第35話 また性奴隷を買って来たのか?

 帰りは馬車だったので1日半ぐらいかかった。

 おかげで6食の餌付けをしてナナナは俺に懐きまくり。基本的にナナナは何でもヨダレを垂らしながら美味しいと言って頬張っていた。


「ボク、こんなに幸せでいいのかな」

 そう言った彼女の言葉は不安そうだった。

 ご飯を食べただけなのに、誰かに対して後ろめたさを感じているみたいである。


 汚れが付いていたからシャワーも浴びてもらった。

 シャワー室から裸で出てきて「なんで裸で出てくるんだよ」みたいな珍事件があると思っていたけど、そんな事は無く、ちゃんと俺が用意した白シャツに短パンの服を着て出てきた。

 シャンプーをしたばかりなのに彼女の髪がゴワついている。それに絡まっていた。


 絡まった毛が小さな団子みたいになっている。1人で頭を洗うことができないのなら手伝ってあげようと思って、桶に魔法で生成したお湯を溜め、彼女の背中にクッションを置いて服を着たまま美容院のシャンプースタイルで頭を洗ってあげた。

 すげぇー汚かった。

 それでも汚れは全て取りきれなかった。家に帰ったらメイドさん達にお風呂に入れてもらって綺麗にしてもらうつもりである。


 ソファーで寝るように彼女にはすすめたけど、寝袋で寝ている俺の隣で丸くなってナナナは眠った。

 なんだか野良犬を拾って来たみたいだった。寝ている彼女に布団をかけて一緒に眠った。


 家に到着した時は夕暮れだった。

「おかえりなさいませ」

 とセドリッグは言った。

 そんな彼に対してナナナは怒った表情をして威嚇した。


「なんで威嚇してるんだよ?」


「この人、すごいイヤな匂いがする」


「匂い?」


 獣人は鼻がいい。

 もしかして俺達にはわからないセドリッグのジィジィ臭さがわかってしまうのかもしれない。


「気にするな」

 と俺は言う。


「歳をとれば、みんなこんな匂いがする」


「そんな匂いじゃない。この人はイヤな匂いがする」


 セドリッグは困った表情をしていた。


 うちのメイド達もベテランの方が多いのでバァバァ臭がするはず。だけどナナナはメイド達には拒絶反応を示さなかった。


「この子のためにお風呂の用意をしてあげてくれ」


 かしこまりました、とメイドが言ってお風呂の用意をしに行った。


 用意ができるまでに、ナナナを紹介しようと思ってリビングに彼女を連れて行く。

 リビングにはバランとチェルシーがいるだけだった。


「ようやく獣人を見つけたのか」

 とチェルシーが言った。


「この子の名前はナナナだ」と俺が彼女を紹介する。


 彼女は俺の後ろに隠れた。


 チェルシーがソファーをピョンピョンと跳んで来て、彼女の肩に着地した。

 そしてナナナの頭を触った。

 彼女の記憶を読み取っているらしい。


「そう怯えるな。ここにはお前を傷つける奴はいない」とチェルシー。

 猫のくせに優しい。

 コイツは獣人に優しいのだ。

 獣人差別撤廃じゅうじんさべつてっぱいもチェルシーが一番乗り気だった。


「また性奴隷を買って来たのか?」

 とバランが言う。

「オェーーー」と大げさに吐くふりをした。

「この女とヤるって想像しただけで、吐き気がする」


「コイツのことはいないモノだと思ってくれ」

 と俺はナナナに伝えた。

 バランなんてこの世にいないのだ。


「コイツは透明人間だ。誰にも見えないし、言葉も聞こえない。無視してたらいいから」とチェルシーが言う。


 上半身裸の大男が自分の体をペタペタと触ったり、体を見たりしている。

「俺、透明人間なのか? 女風呂に入ってもバレないのか?」


「あぁ、そうだよ。今から行って来いよ」

 とチェルシーが言った。


 会話している時点で、お前は透明人間じゃねぇーよ、と俺は思う。


「よし。行ってくる」

 とバランは行って、窓から飛び出して行った。

 彼は異常な跳躍力で空に飛んで行く。


「その粗大ゴミは?」

 と声が聞こえた。


 振り向くと、そこにはミナミとアニーがいた。


「小次郎が女を連れて来た時は、粗大ゴミと言うのよ」

 とミナミがアニーに伝えている。

 

 悪口のレクチャーをするな。


「はい、わかりました」

 とアニーが頷いている。


「あの、ソチラの粗大ゴミ様はどなたでしょう?」

 日頃の教育のおかげでアニーの悪口は上品だった。


「ナナナという獣人だ。君も彼女から花を買ったことがあると思う」


 あぁ、あの、とアニーが思い出して頷いた。


「どうするのよ? そんな汚い子。もしかして結婚契約するつもり?」

 とミナミがイラついた声で尋ねた。


 俺は首を横に降った。

「可哀想だからと言って結婚契約するつもりはない。獣人は従業員契約にするつもり」

 と俺は言った。


 獣人は多い。みんなと結婚していたらハーレムどころの騒ぎじゃない。家庭内のバランスも崩れるだろう。それに結婚の契約は領民にも影響する。領主の妻になるのだ。だから可哀想な獣人の子と全員結婚していたら領地のバランスも崩れる。


 アニーは美しすぎた。従業員の契約で置いておくと誰かにさらわれる恐れもあった。だから結婚の契約にしたのだ。


「従業員の契約なら全ての獣人を雇える」

 と俺は言った。


「でも何の仕事をするのよ? 仕事も出来ないのに血税は払えない」

 とミナミが言う。


 血税というのは、血を絞られるようにして領民達が払ってくれた税金のことである。お金は血そのものなのだ。一滴も無駄にしてはならない。

 ちなみに彼女を買い取った費用は俺が持っていた。


「領民感情はどうするの?」


 ちょっと難しい話をミナミがしている。

 アニーは首を傾げていた。


「どういうことですか?」とアニーが尋ねる。


「領民達が追い出した獣人に対して、領民達が集めたお金を支払うのは怒りの感情に繋がるんじゃないの? って聞いているのよ」とミナミが咀嚼して伝えた。


「怒りの感情を買うと思う」

 と俺は言った。


「だから今は従業員にも出来ない。しばらくの間はナナナには悪いけど奴隷のまま、誰にも見つからずに認識阻害の魔法をかけて生活してもらう」


「差別問題が解決しない限り従業員にできないじゃない」とミナミが言う。


「差別は王族のプロバガンダだった。コチラで別のプロバガンダを用意して、領民の意識が上書きされた瞬間に獣人を従業員として雇う」


 アニーが首を捻った。


「獣人の差別になった原因は王族の嘘だったのよ。だからコチラで別の嘘を用意して、それを領民が信じた時に従業員として雇う、って言ってるの」とミナミが咀嚼する。


 アニーが小さく手をあげた。


「そもそも何で差別はいけないんですか?」


 直球で、大人が答えづらい質問ナンバーワンがやって来た。

 人にやられたらイヤだから人にはしない。日本ならコレで説明がつく。

 だけど差別は時代が違ったり、国が違うだけで意識が異なる問題である。この世界で差別を撤廃しようとしている俺の方が少数派なのだ。


「差別を許すってことは、自分も差別される可能性があるってことなんだ。大切な人が差別される可能性もあるってことなんだ」

 と俺が言う。


 獣人の差別も王都に城壁を作る労働力が欲しいだけだった。どんな切っ掛けで差別されるかわからない。


「そんなの俺がイヤだから」と俺は言った。「大切な人に差別を許す環境にいてほしくない。大切な人に差別したりされたりしてほしくない」


 だから俺は奴隷の販売に、重い処罰も与えている。

 この街の課題は基本的人権を守ることである。


「すごく、わかりました。小次郎様は人が好きなんですね」

 とアニーが言う。


 人が好き? たぶん、そういう事なんだろう。


「だけど差別撤廃は難易度MAXよ。できるの?」


「正直に言うと、わからん」


「……ボクに何かできますか?」

 不安そうにナナナが尋ねて来た。


「君は何がしたい?」

 と俺は尋ねた。


「ご飯が食べたいです」

 とナナナが言った。

「みんながお腹いっぱいにご飯が食べれるように、なりたいです」


 うん、と俺は頷く。


「これから一緒に、そうなるように考えよう」


 うん、とナナナが頷いた。


「やっぱり、優しい領主様だ」とナナナ。


「優しい領主?」

 俺が首を傾げた。


「獣人の間では優しい領主様って噂されてるんだよ。だからボクもこの街に来たんだよ」


 そんな事はない、と俺は思った。

 まだ俺は獣人達に何もしてあげられていない。


「お風呂の準備ができました」

 とメイドが言いに来てくれた。


「この子を頼む。お風呂に入れたら、ご飯を食べさせて、ベッドで寝かせてあげてほしい」と俺は言った。


 ナナナはメイドに連れられてお風呂に行った。


「チェルシー」と俺が猫を見る。


「わかってるよ。ナナナの過去の映像を見たいんだろう?」


「あぁ」と俺が頷く。


「俺すごくねぇ? 今言わなくても小次郎の言いたい事がわかったぜ。ナナナの記憶を見れば獣人の居場所もわかるって思って記憶を読んでたんだ。あっ、今俺のこと優秀で可愛い猫ちゃん、って思っただろう?」


「思ってない」


 リビングの扉が開いて、ビショ濡れのバランが戻って来た。


「俺、透明人間じゃねぇー」

 とバランが怒鳴った。


 コイツは本気で女風呂を覗きに行ったんだろうか。

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