 この街を目指して家族と来ていたらしい。だけど親は奴隷狩りに捕まり、女の子だけが生き残って街に辿り着いた。

 ナナナは女の子と住むようになった。「お姉ちゃん」と女の子はナナナのことを呼んだ。

 ナナナは「神子」と彼女のことを呼んだ。

 彼女は小さい女の子の足が治るように祈った。

 その時に少しだけ足が光っていた。もしかしたらナナナには回復魔法の素質があるのかもしれない。だけど彼女のスキルは未発達で、女の子の足を治すにはレベルが足りていなかった。


 配給は1人1つだった。足の悪い女の子を連れて配給に行けなかった。

 だからナナナは1人分の配給を半分に分けて、女の子と食べるようになった。

 その頃に彼女は花を売るようになった。


 彼女は鼻が効く。そのスキルを使って薬草を探して店に売りに行った。

 だけど獣人が採取した薬草を店は買い取ってくれなかった。だから色んな人に声をかけ、薬草を売ろうとした。

 だけどナナナの言葉に耳を貸す領民はいなかった。

 そして彼女が俺と出会う。俺は彼女の薬草を買った。


 そのお金で、ナナナはパンを買った。

 銅貨1枚のパン。

 だけど「銀貨5枚」と店主が言った。

 店主が言った通り、ナナナは銀貨5枚を渡して、パンを1個だけ手に入れた。

 店主は地面にパンを投げつけ、彼女は購入したパンを拾って、穴で待つ女の子のところに戻った。

 パンは2人で分けて食べた。


 それから俺が領主ということを知ると、「領主様」と呼ぶようになった。

 彼女は魔法で変装していても俺のことを臭いで察知することができた。だから変装している時は喋りかけないでくれ、と俺は彼女に注意していた。


 ナナナは俺が金貸し屋から出て来たのを見つけ、いつもみたいに俺に薬草を売るつもりで近づいた。

 だけど隣の女の人が薬草を買う、と言った。領主様以外の人に薬草を売るのは不安だった。その不安をアニーは心拍音で聞き分けてしまった。

 値切られて薬草を銀貨2枚で買われた。

 銀貨2枚ではパンが買えなかった。


 数日は花を握りしめて俺を探した。

 だけど俺を見つけることができずに、ナナナは店からパンを盗んで女の子の元へ持って行った。


 それが原因で暴動が起きた。もう2度とパンを盗まないようにナナナは手を切断された。


 タイミングが悪い時期に起きた暴動だった。

 俺はバランに巨大化する魔物討伐の範囲を広げるように指示を出していた。

 だから彼は獣人達が攻撃されていることを知りながら暴動が起きても帰れなかった。

 警察もこの街の領民である。獣人に対しての差別意識を持っている。


 だからパンを1個盗んで起きた暴動は獣人達を、この街から追い出すことになった。

 街から追い出された獣人達は奴隷商に捕まった。

 街から獣人を追い出すことを奴隷商に誰かが伝えていたんだと思う。


 捕まった女の子達は牙を削られ、性奴隷として売られた。そして男は王都に連れて行かれた。


 ナナナ以外の捕まった女の子達は1人の貴族に買われた。

 ナナナは買われた少女達が、幸せになりますように、と祈ることしかできなかった。


 手を切断されたことも、奴隷商で売られていることも、一緒にいた女の子達が貴族に買われて行ったことも彼女は受け入れていた。


 ナナナは不幸になることに慣れすぎていた。


 獣人達を買った貴族のことを俺は知っていた。

 

 ヘップ。大使館の舞踏会でアニーに言い寄っていた気持ち悪いバカな貴族である。

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