第36話 生きていてくれて、ありがとう
獣人は15歳で成人になる。
15歳まで名前は与えられない。
全ての子どもを
15歳までは神様の子どもで、15歳になってようやく地上に生まれた証として名前が与えられるのだ。
日本でも7歳までは神の子と言われていた時代があった。
医療が発展しておらず、死亡率が高い時代のことである。
子どもに名前が与えられない風習があるのは、いなくなった時のショックを軽くするためだろう。
ナナナの兄弟は全部で8人いた。だけど残っているのは6人目のナナナと8人目の1歳にも満たない妹だけだった。
残りの兄弟は奴隷狩りに捕まったり、殺されたりした。
獣人は体が強い種族である。15歳まで生きられないのではなく、幼い子は奴隷狩りから逃げきれないのだ。
兄弟が奴隷狩りに捕まったり殺されたりするたびに、両親は祈った。
次の人生では幸せになりますように。
次の人生で、また出会うことができますように。
いつ奴隷狩りが襲って来るかわからない状況で、彼等に涙を流す余裕はなかった。
奴隷になった獣人が幸福な人生を送れるはずがないことはわかっていた。
だけど親は願わずにはいられないのだ。
いなくなったあの子が、どうかどこかで幸せでありますように。
もう2度と出会うことはないかもしれない。だけど次の人生で、また自分の子どもとして生まれて来ますように。
だからナナナも兄弟がいなくなるたびに涙を流す代わりに祈ったのだ。
いつでも彼等は奴隷狩りの
獣人達は森の中に住んでいた。
家は一人暮らしをするには広すぎるけど、家族で過ごすには狭すぎるぐらいの広さしかなかった。
木を切るところから始めて、わずか三日足らずで父親が作った家である。
生活の拠点を移すペースが早いので獣人の男は家作りが上手だった。
もしかしたら獣人の種族スキルに家作りがあるのかもしれない。ナナナの記憶を見る限りは、しっかりとした家だった。
母親は葉っぱを編んで服を作っていた。彼女達の服は葉っぱを編んで作られた物である。
授乳は母親がする。だけど、それ以外の赤ちゃんの面倒はナナナがやった。家族においての役割分担だった。
母親の役割は野草を採ったり、服を作ったり、料理を作ったり、その知識を子ども達に教えることだった。
ナナナは小さい妹を抱っこしながら母親の編んでいる手元を見つめた。
まだ小さな妹は、「あーー」とか「まーー」とか「なーー」とかしか言えなかった。
いつも妹と一緒にいるので、わずかな言葉で赤ちゃんが何を求めているのかがナナナにはわかった。
「あー、あー、あー」と赤ちゃんが叫ぶ時は、何かを嫌がっているサインなので大抵はオシッコやウンチをしている。
「まー、まー、まー」と赤ちゃんが叫ぶ時は、お腹が空いたサインなので、ご飯がほしいのだ。
「なー、なー、なー」と赤ちゃんが叫ぶ時は、遊んでほしいサインなので、ナナナを呼んでいるのだ。
1歳にも満たない妹は小さく、柔らかくて暖かかった。
ナナナは自分のことを見てニッコリと笑ってくれる妹の事が大好きだった。
「神子も来年には名前が与えられるのね」
と母親が言った。
ナナナには、まだ名前が与えられていなかった。
「どんな名前がいい?」と母親が尋ねた。
「ボクに言われてもわからないよ」と彼女が言った。
母親は手を止めて、彼女を見た。
「生きていてくれて、ありがとう」
とお母さんは言った。
獣人の親は子どもが生きていてくれるだけで十分だった。子どもに願うのは、それだけだった。それ以外は何も求めなかった。
父親の帰りが遅いことに気づいた母親は外に出た。
それに習ってナナナも外に出た。
母親とナナナは2人とも鼻をクンクンして空気を嗅いだ。
2人に緊張が走った。
赤ちゃんだけが呑気に「なー、なー、なー」と叫んでいる。
「魔法の匂い」
とナナナが呟いた。
魔法にも匂いがある。
ファイアーなら焚き火のような匂いがするし、サンダーなら焦げた匂いがする。
何かしらの匂いを風の中からナナナは嗅ぎ分けたのだろう。
「逃げるわよ」
と母親は言った。
父親の帰りを待たずに3人は家を後にした。
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