第34話 たぶんまだ処女ですよ

 ようやく獣人の子を1人だけ見つけた。

 彼女を見つけたのは遠い街だった。

 労働力になる獣人のほとんどは王都に行き、女の子だけが性奴隷として売買されたんだと思う。

 彼女だけ売れ残り、小さな牢屋の中で丸くなって眠っていた。

 ひどく痩せこけ、片手を失っていた。


「明日には処分するところだったんですよ。売れてよかった。片手が無いけど、ちゃんとヤれますよ。たぶんまだ処女ですよ。飽きたら殺して森にでも捨ててください」

 と太った奴隷商の男が言った。


 俺は奴隷商を睨んだ。

 物より酷い。飽きたら殺して捨てる。気分が悪かった。

 俺の街なら処罰になるはずの奴隷商。だけど余所の街では奴隷の販売は処罰にはならない。

 

「……ところで」と俺は話を変えた。「他にも獣人はいないのか?」


 俺は魔法で顔も体も変えていた。

 今の俺の姿は、どこにでもいそうな20代男性の領民の姿だった。


「お客さん、獣人がお好きなんですか?」


「あぁ」


「獣人は殺しても胸が痛みませんからね」と奴隷商が言って笑った。


「ウチの店では、もうこの子だけなんですよ」


「他の店にも売ってないのか?」


「獣人を殺すのを楽しむ人がいまして、その人がほとんど買ちゃうんです。だからお客さん、貴方はラッキーですよ。獣人が売れ残っているのは珍しいんですよ」

 

 この子は貧相で片手が無いから買われなかったのかもしれない。


「獣人を買った人の名前は?」


「個人情報なんで言えませんよ」


 そりゃあそうか。


 奴隷契約にサインをして、金貨1枚にも満たないお金を支払った。

 牢屋から獣人の子が出された。

 獣人の女の子は犬みたいに首輪を付けられ、リードみたいに鎖も付いていた。

 犬耳は垂れ、尻尾は雑巾のように汚れている。

 牢屋の中にいた時は丸まっていてわからなかったけど、アニーと同じぐらいの身長の高さである。年齢は14歳から16歳ぐらいだろう。

 顔の汚れは申し訳程度に拭き取られている。

 服は麻袋に穴を開けて工夫して着ているようだった。

 片手が無い。

 食事もろくにとっていないのか酷く痩せている。

 どこかで見たような気がした。やっぱり俺の街の獣人だろう。


 何より驚いたのが、彼女は悲しんでいなかった。

 今、自分が置かれている状況を悲観していなかった。

 奴隷商に捕まった女の子は暗い顔をしている。

 だけど彼女には悲観している表情をしていない。ただ自分の置かれている状況を受け入れているだけだった。


 俺達の姿が他の人から見えにくくするために、店から出ると認識阻害の魔法をかけた。

 リードを付けた獣人を連れて歩くのは俺の趣味ではなかった。

 ユニコーンを2体召喚する。名前はフルギとトウモロコシ。もちろん認識阻害の魔法をかけて他の人から見えなくさせている。


 それからアイテムボックスの中から馬車を取り出した。

 まるで俺ってドラ◯もんじゃん、と思った。

 あの便利な青色の猫型ロボットがほしい、と思っていたけど、俺こそがあの青色の猫型ロボットに近い存在だった。

 街に戻るようにユニコーンに伝えて、俺達は馬車に入った。

 キャンピングカーみたいになっている馬車の中。

 俺は彼女をソファーに座らせた。


 獣人の子の隣に俺は座った。

 変装の魔法を解いた。

 一瞬で顔も体も元の姿に戻った。

 ヒッピーみたいな服装ではなく、いつも着ている茶色いスーツに変わる。

 ヒッピーというのは、俺も見たことがないけど、長髪やヒゲを蓄えたオシャレな人達。イメージだから間違っているかもしれない。この世界では貴族しかドレスを購入することができない。それにスーツも高価で領民たちには手を出せない。だから基本的に古着が出回っている。それを俺はヒッピーみたいな服装と例えたのだ。


 獣人の女の子が元の姿になった俺をジッと見た。

 俺は彼女の首輪を外す。


「……やっぱり領主様だ」

 と彼女が言った。


 どうやら俺のことを知っているらしい。

 俺のことを知っているって事は、間違いなく街にいた獣人だろう。


「なんで? なんで? 領主様がボクのご主人様なの?」


 俺が彼女を買った主人で間違いない。

 だけどご主人様と女の子から呼ばれることに抵抗があった。


「そうだよ」と俺は躊躇ためらいながら答えた。


「領主様にいっぱい花を売ったから、ボクを買いに来てくれたの?」


 花? なんのことを彼女が喋っているんだろう?


 彼女が花売りの獣人だと気づく。

 いつも俺を見つけて花を売ってくれるボクっ娘である。

 しかも貴重な薬草を安く売ってくれていたらしい。


「それは違う」

 とキッパリと俺は言った。

 花を売ってくれたお礼に彼女を買い取った訳ではなかった。


「獣人を俺は買い取るつもりでいた。それで君を見つけた」


「どうして獣人を買い取るの?」


「街から獣人を追い出したのは領主である俺の責任だからだよ」

 と俺は言った。

「君達に辛い思いをさせて、すまなかった」


 俺は頭を下げた。


「やめて」と彼女が言う。「領主様が頭を下げないでよ」


「どんな種族でも基本的人権は守られるべきなんだ。なのに君達のことを守ることができなかった。本当にすまない」


「やめてよ。領主様がボクに頭を下げるなんておかしいよ」


 俺は顔を上げた。

 本当に彼女は困っている様子だった。

 だから俺は謝るのをやめた。


「わかった。もう謝らない」

 と俺は言う。

 行動で示そう。

 全ての人間の基本的人権を守る。それは街の課題だった。


「君の名前を聞いてなかったね」


「ボクの名前は……ナナナ」


「ナナナ?」


「ナナナって言うんだ」


「それじゃあナナナ」と俺が彼女を呼びかける。


「手が無くなった方の腕を出して」

 と俺が言った。


 手が無くなった腕を彼女が俺に差し出した。


「どうして手を無くしちゃったの?」と俺が尋ねる。


「街の人が来てバーーってなって、それで気づいたら手が無くなって痛かった。でもドレイショウの人が傷は治してくれたんだよ」

 

 そうか、と俺は頷いた。


 アイテムボックスの中から、再生の泉を手のひらですくって彼女の無くなった手にかけた。


「わぁーーー」

 と彼女が驚いている。

 手が生えて来たのだ。


「ボクの手が」

 彼女は新しく生えてきた手を見つめた。


「お腹は空いているかい?」

 と俺は尋ねてソファーから立ち上がった。


「なにか食べさせてくれるの?」

 ナナナは尻尾をブンブンと振り回して尋ねた。


「お肉でも焼こうか?」


「お肉?」


 お肉と聞いただけでジュルジュルジュルと彼女がヨダレを啜った。


 アイテムボックスから取り出した巨大ステーキをキッチンで焼いた。


「これボクの?」

 彼女が尋ねた。


「そうだよ」

 と俺が答えても、「本当にボクの?」と彼女が何度も尋ねて来る。


「そうだよ」


「全部、食べていいの?」


「そうだよ」


「ボク、領主様に何かしないといけない?」


「なんで?」


「お肉くれるから」


「何もしなくていいよ」


「交尾する?」


 俺は吹き出しそうになる。


「しなくていいよ」


「でも、ボクのことを買った人と、交尾するってドレイショウの人が言ってたよ」


「しなくていいよ」


「そうなの? 交尾無しでお肉食べていいの?」


「いいよ」


「やったーーー」


 お肉はレアで焼き上げた。

 ナナナはヨダレをたっぷり垂らして、熱いお肉をフォークも使わずに手で掴んで噛み始めた。


「おいぃひぃ」

 と肉を噛みながら彼女が叫んだ。


「でも、牙が無いから噛みにくいや」


「牙無いの?」


「削られた」

 と彼女が答えた。


「治してあげようか?」


「いい。人間といるには牙は不要だって言われた。領主様と一緒にいる」


 俺と一緒にいたいから牙は無くていい、と言っているのだろう。

 彼女がそう判断するなら無理に治すことは無いだろう。


 それより人間といるには、と言葉が引っかかった。それはまるで獣人が人間じゃない存在で、ホモサピエンスだけが人間みたいな言い回しだった。


 死に物狂いで肉に齧りついているナナナを見た。残酷なことがあったはずなのに、彼女はお肉を嬉しそうに食べていた。

 

 彼女を買った時も悲壮感はなかった。

 まるで不幸を受け入れているように。


 どうして街から追い出されて、手を無くして、奴隷商に売られて平気な顔ができるんだろうか?

 彼女が歩んで来た人生は、どんなにモノだったのか、俺には興味があった。



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