第31話 性奴隷を飼ったのに

 セドリッグが仕事部屋にやって来たので書類を速読するためにかけていた身体強化の魔法を解き、彼に視線を向けた。

 そして俺は彼に尋ねた。どうして大使館からの帰りが遅かったのか?

 大使館に置いて来たセドリッグに念話をしても反応が無かったので心配していたのだ。

 セドリッグは淡々とした口調で王族に拘束されて問い詰められていたことを話した。


「そうか」と俺は頷く。「すまなかった」


「いえ。大したことはありません」


「なぜ念話もできなかったんだ?」


「魔力を感知する者がおります。一応、魔力阻害をさせていただきました」


 念話は微量な魔力を使っているだけなので魔力阻害で簡単に着拒ちゃきょができる。

 でも魔力が感知できる人でも念話の内容が聞かれる訳がない。

 それだけ動揺していたんだろうか?


「危険な目に合わせて本当にすまなかった」

 俺は頭を下げた。


「いえ」とセドリッグが首を横に降った。


「ところでご主人様」とセドリッグが言った。「どう対処する予定でございますか?」


「どう対処?」

 俺は首を傾げる。


「王族の話しでございます」


 あぁ、と俺は頷く。

 

 誰かがセドリッグに事情を話したのだろうか?

 それとも大使館で起きたことの文脈で読み取ったのだろうか?

 巨大魔物を作り出している犯人が王族だと執事には言っていなかった。心配をかけるからである。

 

 前日にアニーを呼び出して伝えたのは、すでに彼女が犯人を知っているからである。対処方法を知らされなければ逆に不安になるだろう。それに彼女には成長してもらいたい。

 生きていれば色んな事が起きる。そういう時にどう対処すればいいのか、を見ていてほしい。そして自分自身でも考えてほしい、そういう意図で彼女にも話を聞いてもらった。

 不安になるだけなら俺は喋らない。


「何もしないよ」

 と俺は微笑んだ。


「……何もしない?」


「何もしない」

 と俺が言う。

 今すぐにコチラから攻撃を仕掛けるわけでも、今すぐに向こうから攻撃が来る訳でもない。裏でコソコソ動いて準備をするだけである。

 街の業務に関わっていないセドリッグからしてみたら何もしないように見えるだろう。だから何もしない、と俺は答えた。


「ですが、皆様はそれで納得するのでしょうか?」


 俺は首を傾げる。

 執事が俺の方針に首を突っ込んで来たのは初めてだった。

 それぐらいに、この案件は心配なことなんだろう。


「……ご主人様に出しゃばったことを言って、申し訳ありません」


 大丈夫、と俺は言った。

「心配ないよ」



 ガチャ、と扉が開いてチェルシーが入って来た。

「外がドえらい事になってんぞ」


「外?」と俺が尋ねる。


「窓から見ろよ」


 俺は立ち上がり、窓を見た。


 外には領民が集まってワイワイと騒いでいる。


「ヘップの奴が騒いでいるみたいなんだ」


「ヘップ?」


「ほらアイツのことだよ。昨日、大使館にいたキモデブ」

 チェルシーが肉球を指差した先には、大使館でアニーに喋りかけた金髪デブがいた。アニーを正室にしたい、と言っていた気持ち悪い男である。そういえばチェルシーにはアイツの頭を触らせていた。アイツの名前はヘップと言うらしい。

 人の領地まで来て何をギャーギャー騒いでいるのか? 窓を開けてヘップが叫んでいる声を聞いた。


「飼っている奴隷を解放しろ」


 どうやら彼は誰かにそそのかされて、やって来たんだろう。

 その誰かは誰だかがわかっている。こういう攻撃をして来るのか。


 ヘップが集めた領民は俺が奴隷を飼っていることに腹を立てている人間だろう。奴隷の契約を上書きされた人間だったり奴隷を飼いたい人間だろう。奴隷を売買したい商人もいるだろう。

 女性も混じっているので見物に来ている人もいるのかもしれない。



「結婚式の準備はどれぐらい出来ている?」

 と俺はセドリッグに尋ねた。


「ドレスしか用意しておりません」


「十二分だ。今すぐ結婚式をしよう」


「ですが招待状なども出しておりませんし、食事の用意もできません」


「ちゃんとしたモノは後でやればいい」

 と俺は言った。


 クレームの対応は迅速じんそくに。このままデモを放置しておけばデモが大きくなる可能性もある。


「ミナミとアニーの2人分の結婚の契約書を用意してくれ」


「……かしこまりました」


「チェルシーはデモをしている人達に、事情を話すのでしばらく待つように伝えてくれ」


「なんで俺が?」


「だってお前、意外と街の人気者じゃん」


「人気者なのか俺?」


「もちろん」


「人気者だったら仕方がねぇーな」


「それとお前の内蔵されている大きなスピーカーを使って、街を走って領主が婚姻することと妻のお披露目があるので領主の館を解放する事を伝えてくれ」


「お腹の中のことは言うんじゃねぇーよ」


「俺はお前のお腹の中もカッコいいと思うぞ」


「……マジか」とチェルシーはお腹を撫でながら言った。


 デモ行為をしていた人に事情を喋り、婚姻の契約を2人と交わす。その時に街の人に妻のお披露目をしてデモ運動を祝福モードに変える。

 



 ザ・貴族の館には映画で使われるような広い空間と階段が存在する。

 そこに領民達が入って来た。さすがに広くても全ての領民達を入れることはできない。だから一定の人数になると扉を締めて入って来るのをストップさせた。

 誘導はメイドさん達がやってくれた。

 館に入れなかった人が山ほどいるので、後でパレードみたいに俺達が練り歩いて挨拶しに行くことにする。そのむねはチェルシーが、館の前で行列を作って待ってくれている人達に伝えた。


 ミナミは遠い国に行っていたらしいけど、今から婚姻の契約を交わすと念話で伝えるとワープホールで帰って来た。

 アニーは家にいたので先に準備をさせていた。


 2人の着替えが終わるまでに俺はタキシードに着替えを終わらせていた。


 

 1階は領民達を入れる準備に忙しいので、着替えた人は俺の部屋に来るように言っていた。

 初めに俺の部屋に入って来たのはアニーだった。

 薄いピンクのドレスを彼女は着ていた。スカートの部分が花飾りみたい。それにモコモコしている。

 アクセサリーが映えるように肩が空いていた。

 色は自分で発注したらしい。色には意味がある。ピンクは愛情や協調。貴方にとって私が癒しでありたい、ということを示している。

 柔らかくて優しい印象の美しさがあった。


 ピンクに似合うアクセサリーを俺は用意していた。

 それを彼女に取り付けて行く。

 なぜかアニーと出会った最初の場面を思い出していた。

 ボロ雑巾のような汚い姿で彼女は牢屋の中に入っていた。

 そんな女の子が、ココまで美しくなるなんて。

 そんな女の子と、俺が結婚するなんて。


「小次郎様」とアニーが呟いた。

「ん?」

「……」

 何かを言いたそうだったけど、彼女は何も言わなかった。



 次に部屋に入って着たのはミナミだった。

 薄い色の紫のドレスを彼女は着ていた。スカートは花の刺繍がされていてフワッとしていた。

 ドレスを着ているせいか、普段は見せないようなおしとやかな微笑みを作っている。

 紫は高貴さと優雅さ。貴方にとって特別な私でいたい、と色で示している。

 ミナミには紫に合うアクセサリーを付けた。

 アクセサリーを付けながら昔のことを思い出す。

 両手両足を切断されて牢屋に入れられていた女の子の姿。

 ずっと俺の背中で泣いていた彼女が、こんなにも美しい女性になるなんて。

 

「なんで小次郎が泣きそうなのよ」


「ミナミ、綺麗だよ」と俺は言った。


 照れ臭そうにミナミが笑った。


「アニーも綺麗だよ」

  

 二人とも凄く綺麗だった。

 間違いなく2人とも、この世界で一番美しかった。


 

 チェルシーの『ミージュック』というスキルを使って、結婚式の音楽を流してもらった。ゴミスキルだと思っていたけど、こんなところで役に立つとは思わなかった。

 領民達は聞いたこともない音楽に耳を傾けて喋るのをやめた。


 俺は彼女達の手を取って3人で階段を降りて行く。

 真ん中に俺。右はミナミ。左はアニー。

 一番下まで階段を降りてしまうと俺達が見えない人がいるので、踊り場のところで止まった。


 2人の美しさに領民が息を飲んだのがわかった。


 静まり返ったなかで、

「飼ってる奴隷を解放しろ」

 と誰かが叫んだ。

 叫んだ人は領民に埋もれて顔も見えなかった。

 

 領民達が俺の言葉を待っていることがわかった。


「これから私の妻になるアニーは奴隷です。彼女はエルフの女の子です」


 奴隷、と言葉を聞いて集まってくれた領民達が騒ついた。


「アニーは村を出て奴隷商に捕まり、この街で闇取引されていました。それを私が買いました。エルフの村に彼女を帰しに行きましたが、魔力を使えないように処理されていたので彼女を村に帰すことができませんでした。なので私が彼女を引き取ることになりました」

 

 奴隷を飼っていた説明を俺はした。

 叫んでいた人も黙らざる得ない理由。

 舌打ちが館の中で小さく聞こえた。


 俺はアニーの奴隷契約書をアイテムボックスから取り出す。

 そして契約を破棄した。

 魔力で書かれた契約書は、その場で消滅した。

 アニーの見えない鎖が消えたのだ。

 次に俺はアニーの分の婚姻の契約をアイテムボックスから取り出した。


「愛してるよ、アニー」

 と俺は伝えた。


 アニーが泣いていた。

「私も愛してます。小次郎様」


 アイテムボックスから羽ペンを取り出して俺は契約書に名前を書き込んだ。

 書き終わると彼女にも羽ペンを渡す。

 震えた手でアニーが契約書を書いた。

 書き終わると俺とアニーの小指に魔法の糸が結ばれて消えた。



「奴隷を禁止するな」

 と誰かが叫んだ。

 俺が奴隷を飼っていることを知ってデモに参加した人だと思う。

 領主が奴隷を飼っているのだから、奴隷を禁止するのはおかしいと主張したかった人だろう。

 先ほどと逆の主張だった。

「そうだそうだ奴隷を禁止するな」と何人かが同調し始める。



「みんなが知るミナミは……」

 と俺は言った。

「手足を切断されて性奴隷として売買されていました」


 まさかの事実を知り、領民達が息を飲んだ。


「私は愛する人に人身売買の被害に合ってほしくありません。貴方達の愛する人にも人身売買の被害に合ってほしくありません。愛する人を守るために、この街では奴隷を禁止しております。どうか私に貴方達の愛する人を守らせてください」

 俺は頭を下げた。


 奴隷を禁止するな、と主張していた人が口を閉じた。

 この街では奴隷を禁止する。愛する人を守るために。 


 俺はミナミに向き直った。

「ずっと俺を支えてくれてありがとう。そばにいてくれてありがとう。愛してるよミナミ」


 照れ隠しで彼女は、俺のお腹をトンと叩いた。


「私も愛してる。1番、愛してるんだから」

 とミナミが言った。


 婚姻の契約書を取り出して、俺は羽ペンで名前を書いた。

 書き終わると羽ペンをミナミに渡した。

 2人の名前が契約書に記される。ミナミの小指と俺の小指に魔法の糸が結ばれて消えた。


「彼女達が私の妻です。2人とも世界で1番美しい女性です」と俺は言った。

 領民から拍手が起きた。

 おめでとう、という祝福の声が聞こえる。

 ミナミが俺の手を握った。

 アニーも俺の手を握った。

 


 俺は性奴隷を飼ったのに、彼女達と結婚することになった。






◇◇◇作者からの感謝◇◇◇

 これで1章が終わりました。

 少女達の成長と、帰りたい場所があったのに帰れなかった奴等を書こう、と思って書き始めた小説でございます。

 いつもキャラクター達を応援していただきありがとうございます。読んでいただきありがとうございます。ハートやフォローや星を付けて頂きありがとうございます。

 感謝しかありません。

 多くの読者に出会えると私のやる気はウナギ昇りでございます。もはや私はウナギでございます。蒲焼にして美味しく食べてほしいぐらいです。

 2章では新しいヒロインが増えますので、お楽しみに。

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