17 野村 虎太郎
いい加減、腹が立つ。つい怒鳴っちまった。
渋滞で たらたらと進んで、ようやく着いたコンビニの駐車場に車を入れると、ふう... と 息をつく。
途端に、ハンドルを握ったままだった手が震えだした。
あの音と声...
思い出すと、ブルルッ と身体の芯から震えがくる。
前の電話の笑い声の主と、同じ奴だ。
それは わかった。
助手席を窺うと、美希は 画面が消えたスマホを見つめて ぼんやりしている。
「もう、気にすんなって」と ムリを言って、手からスマホを取ると、ダッシュボードに置いた。
「絢音くんに連絡してみるわ」
自分のスマホを取り出して、絢音くんに メッセージを入れていると、美希が
「ちょっと... 落ち着きたいから」と、まだ声を震わせていて
「コーヒーか何か、買ってくるね」と 車を降りて、コンビニへ入って行く。
その方がいいかもな と思って止めなかった。
今みたいに、普段 普通に入る店の駐車場に 車を停めているだけでも、“いつもと同じ” という安心感がある。それまでの日常に戻ったような。
絢音くんから返信がきた。俺が送信した
“麻衣花ちゃん、起きた?
さっきも 美希が入れただろうけど”... に対して
“いや、まだでさ。入院手続きを済ませたところ。
診察は明日になりそうだけど”... ってことだ。
続いて入ったメッセージには
“今日、麻衣花が起きたら、どうして病院に居るのかは 看護士さんが説明しててくれるみたいだけど、麻衣花の着替えを取りに行かないといけなくて”... とあったので
“俺が病院まで戻って、着替えを取りに連れて行くよ”... と返した。
病院に入院中の人の面会時間までなら、病室に 俺等が居ても問題ないんだろうし、着替えを取りに行く間は、美希に麻衣花ちゃんをみていてもらえばいい。看護士たちも居るし、心配ないだろう。
“ありがとう。助かる”... と返ってきたので
YES というスタンプを押す。
両手にコーヒーのカップを持った 美希が戻ったので、窓を開けて「ご苦労」と ひとつを受け取った。
美希は少し落ち着いたように見える。良かった。
麻衣花ちゃんが入院することになった話をすると
「それ、付き添いで私も泊まれないのかな?」と 言い出したが、たぶん無理だろう。
患者が小さい子なら 保護者の付き添いもあるのかもしれねぇけど、大人が入院するのに 付き添いって聞いたことがない。
また熱いコーヒーを 一口 飲んで、そう話してみると
「だって。心配っていうのもあるけど、私のスマホが あれじゃあ、麻衣花とメッセージの やり取りも出来ないじゃない」と返ってきて、そうだ... と 心配になった。
麻衣花ちゃんのスマホも 無理なんじゃねぇのか?
「とにかくさ」と エンジンをかけて
「それ、絢音くんにも話してみるから」と車を出し、病院へ戻ることにした。
********
麻衣花ちゃんの病室には 美希に居てもらって、絢音くんと病院を出た。
美希が、被害者の子のアカウントを使って入ってくるメッセージや、廃病院のホームページのことを 警察に相談したことや、俺は俺で、麻衣花ちゃんがスマホを失くした日に、駅で見た女のことを話した... ってことを、絢音くんに話している。
「最初はさ、女のことを話しても
“はぁ、それで?” って感じだったんだよ、警察も」
「うん、まぁ、そうだよね」
「でも、“彼女の友達の今田さんや、その彼の樋川くんから、今田さんのスマホを拾ったのは女の人で、返してくれるって約束をしたのに って聞いて、気になったんで” って添えたら、“
絢音くんは「えっ、そうなんだ」と意外そうだった。
そうなんだよな。“目立つ女を見ただけ” じゃ、そりゃ。けど あの女は、なんか異質だったんだ。
警察が質問しだしたのは、捜査が行き詰まってて、どんなに小さい情報でも... と思ったのかもしれねぇけど。
「うん。だから、なるだけ詳しく話してさ。
その帰りのことなんだけど... 」
美希のスマホには ずっとメッセージが入り続けていたことや、電源を切ろうとしても切れずに 着信が入って、勝手にスピーカーになったことを話した。
あの妙な雑音と、遠いのに耳元に響くような声のことも。
黙って聞いていた 絢音くんは
「実はさ、麻衣花のスマホにも また... 」と言った。それを聞いて、やっぱりか と思っちまった。
何かあったんじゃないか?とは思ってた。
美希と俺が、二重に 麻衣花ちゃんのことを聞くメッセージを入れた時、絢音くんは何も聞かなかった。
絢音くんは絢音くんで、俺等にも何かあったと推測してたんだろう。
信号で停まった時に、絢音くんから
「これ」と、麻衣花ちゃんのスマホ画面を見せてもらって、何かあった と予測はしていても、ゾッとした。
アプリのアイコンを無視して、最初に並んでいた文字の上に、また文字が重なっていた。二重 三重に。
もう何が書いてあるのか わからない。
黒い線で液晶を汚されている って感じだ。
「どんどん、ひどくなってない?」と言う 絢音くんに頷いて、信号が変わったので車を出しながら
「美希が言ってたんだけど、麻衣花ちゃんが入院するとなると、“二人ともスマホが使えないのが”... って心配してて」と言ってみると
「あっ、そうだね... 」と、愕然としている。
美希と麻衣花ちゃんも連絡が取れないけど、絢音くんも麻衣花ちゃんと連絡が取れない。
「スマホ、新しく契約する?」
美希には そうしようかと思ってた。
番号も変わっちまうけど、今のスマホを使わせ続けるよりは その方がいい気がする。
「でもさ、新しくしても、今と変わらなかったら?」
絢音くん、イヤなこと言うなぁ... けど、その可能性も充分にある。
「じゃあ、今のスマホを解約せずに持ったまま... つまり、麻衣花ちゃんの液晶とか、美希のメッセージアプリを生かしたまま、新しいスマホも持たせたら、新しい方にまでは入ってこねぇんじゃねぇの?」
「あぁ、コレをやってる人には やらせといて、別に連絡手段を作る ってことか」
絢音くんは、“それならイケるかも” と納得したようだ。
「着替えを取りに行く前に、どこかで契約する?
店頭で受け取らないと 今すぐには使えないし」ってことになって、近くにあった携帯屋に寄る。
あんまり遅くなると、携帯屋が閉まっちまうし。
ネットで手続きをする人が多くなったからか、店は空いていた。
俺も絢音くんも 一本ずつ契約して、ロクに説明も聞かずに ハイハイ言って店を出た。
これで美希も麻衣花ちゃんも、普通に連絡を取ることは出来るだろう。
ただ、契約に時間を取られた分、病院へ戻るのは遅くなる。
ダッシュボードには美希のスマホを置いたままだし、麻衣花ちゃんのスマホは絢音くんが持っている。なるべく急いだ方がいいな。
「麻衣花、病院で診てもらって 良くなるのかな?」
不安そうに 絢音くんが言った。
麻衣花ちゃんが精神的にショックを受けていることは確かだろう。
それに関しては、カウンセリングや投薬で
でも、それ以外の原因が問題なんだよな...
「お祓い、してもらう?」
言っておいて何だけど、俺は こういうやつについても懐疑的だった。
たまにテレビで “除霊” だか “浄霊” だかやってるけど、ヤラセか、“取り憑かれてしまった” という思い込みを、“霊能者による除霊” という思い込ませで打ち消しているようにしか思えない。
そうやって打ち消せるなら まだいいとしても、今
起こってることは、思い込みの域を越えてしまっている。実際に スマホに残ってるから。
絢音くんも「うーん... 」って感じだったけど
「お祓いをしてもらうとしても、そういうのって どこに頼むんだろう? 神社? お寺?」って聞かれて
「うん、どこだろう?」って なっちまった。
ネットに出てるのか?
調べてみたことがないから、それも わからない。
とりあえず、絢音くんたちのマンションの近くに着いたので、近くのコインパーキングに車を入れて、絢音くんが麻衣花ちゃんの着替えの支度を済ませてくるまで、俺は このまま車の中で待つことにした。
その間に、“お祓い” と入れて検索してみる。
出てくるのは、だいたい神社だ。
でも、“厄払い” とか “祈祷” って、何か違う気がする。
下の方までスクロールしていくと、“除霊” って出てきたけど、料金は 一日 一万五千円からで、除霊 出来るまで数日かかる場合もある... と。
だいたい この料金設定も、一万五千円 “から” って何だよ。胡散臭ぇ。
ん? いや、待てよ...
中学まで 一緒だったやつに、神社の息子が居た。
雨宮って奴。雨宮
顔が良くて頭も良い。スポーツも万能の優等生で、当然モテてた。だから覚えてる。
そんなだし、高校は別々だったけど、大学に入るまでは 毎年その神社に初詣に行ってた。
そいつに、お祓いのことを聞いてみようかな?
あの神社、載ってないかな...
おっ、あった... ここだ。
祈祷の問い合わせのために、神社の番号も載ってる。
個人の場合の祈祷なら、当日に神社でやってもらえるようだが、その受付時間は過ぎてる。
今日は もう、電話も通じねぇかな... と思いながらも かけてみた。
『はい、雨宮神社です』
通じた。男が出た。
「あの、突然すみません。
私、野村と申しまして、雨宮 透樹くんと同級生なんですが、透樹くんの連絡先が分からず、こちらの方に連絡させていただきました」
通話先の相手に
『野村さん、ですね?
下の お名前もよろしいでしょうか?』と聞かれて
「はい。虎太郎です」と 答えると
『野村 虎太郎様ですね?... いたっけ、そんなやつ』って言った。
こいつ、
「中2の時に同じクラスだった」
『... あっ、陸上部だった?』
なんで部活で覚えてるんだよ?
雨宮、
まぁ「アタリ」って答えたけど。
『二年の時の体育祭のリレーでさ、野村もアンカーだっただろ?
俺、抜けなくて悔しかったんだよなぁ...
いや、懐かしいな』
あったか? そんなこと...
短距離だけはイケてたから覚えてねぇや。
でも とりあえず「おう、懐かしいな」と 合わせておく。
『あっ、何 お前。覚えてないだろ その言い方』
「お前だって、俺の印象 それだけだろ」
雨宮は「ハハハ」と誤魔化して
「で、どうした? 厄年でもないだろ?」と、俺が連絡をした理由を聞いたので
「実はさ... 」と、本題に入った。
彼女の友達... 麻衣花ちゃんがスマホを無くして、拾った人がいたけど、返してもらえず。
そのスマホが殺人事件の現場で見つかり、被害者は 彼女や麻衣花ちゃんの同級生だったこと。
麻衣花ちゃんのスマホの液晶に文字が浮き出し、彼女のメッセージアプリにも被害者のアカウントから メッセージと電話が入った。
ついでに、俺にも 一回、麻衣花ちゃんの番号からイタズラ電話が入ったが、その時は麻衣花ちゃんのスマホは使えない状態だったこと。
これだけ話すまで、雨宮は『うん』とか『それで?』とか、相槌だけを打ってた。
「で、麻衣花ちゃんの腹に十字の傷跡みたいのが浮き出て、出血しちゃってさ...
救急車 呼んで、“蕁麻疹” とか言われたらしいんだけど、事情を話したら “心因性のものだろうから” ってことで、心療内科に入院することになって。今もまだ寝てる」と 続けると
『うーん... ちょっとヤバいかもな... 』と言って、俺をドキッとさせた。
「ヤバい って?」
『影響が身体に出てしまうくらいなんだろ?
引っ張られることも考えられる』
引っ張られる?... って、まさか...
意味が解ると、ザッと血の気が引く。
「でも、麻衣花ちゃんが何かした訳じゃ...
そんなの、おかしいだろ?
犯人を... ってんなら わかるけど」
『うん、確かにな。
でも被害者の人は、自分が殺されたっていうショックで混乱しちゃってるんだろう。
麻衣花ちゃん?って子のスマホで呼び出されて殺された と考えられるんだろ?
俺も そのニュースは観たけど、犯人と被害者は面識がなかったんじゃないか?
手口が、その言いづらいんだけど、拷問に近かった とも言ってたのに、怨恨の可能性は低い らしいしさ。“通り魔に遭ってしまった” っていうのに近いのかも。
だから、被害者の人が知ってる人で、自分を呼び出したスマホの持ち主の麻衣花ちゃんって子に 怒りの矛先が向いてしまってるんだろうな。
知らない人に向けようがないし、“名前を知ってる” っていうのも でかいんだよ。
藁人形なんかでも相手の名前を書くだろ?』
知らねぇよ そんなもん。説明してくれてんのに、冷静に喋ってんなよ... と 八つ当たりしたくなって
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ?」と 苛立った声で聞くと
『その麻衣花ちゃんって子、連れて来れる?』と 聞き返された。
『うちの 主祭神、
何 言ってるのか よくわからねぇけど、麻衣花ちゃんを神社に連れて来れたら何とか出来るかも... ってことだろう。
「さっき、本人は まだ眠ってたし、麻衣花ちゃんの彼氏に聞いてみるよ」
雨宮は
『うん、わかった。
今こっちに出てる番号が、野村の番号だよね?
後で俺の番号、ショートメールで入れとくからさ』と言ってくれたけど、もう麻衣花ちゃんの入院手続きしちまってるんだよな...
なので
「もし連れて行くのが無理そうだったら、雨宮が病院に来れねぇの?」と聞いてみると
『病院に許可が取れるなら行けるよ』と返ってきた。
うーん... 病院に お祓いの提案をしてみても、“まずは診察してから” ってことになりそうだよな...
というか、許可も降りそうにない。
病院内で お祓いって 何か物々しいし、普通は神社に連れて行くか、自宅に来てもらったりなんだろうし。
でも、また麻衣花ちゃんの身体に何か異変が起こったとしても、病院に居れば処置してもらえるしな...
「それも、本人や その彼氏に話してみる」と言うと、雨宮は
『そうだね。普段なら そっちに派遣 出来るヤツらも居るんだけど、今ちょっと忙しくて、あいにく出払っちゃってるからなぁ... 』と、俺を残念がらせるような情報を開示して
『でも、御守りを持ってるだけでも全然 違うよ。
時間がある時に授かりにおいで。
じゃあまた、何かあったら連絡して』と、通話を終えた。
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