第37話 妹

 ナナナは母親に赤ちゃんの抱っこを代わってもらって、2人は走った。

「お父さん」とナナナは呟いた。

 もう父親は奴隷狩りに捕まってしまっているかもしれない。

 

 木々に隠れながら何者かが2人を追いかけて来ていた。

 走って走って走って逃げているのに、どんどんと追い詰められて行く。

 近くの木々が揺れていた。

 


「この子を連れて、神子は走って逃げなさい」

 と母親は言って、赤ちゃんを渡した。


 妹は楽しそうにニッコリと笑った。


「……お母さんは?」


「後で追いかけるから」


 母親は赤ちゃんを落とさないように、抱っこ紐をナナナに強く結んだ。


「絶対に追いかけるから」

 と母親が言う。

「早く行きなさい」


 ナナナは走った。

 お母さんを置いて走った。

 走って走って走って走った。

 後ろを振り返ると遠くの方で大量の鳥が飛び立っていた。


 どれだけ走ったかわからないぐらいに彼女は走った。

 気づいたら太陽は傾いていた。


「まー、まー、まー」

 と妹が泣き叫んでいる。


 自分では母乳をあげる事はできない。

 母親を待つしかなかった。

 木の上に登った。

 母親が通り過ぎないように彼女は赤ちゃんを抱っこしながら、地面を眺めた。

 何日間も過ぎた。

 もう妹は泣かなくなった。


 母乳は出ないけど何度かナナナは赤ちゃんにおっぱいを吸わせた。

 今は疲れているのか妹は眠っていた。もう昨日から眠って目覚めなかった。


 ナナナは木から降り、食べれる葉っぱや虫を食べた。調理されていない葉っぱや虫は口に合わなかったらしく、彼女は苦そうな顔をしていた。

 それでも彼女は生きるために食べた。

 母親は生きていてほしい、とナナナに願ったのだ。

 それを彼女は叶えるために、美味しくない葉っぱや虫を食べた。


 ナナナは母親が来ることを期待して、それから何日も動こうとしなかった。

 草が揺れるたびに彼女は怯えた。

 風が吹くたびに彼女は怯えた。 

 何かの匂いを嗅ぎ分けて彼女は怯えた。

 そのたびに動かなくなった妹をギュッと抱きしめた。

 

 妹の様子がおかしい事にナナナは気づいていた。

 白い花の薬草を彼女は見つけ、それを石ですり潰して妹の口に入れた。

 その花はナナナが俺に売ってくれた薬草である。

 口の中に薬草を入れても赤ちゃんは起きなかった。

 それでも彼女は赤ちゃんを抱き続けた。

 絶対に手放してはいけない大切なモノだった。


「なー、なー、なー」

 と彼女が赤ちゃんに喋りかけた。


 私のことを呼んで、と彼女が言っているみたいだった。


「なー、なー、なー」

 だけど赤ちゃんは2度と喋らなかった。



 赤ちゃんに喋りかけている彼女の映像を見て、俺はある事を思い出していた。

「ボクの名前は……ナナナ」

 と彼女が俺に自己紹介したのだ。

 映像を見る限りでは彼女に名前は与えられていなかった。

 

 ナナナ。

 ずっと妹に、そう呼ばれたかったんだろう。


「なー、なー、なー」

 と起きない赤ちゃんに彼女はずっと喋りかけていた。



 ナナナは母親が来ないことを悟った。

 だから奴隷狩りがいる森から離れるために歩いた。

 歩いた先に何があるかもわからなかった。

 何日も何日も歩き続けた。

 妹は腐り始めている。

 彼女は薬草を見つけて妹に与え続けた。

 どうやらナナナは匂いで薬草を探しているらしい。

 葉っぱを食べ、虫を食べ、飢えをしのいだ。

 夜になると木の上に登り、魔物から身を隠した。


 そしてついに森を出た。

 森を抜けた場所にあったのは、ゴミ山だった。

 街から出たゴミが1つに集められた場所。発酵してガスも出ている。

 悪臭が酷い。

 だけど、そこに獣人が何十人も住んでいる。

 獣人は痩せこけ、顔も汚れてドロドロで、ゴミ山から拾ったボロボロの服を着ていた。


 彼女はゴミ山に住む獣人に喋りかけた。

 だけど無視された。

 無視されるとは思っていなかった。

 誰に喋りかけても無視された。

 彼女は歩きすぎていて、酷くお腹が空いていて、疲れていた。

 ゴミ山にできた穴に彼女は入った。


 遠くから獣人の喋り声が聞こえた。

「隣街の領主は獣人に優しいらしい」「アソコに行けば奴隷狩りには捕まらない」「でも隣街に行くまでに奴隷狩りに捕まるだろう」


 ちゃんと彼女は、その会話を聞いていた。


 ナナナは歩き疲れていたらしく、ゴミ山の穴の中で眠りに落ちた。


 目覚めた時に妹がいないことに混乱した。

 ずっと抱えていた妹がいなくなったのだ。

 寝ている時に落としてしまったのかもしれない。そう思った彼女は穴の中を探した。

 だけど妹の姿はなかった。


 外から肉が焼ける臭いがした。

 空腹だった。

 妹を探すより、肉の臭いに釣られて穴を出た。


 痩せこけた5人の男女の獣人が火を囲んで何かを焼いていた。

「ボクにも分けてほしい」

 と彼女が言って彼等に近づいて行く。


 だけど彼等が焼いているモノを見て、彼女は足を止めた。

 妹だった。

 彼女は息を止めて、火の中で焼かれる赤ちゃんの姿を見つめた。

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