18 今田 麻衣花


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「麻衣花!」


目が覚めると、隣から声がした。

知ってる声。いつも安心させてくれる声が。


「... 美希」


美希は、私の すぐ隣に置いた椅子に座ってるみたい。

それで、私はシングルサイズの白いベッドで寝ていて...


あ そうか... お腹がヒリヒリしてきて、病院に運ばれたんだった。救急車で。


救急車なんて、初めて乗った。

今 考えると、少し大げさだったんじゃないかな?って思うけど、“お腹が お腹が”... って泣いていた私に、救急隊員の人が、“大丈夫ですから 落ち着いて”... ってなだめてくれてて、“麻衣花”って私の名を呼んでくれてた 絢音は、今まで見たことがないくらい不安な顔をしてて...

あの時はシャツに付いた血を見て、“あぁ、もうこのまま お腹が破れていっちゃう”... って、それしか頭になくて。

病院に着いてからのことも よく覚えてない。

パニックになっちゃってたんだと思う。


ベッドの中で お腹を触ってみると、大きなガーゼで覆ってあった。

処置してもらってる間に眠ってしまったようで、病院で休ませてもらってたみたい。

最近、気がつくと眠ってしまってた ってことが多くって。

それに今もなんだけど、時々 頭の中にもやがかかってるみたいになる。


「ねぇ、麻衣花」


自分の胸に掛かってた、毛布を白いシーツで包んだものに向けてた目を、美希に移すと

「大丈夫?」って聞いてくれた。

顔を見て、本当に心配してくれてるのがわかる。


「うん... 」


“大丈夫” って、お腹のことだよね?

今はヒリヒリしてない。


でも「蕁麻疹だったみたいよ」と聞いて、え?って思った。

蕁麻疹なの? これが... ?


「麻衣花ね、病院に着いて緊張が解けたみたいで、寝ちゃって。

処置をした お医者さんが、“心因性のものかもしれないから、再発するおそれがあるかも”って言ってたんだって。

それで、“別の科にも診てもらいましょう”って紹介されて... 」


それで、私が眠ってしまってたから、絢音が病院と話して、入院手続きをしたみたい。


「別の科って... ?」って聞きながら、心因性のもの って言われたんだったら、心療内科かなって思った。そのとうりだったんだけど。


「今ね、虎太と 一緒に、絢音くんが 麻衣花の着替えを取りに行ってくれてるの」


「そうなんだ... 」


美希の後ろにある サイドテーブルみたいな棚を見てみたけど、何も置いてなかった。私のスマホも。絢音が持ってるのかな?


「看護士さんに、“起きたら 教えて下さい” って言われてたから、麻衣花が起きたってこと 伝えてくるね。

診察は、今日なら 一番遅い時間になるか、明日の朝だったみたい。

もし今日診察することになって、その時間までに 絢音くんが帰って来なくても、私が付き添うから」


「うん... 」


嬉しい。でも、それじゃ ダメなの。


「すぐ戻ってくるから」って、美希が病室を出ると、ベッドから起き上がった。

ガーゼの下で、お腹の皮膚がピリピリと あの傷の形を訴えてくる。


ここに居ても治らない。

私が行かなくちゃいけないのは、あの病院だから。

ぼんやりとした靄がかかっていても、それだけは はっきりとわかる。


ベッドの下に置かれていた 病院のサンダルを履いて、病室のドアを開ける。

入院してる人たちの夕食が終わった時間みたいで、食器が載ったトレイを自分で運べる人が、通路に出されたアルミ色の棚に返しに出てた。


その間を縫って、エレベーターがあるところまで行くと、下向きのボタンを押す。

シャツに付いた血が、少しで良かった。

お腹の前で両手の指を組んだら隠せるくらいだったし、まだ お見舞いに来てる人も多くて、パジャマでも病衣でもない私は目立たない。


エレベーターが 一階に着くと、正面口には向かわずに、お見舞いに来る人たちが入ってきた 入院病棟の出入口から外へ出た。

あの病院まで、歩いて どのくらいかかるのかな?

急がなくちゃ。

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