2章 お腹いっぱい食べたい獣人、ナナナ

第32話 今晩、お兄ちゃんの部屋に行ってもいい?

 心優しき獣人の女の子は、オレンジ色のドレスを着ていた。

 彼女の名前はナナナ。

 俺の隣に立つ彼女は世界で一番美しかった。


「女神様」と誰かが呟いた。


 壊れた街を復興しにやって来た女神様のように領民達には見えているのだろう。

 ナナナが街に連れて来た獣人達が彼女に祈りを捧げている。



 パンを盗まないように手を切断され、街から追い出された獣人の女の子。

 性奴隷として売られるために牙を削られた獣人の女の子。

 だけど今では彼女のことを領民達は崇めるように眺めていた。




■□■□




 結婚契約が終わると、俺達は街に出かけて館に入れなかった領民達のためにパレードをおこなった。


 店が並んでいる商店街を歩く。領民達に手を振ったり、握手をする。

 俺達の進行の邪魔にならないように、有名な遊園地のパレードみたいに領民達が道の脇にギッシリと集まって並んでいた。

 みんな綺麗な2人の女性を見て、溜息を漏らしていた。


 数日後には貴族達を呼んだ結婚パーティーが行われた。そこで貴族達に2人の妻を紹介して、とりあえず結婚の案件を終わらせた。


 結婚パーティーが終わって数日後のこと。

 アニーがピンクのドレスを持って俺の仕事部屋にやって来た。


 俺は書類から顔を上げて彼女を見た。

「どうしたの?」と俺は尋ねた。


「あの」とアニーが言った。「これ貰ってください」

 彼女がドレスを俺に差し出した。結婚式に使ったモノである。


「俺、こんなドレス着ないよ?」


「違います。小次郎様には持っていてほしいんです」


「どうして?」


「エルフの村では結婚相手にドレスを渡す風習があるんです。死ぬ時まで美しい私でいるから死んだら着せてください、という意味があるみたいです」


「そうなんだ。でも死ぬまで保管していたらドレスって痛むんじゃないの?」


 俺より先にアニーが死ぬことはないと思うし、俺にはアイテムボックスがあるからドレスが痛むこともない。

 純粋に思った疑問を尋ねた。


「実際はエルフが死んだ時には結婚式で着たようなドレスを作って着せます」

 とアニーが言った。


「だからドレスを渡す意味は……死ぬ時まで美しい私でいるので死んだら着せてください、が転じて、……貴方のそばに死ぬまで一緒にいます、って意味なんです」

 顔を真っ赤にさせてアニーが言った。


「わかった。貰っておくよ」と俺は微笑んだ。


「ありがとうございます」


 彼女からドレスを受け取った。

 俺はアイテムボックスにピンクのドレスを収納した。

 仕事中に失礼しました、とアニーは言って、仕事部屋から出て行った。


 すぐにトントンと扉がノックされた。

 次に入って来たのはミナミだった。

 彼女の手には紫のドレス。

 それを見て全てを察した。アニーからエルフの風習を聞いてミナミもドレスを持って来たんだろう。


「はい」とミナミがドレスを俺に差し出した。


「ミナミの村にも旦那にドレスを渡す風習があるの?」


「無いわよ。……私だって死ぬまでのそばにいたいもん」


 ハハハハ、と俺が笑う。

 ミナミは2人きりで俺に甘える時だけお兄ちゃんと呼ぶ。

 本当は普段からそう呼びたいらしいけど、お兄ちゃんと呼ぶのが恥ずかしいらしい。


「わかったよ。貰っておく」

 俺はミナミからドレスを受け取った。

 アイテムボックスに紫のドレスを収納した。


「あと、それとコレ。言ってたヤツ」

 とミナミは言ってスーツの上着のポケットから青いゴツゴツした宝石みたいなモノを取り出した。


 召喚石である。希少なモノだった。

 魔のモノを従者にする時、初めはコレを使って呼び出さないといけない。

 自分より強い魔のモノは従者にできないし、魔のモノの承認が無いと召喚もできない。ほとんどの人が使えない代物である。

 俺は一度呼び出すことが出来れば自由に召喚ができるチートスキルを持っているけど、一般的には召喚するたびに召喚石が必要である。


「探すのに苦労したんだからね」


「ありがとう」

 召喚石が切れていたので、他国でミナミに探して貰っていたのだ。


「だから、いっぱいお礼してよね」

 とミナミが恥ずかしそうに言った。


「何がいい?」

 

「今晩、の部屋に行ってもいい?」

 とミナミがモジモジしながら言った。


「おいで」と俺が言う。


「その時にお礼してもらうから」


「はいはい」と俺が言う。


「いっぱいいっぱいしてもらうからね」


「いっぱいしてあげるよ」


 と俺が言うと、ミナミが顔を真っ赤にさせた。


「バーカ」とミナミが言って、逃げるように仕事部屋から出て言った。


 なんだアイツ、と俺は思った。

 普段はクールを気取っているけど、俺と2人の時は子どもっぽい部分があった。

 ミナミタンと呼んでやろうか? やっぱり怒られそうなので呼ばない。




 仕事は多忙だった。

 巨大魔物問題がある。街に来る人は減っている。

 街を発展させなければ輸入品を消費できない。消費できないと赤字になる。赤字になると輸入できない。輸入できないと三ヶ国からの独立の同意を求めることができない。

 問題だった。


 いくらバランが巨大魔物を倒しても、巨大魔物が発生する。

 だから俺は隣国の全ての道に結界を張るつもりだった。

 肉体的な安全を確保する。

 それに精神的な安全も確保しなければいけなかった。

 街に来るまでに事故にあったら被害額を保証する。

 保証を売ることを考えた。つまり、この世界に保険を作るつもりだった。

 保険のシステム。保険に入っている人達からお金を集めて、事故にあった人にお金を渡す。

 そのシステムを街が作り、金貸し屋で販売する。

 金貸し屋は別の街でも商売している人が多い。だから別の街でも売ってもらうつもりだった。1日だけの保険も販売もする予定である。


 それと勇者問題である。

 いつ勇者が街を襲って来るのかわからないのだ。

 それを1つの災害としてとらえた時、領民達の避難を考えなくてはいけなかった。

 街の結界は強固である。

 だけど俺は破壊できる。他にも結界を破壊できる奴は存在する、と考えるべきなのだ。


 警察も領民達を避難させることに馴れなくてはいけなかった。

 避難訓練をすることも考えたけど、……あれって誰も真剣にやらない。

 もしもの出来事は起きないと思ってしまうのだ。

 それに勇者が街を襲って来る可能性があることを領民達に説明したくない。

 恐怖をあおるだけである。

 領民達が避難訓練と気付かずに、避難訓練できる方法は?

 

 みんなが同じ目的の場所を目指して走るイメージをした。

 マラソンである。


 マラソン大会を開催して、避難経路を領民達に走らせるのだ。

 マラソン大会には人気者のチェルシーを参加させよう。

 チェルシーが街で人気があるかどうかは実際は知らないけど、英雄の1人が参加するならマラソンを一緒に走ってくれる人もいるだろう。

 


 色々と仕事はあるけど、一番先にやらないといけないのは道に結界を張ることだった。これは俺しかできない。


 そして俺が街の外に出かけている時に事件は起きた。

 街で暴動が起きてしまったのだ。

 獣人の子がパンを盗んだのが原因だった。

 それで領民達が集まり、獣人達に暴行して、街から追い出してしまったのだ。

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