Esmeralda
「……エス、話してくれたのは嬉しいけど、敬語もいらないしそんなに俺にビビらないでくれ」
「す、すみま……ああ、ご、めん…?」
……やらやれだ。
「うし、だいぶ休憩は出来たが……エスはもう走れそうか?」
「は……う、うん」
「よし、それじゃあ行くか。……っと、その前に」
ポケットから鍵を取り出し、エスの手錠を外す。
「い、良いんで…良い、の?逃げる、かもし、しれないで……しれな、いよ?」
「もし、エスが逃げるとしたら……俺から逃げるとしたら、俺が嫌だったっていうことだろ?
アイツらから逃げたのは、アイツらが嫌だったからだろ?
逃げたあとのことを考えて逃げたのか?」
「……い、いえ」
「つまり、それはエスが何よりも『逃げたい』ということが強かったってことだ。
一番強い意志を尊重したんだ。間違いではないだろう。
たしか、東の国に『逃げるは恥だが役に立つ』って言葉があった気がするが、別に逃げることは恥ではないと思うし、どんどんやればいいと思う。
話がそれたが、まぁ……別に逃げたかったら逃げても良いぞって話だ」
「で、でも、勤労、からにに、逃げるのは、だ駄目だと、聞いことがありま、ある、よ」
「そ、それはまぁ……あれだ、うん。勤労から逃げるのは悪いことじゃあない。いや、悪いことなんだろうけど。
つまり、逃げた先に良いことがないとわかっているから、勤労から逃げるのは駄目なんだよ、多分、きっと、おそらく
まぁ、俺は逃げるが」
「…ふ」
「!」
俺は今、確実に、エスが笑ったところを見た。まるで本物のエメラルドのように輝いてて……
多分、エスを守ることは勤労なんかと比べ物にならないことで、本当に逃げたら駄目なことはこれなんだ、と感じた。
「……ま、取り敢えず先に進むか」
「は……うん!」
「なぁ、エスよ」
「な、に?」
「エスが初めて話しかけてくれたときからどんぐらいたった?」
「たし、か、まだ2時間ぐらい、かな?」
「まだ……」
この2時間の間に俺たちは……
『男たちに金を払ってそのまま一緒についていったり
通行人の袖をこっそりつかんで一緒に歩いたり
馬車を呼んでみたり』したが……
『角を曲がった瞬間に男たちが消えたり
通行人も同じように消えたり
馬車から降りて、瞬きした瞬間に戻っていたり』などなど……
散々な結果に終わったのであった。
進捗があるとすれば、エスがだいぶ見た目通りの女の子っぽくなってきたことぐらいか(話し方や表情が一般人に近くなり、服や汚れを気にし始めた)。
それと……
「……そういえば、お腹とかも空かないな」
「だ、ね。それに、太陽、もなかなか沈ま、ないし……」
「時間か、精神か……他にも候補はあるんだろうが、思いつくのはそれかな?」
フンフンと首を縦に振るエス。なるほど、魔法に対して一般的な知識はあるようだ。
思ったよりもこのあとのエスへの教育は時間がかからないかもしれない。
「でも、それがわ、わかったとし、て、なにがで、きるか……」
「同じ時間を繰り返す魔法……いや、あるにはあるが……こんなことをできるのは世界でも指折りだし、やっぱり精神だろうな」
「ゆ、びおりに狙われ、るようなことした?」
「いやしてないよ?流石にそんな命知らずなことはしねぇよ」
「してないん、だ」
エスはつまんなそうな顔をして、地面へお絵かきを始める。
「地面?地面か、ふむ……」
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