第33話 ヒロイン達のクソまず料理

 街から追い出された獣人は通りすがりの馬車に連れ去られたらしい。

 もしかしたら近くの街で売買される可能性もある。

 王都で労働力になる可能性もある。その場合は、もう手出しは出来ない。


 俺の責任だった。

 獣人を受け入れているのに差別を撤廃てっぱいすることができなかった。

 もしかしたら捕まった数人は俺の街で売買されているかもしれない。そう思ってチェルシーに協力してもらって獣人を探した。

 さすがに俺の街では獣人の売買はされていなかった。


 顔と体を変えて隣の領地まで俺は出かけた。

 もし獣人が奴隷として売買されているなら引き取るつもりだった。

 ワープホールを使えるので移動は一瞬である。アイテムボックスには馬車を入れていた。もし獣人が見つかった時、帰りは馬車を使うつもりだった。


 1人で奴隷商を周って獣人を探した。

 チェルシーには街で、やってもらわないといけない仕事があった。

 それはスパイ探しである。

 スパイが街にいる、と俺は思っていた。



 獣人はなかなかなかなかなかなかなか見つからなかった。ポケットの中もゴミ箱の裏も探したけど見つからないのよフフフ状態。

 通常の業務に独立するための業務も重なって、疲れないはずの体なのに精神的に疲れて、家に帰って来るとリビングのソファーで人形のように力尽きてしまった。

 

「スパイなんて本当にいるのかよ。見つからねぇーぞ」

 と隣でダラけているチェルシーが言った。

 スパイを探すために色んな人の記憶を見て猫も疲れているらしい。


 バランが鼻をクンクンと動かした。

「なんか臭くねぇーか」

 とハゲが言う。


 そう言われてみたらケダモノの腹ワタに生ゴミを詰め込んだみたいな匂いがする。


 ガチャ、と扉が開いて2人の女性陣が入って来た。

 ミナミとアニーである。

 彼女達はエプロンを着ていた。

 だけど、そのエプロンには禍々しい紫色だったりピンク色だったり緑色だったりの謎の液体が付着している。

 リアルでスプラトゥーンでもやって来たのかな? 


「みんなお疲れ様」

 とミナミが言った。


「みんなが疲れていると思ったので、2人でご飯を作ったのよ」

 

 ミナミが恐ろしい事を言い始めた。

 ちょっと、その優しい口調も恐ろしさを増幅させている。

 でも2人で、というのが俺には嬉しかった。

 ミナミとアニーは仲良くしているらしい。

 

「疲れているようなので先にお風呂にしますか? それとも食事にしますか?」

 と微笑みながらアニーが尋ねた。


「そんなのお風呂一択じゃねぇーか」

 とチェルシーが言った。

「ミナミの作ったご飯が待っているなら、お風呂から出て来れねぇーじゃねぇーか」


「わかった。ご飯にするのね。もう用意できているから食卓に来て」

 とミナミが言う。


「俺、お風呂って言わなかったか? もしかして俺の脳みそがバグってお風呂って言ってるのにご飯って言ってたのか?」


「……食べてあげよう」

 と俺は言った。

 せっかく俺達のために作ってくれたのだ。食べるしかない。


「お前、正気か?」


「アニーがいる。2人もいれば、どちらかは料理上手って相場が決まっているんだ」

 俺はミナミに聞こえないようにチェルシーの耳元で囁いた。


「本当か? 信じていいんだな?」


 信じていいよな?  

 アニーを見る。

 微笑みが怖い。


「食卓に来るのが一番遅かった人は、それだけ疲れているって事だから大量に食べて元気になってもらうから」

 とミナミが言った。


 俺達3人は慌てて立ち上がり、食卓まで競争した。


 結局3人とも同着だった。


 20人は着席できるような長いテーブルの中央に、鬼が食べるようなサイズの器がドンと1つだけ置かれていた。

 器の中には紫とピンクが混じった芸術作品が入っていた。

 ケダモノの腹ワタに生ゴミを詰め込んだ匂いが強烈にする。匂いの原因はコレだったのか。


 器の前に俺達は並んで座った。

 俺が真ん中。チェルシーが右。バランが左。

 チェルシーが俺を睨んでいる。

 さっき言ったことは撤回てっかいする。アニーも料理は出来ないみたいである。


「取り皿とスプーンをどうぞ」

 とアニーが言って、目の前に取り皿とスプーンを置いてくれた。


「こんなにも取り皿に怒りを感じるなんて、初めてだよ」

 とチェルシーが言った。


 たしかにチェルシーの言う通り、取り皿が腹ただしい。


「この料理は何?」

 と俺は尋ねた。


「小次郎様が作ってくれたカレーを再現したものです」

 とアニーが答えた。


「小次郎のように上手には出来なかったけど、私達なりにがんばったのよ」とミナミ。


「そうですね。臓器を取り出すのは難しかったです」とアニー。


「なんの臓器を取り出したの? カレーに臓器なんて入れないよ」と俺。


「臓器は滋養強壮じようきょうそうにいいんですよ」とアニーが言う。


「角をすり潰すのも大変だったんだから」とミナミ。


「なんの角をすり潰したの? カレーに角は入れないよ」と俺。


「角は滋養強壮にいいのよ」とミナミが言った。


 なんで2人とも滋養強壮を信頼してるんだよ。

 そして何の臓器と何の角を入れたんだよ。


「チェルシー、カレー好きだったよな?」

 と俺は尋ねた。


「今日から嫌いになった」


「せっかく作ったんだから、3人で全部食べてね」

 とミナミが言う。

「食べ終わるまでココから出さないから」


 アニーが立ち上がり、扉を閉めた。

 ルールが発表された。これを3人で完食しなくてはいけない。完食しなければココから出れない。


「美味しそうだな」

 と急にチェルシーが言い始めた。

 

 そして肉球を使って器用にスプーンで料理を取り皿に入れた。


 チェルシーが料理を食べた。

 ブルブルブル、と全身を震わせる。

「美味しい」

 と猫が言った。


 俺は猫を見ていた。

 彼がスプーンですくった量。

 そして口の中に入れた量。

 この猫は少ししか口の中に入れていない。

 彼はルールを知り、作戦を変更したのだ。

 頑なに食べるのを拒否するという作戦から、他の2人に大量に食べさせる作戦に。


 美味しい、と言ったのは俺達を誘っているのだ。

 猫の作戦に気づいた俺は、彼の作戦に便乗びんじょうすることにした。

 バランなら、この鬼のような量の食事を食べることが出来るはず。

 ハゲを誘い出そう。

 それに美味しい、と言えば彼女達も喜ぶだろう。


 俺は謎の食べ物を取り皿に入れた。

 ミナミとアニーが俺を凝視している。

 そんなに見るんじゃねぇーよ。

 食べたフリして、ちょっと舐める程度にするつもりなのに、2人に見つめられて反則技を使うことができない。

 口の中にスプーン一杯分も入れた。


 不味さが時の彼方を超えている。

 2人で作ったから不味さも2倍である。

 鼻に抜ける臓器の匂い。舌の上には砂のようなザラザラした感触。

 色んな味が混ざり合って味はカブトムシを食べたように苦い。


「……美味しい」

 と俺は言った。

 吐くのを抑えるのだけでも精一杯である。


 2人の目が開かれて、嬉しそうに笑った。

 そんな顔をしないでくれ。

 美味しい、と嘘をついたのが心苦しくなる。


「隠し味にミミズの粉末を入れたのがよかったんですよ」とアニーが言う。


 なんの粉末だって?


「ミミズも滋養強壮にいいもんね」とミナミが同意する。


「ミナミ様が入れたバッタの粉末も良かったんじゃないですか?」


 なんの粉末だって?

 キショク悪いモノを粉末にするなよ。


「バッタも滋養強壮にいいもんね」

 とミナミが言った。


 滋養強壮はもういいよ。

 今1番嫌いな言葉が滋養強壮である。


 料理音痴の2人がどんな風に料理をしたのか映像が浮かんだ。

 コレも滋養強壮にいいんですよ。コレも滋養強壮にいいみたいよ、と言い合いながら鍋に突っ込んでいったんだろう。


「美味しいからバランも食えよ」

 とチェルシーが言う?


「そんなに美味しいならお前が食え」

 とバランが言う。


 チェルシーが机を叩いてキレている。


「美味しいからバランも食べてみれば」

 と俺は言った。


「俺は、この取り皿の方が美味しそうに見える」


「取り皿は食べ物じゃない」


「テーブルを食べてた方がマシだ」

 とバランが言う。


「テーブルも食べ物じゃない」


「本当に美味いのか?」


 俺は震える手でスプーンを口に運び、謎の食べ物を口に入れた。


「美味い」

 と俺は叫んだ。

 気絶しそうである。


「なぁ、チェルシー。美味しいよな?」

 と俺が言う。


 チェルシーも震える肉球でスプーンを口に運んだ。

「美味しい。美味しい」

 とチェルシーが言って、満面な笑顔でバランに伝えた。


「こんなに美味しいご飯は食べたことがない」

 パクパク、と俺は食べる。

 バランを誘い出すために必死だった。


「美味しい、美味しい」とチェルシーが食べる。


「そんなに美味しいなら、また作ってあげるわ」

 とミナミが言った。


 その言葉で正気を保っていたチェルシーの精神が崩壊した。

 猫は口から泡を吹いて気絶した。


「ほら見ろよ」と俺は言った。「気絶するぐらいに美味いんだぜ」


 それでもバランは食べようとしなかった。


 俺は必死になって、この謎の食べ物が美味しいことを彼に伝えた。


「美味しい、美味しい」

 俺はスプーンで2人が作ってくれた料理を口に入れた。


「もしよかったら、おかわりもありますよ」

 とアニーが言った。


 その言葉で俺の精神も保てなくなった。

 気づいた時には暗闇の中に引っ張られていた。


「2人とも寝ちゃったから、後はバランが全部食べてね」

 とミナミの声が、暗闇の中から聞こえた。


 俺はテーブルの下で目を開けた。

 気絶していたチェルシーが最後の力を振り絞って俺にグーサインをしていた。

 俺もチェルシーにグーサインをした。

 何に勝ったかはわからないけど、俺達の勝ったのである。

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