第15話 愛してるよアニー

 映像の半分以上が黒く染まっている。

 壊れたテレビを見てるみたい。

 俺が映像の中に現れたけどバグりすぎて何をしてるかサッパリわかんねぇー。


「俺の顔面も黒いな」


「お前の顔面はずっと黒いままだぞ」

 とチェルシーが言った。


 ほら、ほら、ほら、と映像を早送りして見せてくれる。

 俺の顔面はずっと黒い。誰だかわからない。


「俺、こんなに黒かったっけ? 松崎しげるじゃん」


 へへへへ、とチェルシーが笑う。

 チェルシーは俺の過去の記憶を持っている。だから日本の有名人も通じる。

「松崎しげるって言うか、バランの肛○の穴だな」


「さっきからバランのキモい例えやめろよ。なんで黒くなってんだよ?」


「黒いのはアニーがお前の顔を一度も見てねぇーんだよ。近くにいるのに認識してねぇーんだ」


「なんじゃそれ」


「エルフの村に辿り着くまでは映像はバグってる。そこまで早送りするぞ」


 本当に映像が早送りされる。

 俺がアニーを保護して、家に一旦帰り、彼女を清潔にしてから馬車に乗せて、エルフの村に行く。


「あっ」とチェルシーが言った。「この事は覚えているみたいだな」


 映像の半分以上は黒く塗りつぶされている。エルフの村に行く馬車でのシーン。

 暗闇の中からカレーライスが現れた。


 俺のことは見ようとしていないけど、カレーライスは鮮明に覚えているんだ。


「さぞ美味かったんだろうな」



 エルフの村に辿り着く。

 馬車を止めて彼女が村に降りた。

 アニーにとっては見慣れた景色が広がり、映像の黒かった箇所が消えて行く。


 映像では俺の姿は見えないけど、俺は少年2人に弓で攻撃されて、その対処をしていた。


 彼女の頭の中ではエルフの村に辿り着いたことは、どう処理されているんだろう?

 エルフの村は場所を知らないと辿り着けない。だからこそ村の場所を言わないように彼女は一言も言葉を喋らなかったのだ。


 もしかしたら俺の事も認識してないから、どこでもドアを使ったように突然村に戻って来たみたいな感覚なんだろうか?

 もしかしたら夢だと思っているんだろうか? 


 彼女が走り出す。


 黒髪になったアニーを見た村人は、息を飲んで驚いた。

 彼女は足を止めなかった。

 

 彼女が辿り着いた先は自分の家だった。

 公衆便所ぐらいのサイズの木造住宅である。

 扉を開けると家の中は静まり返っていた。


 彼女はベッドに向かった。

 藁が敷き詰められているベッドには、お母さんはいなかった。


 静まり返った家の中で、彼女は母親を探した。

 そして1枚の手紙を見つける。


『アニーへ

 おかえりなさい。

 無事に帰って来てくれてありがとう。

 心配したのよ。

 アニーが帰って来るのをお母さんはずっと待っていたのよ。

 待ちきれないから、お母さんは、ちょっとだけアニーを村の外に探しに行って来ます。

 もしアニーだけが帰って来て、この手紙を読んでいたら、もうお母さんを心配させることはしないでね。

 帰って来ないお母さんを探さないでね。

 貴方の事をいつだって大切に思ってる。

 愛してるよアニー』


 彼女は手紙を胸に押し当てた。

 酸素を吸って吸って吐くことを彼女は忘れていた。


 過呼吸になりながら彼女は家から出た。


 家の前には村人達が集まっていた。



「アニー何で帰って来たんだ?」

 と村人の怒声が聞こえた。


「村から出て行け」

 と村人の怒声と共に、りんごを投げつけられた。


 アニーを取り囲んでいた村人達がアニーを追い出そうと怒声を発したり、物を投げつけたりした。


 その映像を見て、なんて優しい村人達なんだと俺は思った。

 怒声や物を投げる行為とは裏腹に、村人達はみんな泣いていた。

 黒髪のエルフは処刑される。

 だから村人達はアニーを村から追い出そうとしているのだ。アニーを殺さないために。


「ダメだ。アニーは逃さない」

 と村長が言った。

 たしか名前はケアールだったと思う。


「この村の場所を喋るかもしれない。そしたら、この村は絶滅する。アニーは処刑する」

 そう言った村長も涙を流していた。


 エルフの村は数少ない子どもを、村で面倒を見ていたのだろう。

 だからアニーを殺すことは、自分の子どもを殺すのも同じなのだろう。


 誰かが自分を殺さなくちゃいけない、とアニーは思ったのかもしれない。

 そんな事をさせたら、その人が罪悪感を抱き続ける、と思ったのかもしれない。

 

 アニーは近くにいた大人エルフの腰に付けていた小刀を抜き取り、首に当てた。


 彼女が握っていた小刀を狙って大人エルフが物を投げた。

「村から出て行け」と村人が泣き叫んでいる。


 そこに俺が登場する。

 村の事情も知らずに俺は村人に対して怒っていた。

 相変わらず、俺の顔だけが黒い。

 まだアニーは俺の顔を一度も見ていないらしい。


「何があったんだ?」


 彼女は何も答えない。


「君をここに連れて来なければよかった」

 と俺は言った。


「もうココは君の家じゃない。街に戻ろう」


「待ってください〇〇様」

 と村長が言う。


 たぶん、この時、村長は俺のことを勇者様、と呼んでいた。

 勇者という言葉が聞き取れていない。

 彼女は俺を勇者と認識することができないのか?



「まさか、あれだけ助けを求めて来なかった勇者が目の前にいるって信じられないんだろう」と映像を映し出しているチェルシーが言った。


「その子は魔力を失ったエルフです。ココで処分させてください」と映像の中の村長が言う。


「この子は俺の持ち物だ。処分するということは俺の物を壊すということだ。お前らはこの村を救った俺の持ち物を破壊するのか?」


 当時は気づかなかったけど、俺の発言で周りを取り囲んでいたエルフ達がホッとしているのがわかった。


 そして矢が飛んで来た。

 矢はアニーの腕に刺さった。

 俺は慌てて彼女の腕に回復魔法を使った。


「やめなさい」と村長が矢を飛ばした2人の少年に叫んだ。


「申し訳ありません。〇〇様の持ち物には誰も手出しはさせません」


「そうしてくれ」と俺は言った。


「私は村長のケアールと言います。矢を飛ばしたこの子達を許してあげてください」と頭を下げた。


 2人の少年は大人達に頭を掴まれ、無理矢理に頭を下げさせられていた。

 矢を飛ばした2人の少年はアニーの幼馴染だった。ケニーとユイである。


「この方は〇〇様だ」


「〇〇様」と少年達が驚きながら俺を見る。


 なぜ彼女を殺そうとした? と俺は少年達に問い詰め、理由を聞き出した。


 そして俺はアニーの両親を探していることを村長に伝えた。


「アニーの親は死にました」と村長が答える。

「彼女を探すために村から出て、ケンタウルスと出会って殺されました」


 アニーは持っていた手紙をギュッと握った。



 そして『うぉぉぉぉぉぉ』と雄叫びと共に、ケンタウルスが結界を破って村の中に入って来たのだ。



 ケンタウルスが家を掴んで投げつけて来た。

 家を掴んで投げることができるぐらいに大きなケンタウルスだった。


 俺がファイヤーで飛んで来た家を灰にする。


 ようやくアニーが俺の顔を見た。

 俺の顔の黒い部分が取れ、俺の表情が現れた。


 そして過去の映像が流れる。

 これは録画されたモノではなく、記憶だから別の映像が流れたりする。了承ください。

 彼女の幼少期。怪獣ラドンが現れて村を襲った。その時に勇者に助けられたことがフラッシュバックした。


 目の前の俺と、その時の勇者が、ようやく一致したらしい。


 エルフ達は逃げ惑い、四方八方から家が投げられた。


 エルフの少年がアニーを庇うように抱きしめた。

 アニーは幼いエルフを庇うように抱きしめた。

 そして3人は抱き合うような形になり、お互いのことを守ろうとした。


 俺は3人を抱えて逃げた。


「怖いよ。アニー」

 と震えながら幼いエルフが言った。


 俺は3人に結界を張って、ケンタウルスの戦いに向かった。


 結界の中。

 瓦礫が飛んでくる。でも結界に守られている3人には当たらない。


「アニー、ごめんよ。ごめん」

 とケニーが言った。


「矢が刺さって痛かっただろう。ごめん」

 そう言ってケニーは矢が刺さった彼女の腕を摩った。

 そこは俺が回復魔法で治して痕も残っていない。


「処刑人に推薦して、君を逃がそうと思ったんだ」


 俺ならアニーを殺すことができる、という証明にアニーに矢を放ったんだろうか? 


「ぼく、回復できるよ」とユイが言った。

 傷はユイが治すつもりだったんだろう。


「大丈夫。もう勇者様が治してくれている」とケニーが言う。


 勇者という言葉が、はっきりと聞き取れた。


「アニー」とエルフの少年が言った。


「君は勇者様の元に行くんだ。勇者様なら君を守ってくれる」


「……」


「アニー大好きだよ。愛してる」とケニーが言った。「君の幸せだけをいつも願っている」


 ずっと言いたかった言葉を噛みしめるように少年は言った。

 少年は次に離れたらアニーと2度と会えないことを知っているのだろう。


「ぼくもアニーのことを愛してるよ」と小さいエルフが言った。

「愛してるよアニー。愛してるよアニー」

 幼いエルフが、ライバルに負けないように愛の告白をした。


 ずっとアニーのお兄ちゃんだったエルフの少年が、声を出して泣き始めた。

 アニーも泣いていた。


 2人の泣きじゃくる声を聞いて、もう会えなくなる事に勘付いたのか、幼いエルフも泣き始めた。


 3人はケンタウルスの戦いが終わるまで抱き合いながら泣いていた。


 そしてケンタウルスとの戦いが終わり、俺が結界を解除した。


 アニーは村の惨劇を見た。

 耳を澄ませば村人達が埋もれていることに気づく。

 彼女は必死になって瓦礫を退かした。


 俺が彼女に近づく。

「お前を殺そうとしたんだぞ。この村の住人を助ける義理はないんじゃないか?」

 と俺は尋ねた。


「助けてください」とアニーは言った。


 彼女は声を出すのが久しぶりすぎて、うまく喋れていなかった。

 それにアニーは泣いていた。

 大切な人を思い、失い、それでも助けを求めて泣いていた。美しい涙だった。


「助けてください」と繰り返して彼女が言った。


 そして俺は村人を助けた。


「ありがとうございます。勇者様」

 彼女は深く頭を下げた。


「どういたしまして」


「私の名前はアニーと言います」


「アニー」と俺は言う。

「君は今からどうしたい?」

 と俺は尋ねた。


「……私を勇者様の奴隷にしてください」


 それしか彼女には選択肢がなかった。

 村にいたら誰かが自分を殺さないといけない。

 村の場所を聞き出そうとする奴等もいる。だから1人で外に出ることはできない。


「……奴隷にしてもいい。その代わり俺と約束してほしいことがある」


「……」


「これから君は綺麗な女性になり、たくさんの幸福を手に入れるんだ。幸せになることしか俺は許さない」


「……はい」


そして彼女は俺に付いて来ることになった。

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