第30話 大きな問題


 異世界10年目にして勇者とは何か? 魔王とは何か? という答えが王様の記憶を見てわかった。


 俺を召喚したのは王様である。

 俺を拉致って家族から切り離して見知らぬ土地で労働させたのが王様だった。

 怒りもあるし憎しみもある。だけど、この世界に愛着もあるし、大切に思っている人もいる。感情が複雑に絡みすぎて言い表すことができない。

 とりあえず俺の感情は置いておいて、王様の記憶から読み取った事象じしょうだけを頭の中でまとめてみる。


 どうやら王族は勇者を召喚できる一族みたいである。

 なぜ俺を召喚したのか?

 それは魔王を倒すためである。

 それじゃあ魔王とは何か? 


である。


 魔王を定めるは誰か? 

 それは世界協定である。

 世界中の国がソイツを生かしておけば危険なのでは? ということになれば魔王認定される。

 

 魔王はなってしまうモノ、と俺は考えていたけど違った。

 危ないから処分しましょう、と世界から認定されるのが魔王だった。

 それじゃあ認定されると、どうなるのか?


 処分されるまで世界中からの攻撃を受ける。


 どうやって攻撃されるのか? それが勇者召喚である。

 勇者とは何か? 国を守るための兵器である。

 俺は兵器として召喚されたのだ。

 そして魔王を倒した後、勇者は国の負債ふさいになる。

 国を滅ぼす力を持つ者。

 勇者は魔王候補だった。


 そして負債になった勇者を管理するために作られたのが特別公爵である。

 貴族の地位を与え、重責じゅうせきを与え、守る者(領民)を与え、なんとか国に敵対行動を取らないように寿命を全うしてもらう策である。

 

 日本に帰せないから苦肉の策として貴族として迎え入れているだけだった。だけど子孫は受け入れない。だから特別に勇者1代限り。


 なぜ巨大化させた魔物を俺の街の周りに配置させたのか? 

 王様には俺の街を攻撃をする意思はなかった。

 プロパガンダである。


 プロパガンダとは、人の気持ち、考え方、意識、行動を誘導ゆうどうする意図を持った宣伝のこと。つまり民衆をコントロールしたいのだ。


 あの街に行けば巨大な魔物と遭遇する。

 そんな危険を冒してまで、あの街には行きたくない。

 街への人の流出をストップさせるのが王様の狙いだった。


 王様にとって俺の街が発展することが恐怖なのだ。


 なぜ王様は街の発展を怖がっているのか?

 俺の街が国として独立することを王様は恐れている。

 国として独立するための条件をこの街は満たしつつあるらしい。


 独立すれば俺が王様になる。

 立場が同じになれば国を滅ぼす力を持った者の制御が効かなくなってしまう。

 魔王になる条件である、という条約も効かなくなる。

 国同士なら戦争になってしまうのだ。

 つまり強い力を持った国が誕生するわけである。

 そのことで王様は隣国から圧力をかけられていた。

 だから街の発展を抑えるためのプロバガンダを発動させた。

 魔物を巨大化させ、あの街に行くのは危険であることを民衆にしらしめ、人の流れをストップさせたかったのだ。

 王様視点しか映像が無いので、他国がどう動いているのかはわからない。


 自分ならどうするのか? と考えた時にもありえる、と思ってしまった。

 勇者を召喚させて俺を討伐させる。

 俺は魔王ではなく、現状はただの貴族である。

 俺を殺した罪を召喚した勇者になすりつける。

 召喚した勇者を魔王認定して別の勇者を呼び出して殺す。

 俺の件は解決する。


 だけど勇者を召喚する限り、魔王のジレンマが発生する。

 ……いや、この世界は勇者に頼った時点で魔王のジレンマを抱えているのだ。


 とある漫画のように王都は壁で囲まれていた。

 王都に城壁があるのも魔王から身を守るためのモノらしい。

 発展と共に、何百年にも渡って幾つもの城壁が作られている。

 今では城に辿り着くまでに幾つもの城壁を通って行かなければいけなかった。

 城壁を作るのには税金がかかる。それに壁ばかりに民衆の労働力をさくことはできない。


 それじゃあ一体、誰に城壁を作らせているのか?


 獣人である。

 王都は奴隷になった獣人に壁を作らせていた。


 獣人差別も王族によるプロパガンダだった。

 民衆が獣人を差別するように宣伝し、弾圧された獣人を格安で奴隷として購入する。

 王族は何世帯にもわたり、安い労働力を手にいれるためだけに獣人差別をしてきた。

 

 この街で獣人差別を無くす政策をおこなっても差別が消えないのは、このためである。

 俺の街は外から領民を受け入れている。その領民達は獣人差別を持っている。

 政策で差別意識が消えたとしても新しい領民が入って来る。

 そもそも差別は根っこから向き合わなければいけない問題だった。


 2つの問題を抱えてしまうと複雑化してしまうので、とりあえず俺は王族と、どう向き合っていくのかについて考えた。


 王族の戦力は不明である。

 同じ時代に勇者を何人も呼び出せるのか? 俺にはわからない。

 別の国がすでに勇者を召喚して、俺のことを警戒している可能性もある。


 俺が王族に手を出したら魔王認定され、世界から攻撃を受けることは、わかった。

 

 勇者から攻撃を受けた場合、領民や仲間を守りながらの戦いになる。

 被害は出したくない。

 無理ゲーである。

 勇者に勝ったとしても別の勇者が召喚され、永遠に攻撃を受け続けることになる。

 

 俺だけが街を去る、という選択肢も考えた。

 だけど仲間や領民の命の保証はどこにもないのだ。

 俺が街を去れば仲間や領民が人質になる可能性もあった。


 めちゃくちゃツンでいる。

 仲間や領民を守るには、俺の立場を変えるしかなかった。

『独立、国』とググりたいけど、そもそもパソコンもアイホンも無いので俺は大量に詰まった本棚から一冊抜き取り、本を開いた。



 チェルシー、バラン、ミナミ、アニーを俺は仕事部屋に呼び出して、全てを説明した。


「そんな奴、殺したらいい」

 とバランが言い出す。


「お前、小次郎の話を聞いてたのか? 魔王になって世界から攻撃されちまうんだぞ?」


「それも倒したらいい」


「被害が出てしまうだろう」


「被害も倒したらいい」


「政治が絡んで俺Tueeeは封印されてるんだよ」


「全部、倒したらいい」


「コイツは無視した方がいい」

 猫が呟く。


「俺達はこれからどうするんだよ? プランあるんだろう?」とチェルシーが尋ねた。


「これから俺達は独立を目指す」


「早く独立しろよ」


「独立するための状況はほとんど満たしているけど、クリアできていない問題が1つだけある」


「なんだよ?」とチェルシー。


「独立に賛成する三ヶ国の同意」

 と俺は言った。


「無理じゃねぇーかよ。他国からも警戒されてんだろう?」


「俺達に友好的な国は存在するか?」

 と俺はミナミに尋ねた。


「利があれば友好関係を結んでくれる国は幾らでもある」

 と彼女が言った。


 そうじゃないと、この街はココまで発展していない。


「規模が小さな国で、なおかつ友好的な三カ国との貿易ぼうえきを強化しよう」と俺は言った。

「この街への貿易を止められたら困るぐらいに」


「わからん。何を言ってるのか、さっぱりわからん」


「物が売れれば工場を作り、そこに人が集まる。その現象を国に作らせて、独立に賛成しなくちゃお前のところから物は買わないぞ、って国相手に脅すって言ってるのよ」

 とミナミが説明する。


「そんな事で脅されても、俺は平気だ」とバランが言う。


「物が売れなければ工場がストップする。工場がストップするって事は、そこで働いていた人が解雇になる。解雇になればご飯が食べれない。バランはご飯が食べられなくなっていいわけ?」


「困る。でも説明されてもわからん」


「要はあれだろう。ミナミが料理を作る。でも俺は食べない、って事だろう」

 とチェルシーが言った。

 この猫は何を言ってんだよ。

 たぶん需要と供給の話をしたかったんだろう。


「お腹がいっぱいになるまで食べさせてあげるわよ」

 とイラつきながらミナミが言った。


「今度、作ってあげるからね」

 とミナミが言いながら俺の方を見る。


 えっ、その火の粉は俺にまで飛んで来るの?


「……はい」

 と俺は頷く。


「でも、それって長期戦ですよね?」

 アニーが小さく手を上げて言った。


「俺からの攻撃を恐れて、王様は目立った妨害や攻撃はして来ないと思う」


「勇者様がおっしゃっていたように、が召喚され、別のが勇者様のところに攻撃して来たらどうするんでしょうか?」


「どっちが味方の勇者で、どっちが敵の勇者かわかんねぇーぞ。コイツのことは今日から小次郎と呼べ」とチェルシーが言った。


「……小次郎様」

 とアニーが恥ずかしそうに呟いた。


「勇者が召喚されて俺達に攻撃してきた場合、プランを変更する」

 と俺は言った。


「魔王を召喚して王都を攻撃させる。そして他の国には魔王から守ってもらいたかったら独立に同意するように求める。勇者の負債ふさいを抱えずに、俺に守ってほしい国は存在するだろう。同意した三ヶ国だけは俺の庇護下に入れる」


 イライアには王都を攻撃した後、他の勇者に討伐されないようにアイテムボックスに入ってもらうつもりだった。


「ちょっと待て。魔王ってイライアのことかよ? なんでココでイライアが登場するんだよ。お前達が討伐したんじゃねぇーのかよ」


 クスクス、とバランが笑った。

「討伐なんてしてねぇーよ。封印したんだよ」

 そう言ってバランが馬鹿笑いする。

「チェルシーはお喋りだからって秘密にしてたんだよ」

 バランが床を叩いて笑い始める。


「なんで、そんな事をしたんだよ?」


「なんでだっけ?」

 とバランが首を傾げる。


「アイツが可哀想だったからか?」

 とチェルシーが尋ねた。


 俺達は一度、魔王にボロボロに負けて撤退した。その時にイライアの記憶をチェルシーが読み取っていた。

 彼女は一緒に過ごした勇者を蘇らせるために魔王になったのだ。

 

 イライアの記憶を見た時にミナミと被った。

 だから殺せなかった。

 殺せないから封印したのだ。


「バランはそれで良かったのかよ?」


「何が?」


「お前の家族はアイツの従者に……」とチェルシーが何かを言いかける。

 だけど「いや、別にいいや」と続きの言葉をやめた。


 ちなみに秘密裏に王族を暗殺するのも考えた。これをやってしまったら他国から俺は疑われる可能性がある


「これから我々は独立を目指していくことになる。通常業務とは別に各自には指示を出すと思う。大変だと思うけど頑張りましょう」

 と俺は最後の言葉を社長っぽく締めてしまった。


御意ぎょい

 とチェルシーが言って、屈み込んだ。


「おい、ココはボスが最後に締めてるんだから、御意って言って消えるところだろう?」


「ぎょい?」とバランが首を傾げた。


「返事みたいなもんだよ」


「俺、消えれない」


「屈めばいいだろう」

 とチェルシーが言う。

「ごめん。小次郎。もう一回、締めの言葉ちょーだい」


「これから我々は独立を目指していくことになる。通常業務とは別に各自に指示を出すと思う。大変だと思うけど頑張りましょう」


「御意」とチェルシー。

「御意」とバラン。


 もっさりと2人が屈み込む。


「これって何で屈むんだ?」とバラン。


「小次郎の視界から消えたらセーフだからだよ」とチェルシーが言う。


 ちゃんと2人とも俺の視界には入ってますけど。


「アニー、お前なにやってんだよ。お前も御意って言いながら屈むんだよ」


「えっ、私ですか……?」とアニー。


「御意」

 と彼女が言いながら屈み込む。


 可愛い。


 ミナミが冷めた目でチェルシーを見ていた。


 それに猫が気づく。


「引くわ」とチェルシーが言う。

「お前どれだけ空気読めねぇーんだよ。お前はワープホールが使えるんだから、それで消えろよ」


「……」


「わかった。もう一回やろう。ごめん。小次郎、御意が完成しなかったから、もう一回最後の締めの言葉ちょーだい」


「もういい。もういい。俺は御意を求めてねぇーんだよ」

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