第16話 幸せになれない

 村の復興ふっこうを手伝ってあげれば良かったな、と今更ながら後悔する。

 アニーを処刑しようとする村の復興なんて手伝ってあげないんだから、とツンデレみたいなことを思ってしまって本当に手伝わなかった。


 エルフの村は優しい村だった。俺が思うような残酷な村じゃなかった。

 でも瓦礫も処分してあげたし、2度と魔物に壊されない結界も張ってあげたし、十分だと思う。


 アニーは優しい村の住人で、彼女の記憶を見る限りでは人のために生きることができる女の子だった。これからの成長は全て俺達の責任である。

 ちなみに責任っていうのは対応することである。アニーが間違った道に行けば俺が道を正すだろう。


 アニーの記憶を見たセドリッグの意見も聞きたい。

 いや、セドリッグ先生と呼ぼう。

 セドリッグ先生の意見を聞くために、俺は彼と視線を合わせた。


「アニー様は優しい方だと思います。ご主人様の妻に向いております。アニー様が立派な妻になられますように、ご指導させていただきます」

 老紳士が言った。


 俺は奴隷の販売に重い罪を与えている。だからアニーを奴隷契約のままにすることはできない。

 彼女は俺よりも長寿である。だから俺が異世界にいる限りは妻として俺の庇護下ひごかに入ってもらう。そして1人でも生きていける強い女性に成長させる。

 そして俺が死んでから、あるいは日本に帰ってから本当の愛を探せばいい。


 セドリッグが『妻』と言ったのが、ちょっと違和感だった。

 妻、という言葉は貴族に仕える者は使わない。この世界はハーレムOKな一夫多妻制なので身分の高い貴族は何人も妻がいる。だから本妻のことを『正室』と呼び、本妻以外の妻のことを『側室』と呼ぶ。

 セドリッグは、そのどちらでもなく『妻』という言葉を使った。なにか意味があるんだろうか? 


「何を言ってんだよセドリッグ」

 とチェルシーがキレた。

「さっきも言ったけど小次郎の妻になるのはミナミなんだよ。あの子はどれだけコイツのことを思い、コイツのために働いているのかお前も知ってるよな。アニーを妻にしたらミナミが可哀想すぎる」


「はい」とセドリッグは頷く。

「ミナミ様もご主人様の妻に向いております」


「……だよな」とチェルシー。


「お2人とも妻に向いております」


「もういっそのこと2人ともまとめて妻にしちゃえ。ハーレムじゃん。よかったな」


「契約だけなら別にかまわないけど」

 と俺は言った。


 ミナミに対して思うことはあった。

 今では手足を取り戻してるけど、彼女は奴隷商に捕まり手足を切断されて性奴隷として売られていた。

 俺が引き取ってからはパーティーメンバーとして共に戦って来た。

 彼女がいたから俺は残酷な世界でも生きてこれた。

 今も貴族として頑張れるのは彼女の帰る場所を作るためだった。


 異世界で愛する人ができてしまったら、もし日本に帰れるチャンスがあっても、日本に帰れなくなってしまう。

 だから自分の気持ちに気づかないフリをした。

 

「でもミナミが俺と結婚の契約をしてしまったら他に恋人を作ることができないんじゃねぇ?」

 俺は自分の気持ちを誤魔化すために言った。


「お前はなんだよ。契約人間か? 契約、契約って、お前は書類の権化か?」


「契約人間か、書類の権化かどっちなんだよ?」


「そんな事はどうでもいいんだよ。なんでお前は幸せになろうとしないんだよ」

 

「幸せになれない」と俺が言う。


 チェルシーが悲しい顔をしていた。





 契約上だけならアニーとすぐに結婚しよう、という訳にはいかないらしい。なぜなら俺が結婚したら住民や貴族達に伝える義務があるらしい。

 オレっち結婚しましたよ、みんな祝福してね、そういうパーティーを開かなくてはいけないらしい。それを結婚式というらしい。そんな事ぐらい知ってるわ。一回、日本でやったわ。


 結婚式を開催する前にアニーには貴族の振る舞いを教えなくちゃいけないらしく、セドリッグが厳しく教えている。

 貴族の振る舞いって言われても俺も自信がないっす。

 元奴隷とバレた時にアニーがバカにされないようにしたい、とセドリッグが言うのだ。奴隷だったことがバレる時について考えたけど、俺には自ら公表しない限りバレないように思えた。

 セドリッグには思惑があるっぽいので彼にまかせることにした。



 それで俺達は大きな問題に向き合っていた。

 大きな問題というのは、現実的にも大きな問題である。

 巨大な魔物が各所で発生しているのだ。

 元勇者パーティーメンバー4人でリビングにいた。

 机には地図が置かれ、巨大魔物が発生した場所を赤丸で印を付けていた。

 巨大魔物は俺達の街を囲うように発生している。


 明らかに何者かが俺達の街に巨大魔物を襲撃させようとしている。


「何か心当たりはあるか?」と俺はミナミに尋ねた。

 彼女は女性用のスーツを着ている。胸が大きく、美しい女性だった。

 外交のため色んな場所に行っている彼女なら何か知っているんじゃないか、と尋ねたのだ。


 彼女は俺の顔も見ずに、「チェ」と舌打ちした。

 なにかわからないけど、凄く態度が悪い。


「人に尋ねる前に自分の小さな頭で考えたらどう?」


 めっちゃミナミが怒っている。口は悪いけど、普段は俺にこんな口の聞き方をしない。


「怒ってる?」


「そりゃあ怒るだろう。愛する人が自分を差し置いて、別の女と結婚するんだから」

 とチェルシーが言った。


 ブチブチブチ、と血管が切れる音がして、ミナミはチェルシーの首根っこを掴み、窓に向かって投げた。

 バシャン、と窓が割れた音がして、チェルシーが外に飛ばされた。

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