19 樋川 絢音
麻衣花と 美希ちゃんのスマホを、虎太郎くんと 一緒に それぞれ買って、部屋で麻衣花の着替えをバッグに詰め込んで、待ってくれていた 虎太郎くんの車に戻ると
「あのさ、俺、神社の宮司さんの息子と、中学の時まで同級生でさ... 」と、虎太郎くんが話し出した。
虎太郎くんは その同級生だった人に、麻衣花の身体に起こっていることや、麻衣花と美希ちゃんのスマホに起こっていること、メッセージアプリで被害者を騙るイタズラ電話のことを相談してくれたらしい。
「“神社に連れて来れたら、お祓いは出来るかも” って言ってたんだけど、麻衣花ちゃんは眠ってるし、診察前の今の状態だと難しいよね」
お祓い か...
頭の中には、細い木の棒に 菱形が連なったような白い紙が付いているやつを、“かしこみ かしこみ... ” とやっている神社の人が浮かぶ。
あれで本当に、今 起こってる おかしい事が終わるんだろうか?
ああいうのって、節目節目の儀式みたいなもんなんじゃねぇの? 七五三とか厄年とかの。
もっと言えば、正月の初詣とかも。
起こっている事の幾つかは 本当にタチの悪いイタズラなのかもしれないし、これは 警察が捜査してくれるだろう。
スマホも新しいやつを買ったし、前のスマホは放置していればいい。
麻衣花の腹のミミズ腫れは 蕁麻疹には見えないけど、心療内科で診察やカウンセリングを受けて適切な治療をしてもらえば、症状は軽減していくかもしれない。
でも、それで全部が解決するとも思えない。
そして お祓いでも... と思ってしまう。
被害者の子は、自分を殺した犯人に復讐したがってる。
麻衣花を神社へ連れて行って お祓いしてもらって、もし被害者の子が麻衣花に近づけなくなったとしても、復讐を諦めないんじゃないか?
例え 犯人が捕まったとしても、被害者の子からは、自分で裁きたい という強い意志... というか、強い怒りを感じる。
麻衣花のスマホに重なった文字から、それが滲み出てた。
“犯人が捕まったら、被害者の子に スマホのメッセージで、そのニュースの情報を送信して知らせる”... って 話も出たけど、被害者の子は そんなことでは納得しない気がする。
それにもう、麻衣花が犯人だと信じて疑っていない。
だから 犯人が捕まっても、それを受け入れずに、ターゲットは麻衣花のままだと思う。
運転してくれている 虎太郎くんに、今 考えた事を話してみると
「でも、出来ることは やってみた方がいいんじゃない?
こういう事から遠ざけれるなら 遠ざけた方がいいし、“犯人が捕まっても ターゲットは麻衣花ちゃんのまま” っていうのは 絢音の推測であって、そうとも限らねぇ訳じゃん。
麻衣花ちゃんが心配で不安だから、そうなっちまうかも って考えるのは分かるよ」と言って
「けど、相手にはもう、俺等じゃ太刀打ちしようがないからさ」と付け加えた。
そうだよな... 怯えて、黙って麻衣花を見ているだけの方が良くない。
... “怯えて” と考えた事にも、今 気付いた。
そうか... 怖かったんだ、やっぱり。
「そうだね。
麻衣花が起きたら診察してもらって、今夜は入院することになるかもしれないけど、その後は通院でも大丈夫なんだったら、明日 連れて帰って、近い内に神社へ行ってみるよ」
そう答えると、虎太郎くんは 少し黙って
「麻衣花ちゃん、もし明日 退院しても、すぐに仕事は無理なんじゃないかな?」と 遠慮がちに言った。
「それにさ、そうなると絢音くんが仕事の間は、麻衣花ちゃんが 一人になるよね?」とも。
それは、良くない気がする。
麻衣花を 一人にするのは。
かといえ、麻衣花の ご両親に話すのも気が引ける。心配するだけでなく、ショックを受けるんじゃないか?
「麻衣花ちゃんが退院するかどうかは 病院とも話し合うことになるだろうけど、雨宮... あ、宮司さんの息子が、“すぐに お祓いが出来なくても 御守りを持ってるだけで違う” とも言ってたから、絢音くんを病院へ送ったら、俺 とりあえず神社まで行って来るよ」と、言ってくれている。
本当なら、俺が神社まで行くべきだよな...
でも、麻衣花が心配だった。
お礼を言うと、虎太郎くんは
「いやいや、気にしないで。ついでに絢音くんや 俺等の分も貰ってくるからさ」と、“何でもない” ってことのように明るく返してくれた。
心強いし、本当に ありがたい。
俺ひとりじゃ、麻衣花を見てるだけで何も出来ずに 自分に苛立ったり、後は 怯えているだけだったかもしれない。
ダッシュボードの上にある 美希ちゃんのスマホに通知が入ったのか、赤いランプが点灯したけど、虎太郎くんも俺も、もう気付かないフリをした。
********
病院へ戻って、駐車場に虎太郎くんが車を入れ
「美希に 新しいスマホ渡してから、神社に行こうかな」と言うので、送り迎えをしてもらった お礼を言ってから
「うん、それがいいね」と、後部座席に置かせてもらっていた 麻衣花の着替えが入ったバッグを取り出していると、虎太郎くんが
「あれ? 美希」と、入院棟の出入口の方へ目を向けている。
同じ方向を向くと、血相を変えた 美希ちゃんが
「虎太! 絢音くん!」と 走ってきて
「麻衣花が、いなくなっちゃったの!」と、突然 溢れた涙を拭った。
「は?! 病院から?!」
麻衣花が... と 話せないでいる内に、虎太郎くんが聞いている。
「麻衣花が、起きたから、心療内科の受付の看護士さんに伝えに行ったの。
“診療時間になったら こちらから伝えに行きますから” って言われて、病室に戻ったら... 」
出ちまってたのか...
一瞬、あいつ 何してんだよ? と、麻衣花に苛ついた。
胸に湧いた重たいものが 腹に落ちて溜まっていく。
「病院内も探して、病院の人たちも探してくれてるけど、まだ見つかってなくって。
すぐに連絡したかったんだけど... 」
美希ちゃんのスマホは、虎太郎くんの車のダッシュボードの上だ。
でももし美希ちゃんが持っていても、使えなかったかもしれない。
メッセージの通知が入り続けている。
「病院内で見つからなかったら、病院からも警察に通報する って。
まだ見てない棟とか、普通なら患者さんが入れない場所も探してくれてるの。
でも... 」
この病院には居ない気がする... 美希ちゃんは、そう続けようとしたんだろう。
「絢音くん、麻衣花ちゃんの入院手続きした時、病院に絢音くんの連絡先も伝えてるよね?」
虎太郎くんに聞かれて頷いた。
緊急連絡先として、俺の電話番号を書いた。
「じゃあ、今 病院にさ、“見つかったら連絡してほしい” って言っておきなよ。
麻衣花ちゃんが外に出ちまったとしても、財布も持ってないだろ?
徒歩で移動してるんなら、車で探せば追いつくよ。探しに行こう」
もう 一度 頷いて、病院へ歩き出すと
「私も行く。看護士さんに言ってくる」と、美希ちゃんも ついて来て
「絢音くん、ごめんね」と謝られてしまった。
「いや、美希ちゃんは何も悪くないよ。
謝るのは こっちだよ。麻衣花が... 」と 焦って返すと、美希ちゃんは
「ううん。麻衣花は悪くない。
身体にまで影響で出ちゃうなんて、怖いと思う」と、俯いて涙を拭っている。
そうだよな... 麻衣花が 一番つらいだろう。
気付かされる事ばかりだ。
「一緒に、探してくれる?」と聞くと、美希ちゃんは
「うん、絶対に連れて帰る!」と、決意が込められた 赤い目で、俺を見上げた。
********
心療内科の受付に居た人に
「僕と入れ違いに自宅に戻っているかもしれないので、見て来ます」と 伝えると、麻衣花の着替えが入ったバッグも預かってくれて、病院内で見つかったら連絡をくれる と言う。
俺も「見つけた時点で連絡しますので」と言って、美希ちゃんと駐車場へ戻った。
「前の方が探しやすいと思うから、絢音くん、助手席に乗って。
私、後ろから運転席側と、見落としがないか後ろも見るから」
また 美希ちゃんに お礼を言って、助手席に乗り込むと
「行こうか」と言った 虎太郎くんは、少し不機嫌に見えた。
「本当、ごめんね。付き合ってもらって。
荷物 取りに行った時、俺も車 出せば良かった」
虎太郎くんは、エンジンをかけながら
「違うし」と、ミラーで後ろを確認している。
車を出しながら
「雨宮がさ、“現場に行くのは 警察に任せろ” って言うんだよ」と、不機嫌な声で言った。
「雨宮さん?って?」と聞く 美希ちゃんには、ミラー越しに目を向けて
「神社の宮司さんの息子」とだけ答えている。
美希ちゃんは「えっ?」と 固まっていたけど、何も言わなかった。
麻衣花のスマホの液晶に出た文字のことは話してない。
美希ちゃんは、全部が人為的なものだと考えていただろうから、虎太郎くんの口から “神社” という単語が出たことに驚いたようだった。
「一応、“わかった” って答えたんだけどさ」
虎太郎くんが、美希ちゃんが 後ろから渡した駐車券を受け取って、精算口に入れているので、財布を出すと
「お見舞いでも、30分以内は無料」と、手のひらを向けられた。
そういえば 荷物を取りに行った時は... と考えて、ぼんやりしていて払っていなかったことを言うと
「もう、絢音くん 細かい。
これはうちの車だから 俺が払うの。
それより、あの廃病院に行くルートで、最短のやつ調べてくれる?」と返されて、スマホで “羽山病院” と検索した。
ひとつひとつ探しながらスクロールするけど、羽山病院は出てこない。次のページにもない。
何で? 美希ちゃんのスマホには...
警察が手を回して削除させたのか?
「美希ちゃん、スマホ借りるね」と断って、メッセージアプリからブラウザにタブを切り替えた。
いや、まだ ある。地図や見取り図まで。
俺の行動を見て、このことを予測したらしい 二人は、もう これには触れず
「歩いて行くなら、どの道からなのかな?」
「最短ルートを取るかもな」と 言った。
麻衣花は この事件が起きるまで、廃病院があることも知らないようだった。
だから、場所も知っているはずがない。
ただ、食い入る様に ニュースを観ている時に
“羽山って、病院の裏側には 大きいお寺があるんだ... 登山道もある。桜ノ原公園の近くかな?” と、独り言を口に出していたことを思い出した。
俺がカフェオレを淹れている時。麻衣花が爪を噛み出す前に。
それを話すと、虎太郎くんから
「じゃあ、その公園 調べてみてくれる?」と言われたので、自分のスマホで “桜ノ原公園” と検索すると、すぐに出て来た。なんとなく ほっとする。
「そんなに遠くないね」
地図を見て言うと、二人が黙ってしまったけど、すぐに その理由に気付いた。
麻衣花は もう、山に入ってしまっているかもしれない...
「この先の信号を右に曲がって、ずっと真っ直ぐに進むと 橋があって、渡ると すぐ左手に公園がある」
「わかった」
麻衣花の着替えを取りに行って、病院へ戻った時は まだ薄明るかったのに、もう街灯が点いている。
もう、朝夕は軽い上着を羽織る時期だ。
半袖のTシャツでいるはずの麻衣花は目に付くと思うけど、今のところは見掛けていない。
「絢音くん」
美希ちゃんに呼ばれて振り向くと
「私のスマホに、メッセージ 入り続けてる?」と 聞かれた。
膝に置いたままだった 美希ちゃんのスマホには、また通知を知らせるランプが点灯した。
「入ってきてるね」と 答えると
「それなら、まだ大丈夫だよね?」と、俺等にだけでなく、自分にも確認するように言っている。
隣で「おう」と返した 虎太郎くんが
「“連れて来い” って入れ続けてるからな」と 続けていて、そうか!と 納得した。
美希ちゃんの前では出せないけど、麻衣花のスマホの液晶にも、まだ文字が重なり続けているんだろうか?
「そうだ。お前にも 麻衣花ちゃんにも、新しいスマホ 買ったからな。
麻衣花ちゃんを連れて帰って来たら、そっち使えよ」
虎太郎の言葉に、美希ちゃんは
「うん、ありがとう」と 嬉しそうだ。
早く麻衣花に会いたい。
渋滞した夕方の道を のろのろと進んで、ようやく橋を渡るところまで来た。
のろのろと進む中、歩道に目をこらしていたけど、ここまでの間に麻衣花は居なかった。
もう、山道に入ってしまっているのか? と、不安が募っていく。
「あれが 桜ノ原公園かな?
今は 紅葉してるけど」
後部座席から言った 美希ちゃんに
「うん、この公園だと思う」と 返すと、虎太郎くんが
「ちょっと車 停めて、山の登り口を探そうか?」と、近くの駐車場に 車を入れた。
公園の駐車場のようだ。
「かなり広い公園みたいだな。
そんなに遠くない場所でも、知らない場所って 結構あるよな」
虎太郎くんも 俺も、この場所から 羽山に登るには... と スマホで道を確認していたが、地図によると、この先を更に進んで 向こう側に回り込むことになる。
そんなに歩けるものなのか?
でも、途中で 麻衣花を見つけられるかもしれない。
「さっきね、公園の入口の 大きい案内板に、公園の中から 山の方に続く道が描いてあった気がするんだけど... 」
「えっ、マジで?」
言うが早いが、虎太郎くんが車を降りたので、俺と美希ちゃんも 続いて降り、公園の入口まで行ってみた。
上部に付いた 四つのライトに照らされている案内板は、公園の見取り図になっていて、中にある 大きな池の近くには、二つのカフェもあるようだ。
遊具がある場所も 二箇所に分かれている。
「本当だ」
虎太郎くんが指を差したのは、見取り図の上の方にある “芝生広場” だ。
その上に 自動販売機やトイレ、案内所のマークがあって、“羽山登山道” とある。
ここを進むと、中腹より少し下にある 展望台に着くようだ。
ただし、夏場は 19時以降、冬場は 18時以降、この登山道への立ち入りは禁止されていた。
公園は 24時間入れるけど、夜間も管理人が居るのかな?
夜間の登山道は危険かもしれないので、一応 禁止となっていて、チェーンで区切るくらいのことがしてあったとしても、入る人は入るだろう。
「もし、麻衣花が ここを登っていったとしても、その... 及川くんは... 」
虎太郎くんが 美希ちゃんの言葉を遮るように
「車で現場近くまで行ってるんだよな」と 言っている。
俺も「展望台から、廃病院は近いのかな?」と、美希ちゃんのスマホの “羽山病院” の地図から 展望台の場所を探してみると、展望台の すぐ上の道路に、廃病院へ入る脇道があるのがわかった。
「この登山道を歩いて行くより、車で回り込んだ方が早いな」と、虎太郎くんが 駐車場へ歩き出したけど、俺は迷っていた。
麻衣花が まだ、登山道を登っているのなら...
「車で先回りして、麻衣花が見つからなかったら、登山道を降りてみようよ。
暗くなってきたけど、公園には まだいっぱい人も居て カフェも開いてる時間だし、危なくはないと思うよ。
バラバラになっちゃうと 良くない気がするし」
美希ちゃんに言われて
「何してんの? 早く来る!」と 駐車場の前で、手招きをする虎太郎くん元へ「ごめん」と 走る。
車に乗り込むと、虎太郎くんに
「絢音くん、謝ってることが多いって気付いてる? 今、弱気になるのは 良くないぜ。もうすぐ着くからさ」と 言われて、また謝りかけた。
そうだよな。
「わかった」と返して シートベルトを着けると、虎太郎くんが 山道へ向かうために車を走らせる。
麻衣花を探して、連れて帰る。絶対に。
車が山へ登っていく道まで回り込むと、自分のスマホで道を確認して、こっち側にも 廃病院に出る脇道があることが わかった。
ただし、寺が近くにあって、墓の近くにある道なので、怖がりの麻衣花は選ばないと思う。
こっち側には民家も少ないし、あの登山道を登って行ったとしたら、やっぱり向こう側の脇道を目指すだろう。
登りの道を進むと、山を回り込んで、展望台へ向かう道になっている。
パチ という、微かな音が左手に響く。
美希ちゃんのスマホを持っていた手に...
通知のランプも点灯しない。
スマホの画面も消えて、黒くなっていた。
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