16 原沢 美希


虎太と絢音くんが 話を済ませて戻ってきても、麻衣花は目覚めなくて、今度は 絢音くんに麻衣花を任せて、虎太と病院を出た。

私のスマホに入る、及川くんに成りすました人からのメッセージと、あの廃病院のホームページを 警察に見せに行くために。


白い壁に白いシーツ。愛想も素っ気もないベッドで眠っていた 麻衣花は、病院へ運ばれる前に、自宅の寝室で寝ている時と同じで。

寝顔を見ていると、何もなかったんじゃないか って気になるくらい 安らいでた。


運転してる虎太は、難しい顔をしてる。

話をして病室に戻ってきた 絢音くんもだったけど。

麻衣花の お腹には、血が出るような傷は見当たらなかった... って言われたみたいだし、イタズラ というか、嫌がらせのメッセージも入り続けてるから、それもそうかな って思うんだけど、何かを考え続けてるようにも見えた。


麻衣花、大丈夫かな...


“お腹が破れる” って淡々と話した時の顔や、その後の泣き顔も思い出して、胸が ちくちく痛む。

ショックで混乱しちゃってるところもあるんだろうけど、自分の身体にまで変化が起こったら怖いよね...


早く警察に話して、早く戻りたい。

麻衣花が入院することになったら、私も付き添いで泊まれないのかな?

明日は仕事を休むことになってしまうけど、どっちにしろ心配で手につかなくて、周りに迷惑かけちゃうかもしれない。


横断歩道より少し手前で 車が左折して、もう警察署に着いたことに気付いた。

虎太と 一緒に車に乗ってて、こんなに話さなかったことは初めてかも。

ケンカしたって、お互いに 黙っていられないくらいだから。


「よし、行くか」って言った 虎太に頷いて、車を降りた。

考えてみたら 交番にも入ったことがなくて、警察署なんて初めてで、少し緊張する。


分厚いガラスの両開きのドアを開いて入る虎太に続く。

前に、絢音くんから電話で聞いたように、入って すぐ右手に、受付みたいな小さい窓口がある。

でも、受付これ 必要なのかな?って思った。

ほんの隣には、奥の壁近くまでカウンターみたいな 中途半端な高さの仕切りがあるんだけど、その中に たくさんの警察の人たちが居たから。

机が並んでて 電話応対してる人もいるし、こっちは 大きな受付みたいなものなのかな?


「同居人のスマホに 変なメッセージが入るので、相談に来たんですけど」


虎太が、受付の中に座ってる人に言うと

「メッセージの内容は、詐欺が疑われるようなものですか?」って聞かれてる。


「いえ。廃院になった病院で、殺人事件がありましたよね?

彼女は、その被害者の方と 高校の同級生なんですが、被害者の方からメッセージが入ってくるんですよ。

成りすましだとは思うんですけど... 」


受付の人は、虎太の説明を聞いて

「少し お待ちください」って、隣の仕切りの中にいる人の何人かに話してる。

こっち側に居た人には聞こえてたみたいで、私たちの方は見ないんだけど、怪訝な顔になってた。


受付に居た人とは 別の人が 二人来て

「詳しく お話を聞きたいので」と、私と虎太は 二階へ案内されると、別々の部屋に入ることになって。

スマホを持ってて見せられるのは私なのに、虎太にも何か聞くのかな?


「その、メッセージというのは... 」


事務的なテーブルの向こうから聞く警察官に

「これです」と、メッセージアプリを開いて見せて

「高校の時からアカウントは変えてなくて、アプリに登録されてる友達も そのままなんですけど、あの事件があった後から メッセージが入り始めて... 」と説明した。


「ちょっと いいですか?」と断って、私のスマホを手に取った警察官は、画面のメッセージを目で追う毎に 眉間にしわが刻まれていく。


「まだ入り続けてますね...

少し お借りしてもいいですか?」


「はい」と答えたけど

「あの、もうひとつあって... 」と、病院のホームページのことも話して、タブを切り替えて見せた。


ホームページを見た警察官は

「これは、病院側が削除していなかっただけかもしれないですね」と言ったけど

「見取り図のところが おかしかったので、気になって」と言って、その部分も見てもらう。


見取り図の小さな赤い丸印が移動するのを見つけたのか、眉をしかめて

「このホームページは、どのように検索して見つけたんですか?」って 聞いてきた。


「友達が... あの、その子も被害者の及川くんと同級生で、スマホを失くしちゃった子なんですけど」


そう前置きして、麻衣花の お腹にミミズ腫れが出たから、病院を探していたら このホームページが出てきたことと、ミミズ腫れから出血しはじめたから救急車を呼んで、今 麻衣花は南総合病院に居ることも話した。


「休日診療所の検索で?」


麻衣花のことには触れずに そう聞いてきて

「ちょっと操作しますね」と、私のスマホのバックボタンを押してみたんだと思う。

そうすれば、検索窓に私が どんな単語を入れたのかが わかるから。

そして それを見ると、ますます難しい顔になってる。


「“診療所” や “病院” という単語で検索するだけでも、出てくるのかもしれませんね。

検索エンジン側に料金を支払えば、検索結果の上位に出てくるようにすることも出来るので」


このホームページを上位に表示させるために、わざわざ?

そんなことする?... っていうのが顔に出ちゃってたみたいで

「世間を騒がして注目を得ることだけが目的、という人も居ますから」と付け加えられちゃった。

そういう事に時間やお金を費やす人も 本当にいるんだろうけど、なんか しっくりこない。


今、私が居る部屋のドアは開いてたんだけど

「片平さん」と、別の警察官がノックをして

「ちょっといいですか?」って、青い顔で呼んだ。


普通は、話を聞いている時に こんなことはないみたいで、呼びに来た人に咎めるような目を向けた警察官... 片平さん っていうのかな? は

「少しだけ 失礼します」と断って、私のスマホを持ったまま 部屋を出て行ってしまった。


通路で話してるみたいで、少し離れていても

「遺留品の... 」って言葉が聞こえた。

遺留品って、及川くんの?

つい、耳をそばだててしまう。


片平さんって人の

「そんな訳が... 」って声も聞こえた。

“信じられない” って風な言い方をしてて、なんか、イヤな想像が浮かんだ。

及川くんのスマホから発信されてる... っていうか、送信メッセージが残ってる とか?


まさかね。そんなこと有り得ない。

だって、及川くんのスマホは、発見されてから警察署ここにあったんだろうし、あのメッセージの文字は、パソコンから打ってるみたいだった。

ところどころに tとかnとか、打ち損じがあったから。


でも。もし及川くんのスマホから打ってたんだったら、成りすましてたのは 警察の人なの?... って、どんどん想像が変な方向へ偏っていく。

うん、やめよ。警察の人が成りすます意味なんかないんだし。


私が居る部屋に戻ってきた 片平さんは

「もう少し、携帯を お借りします。

その間は、お話を聞きに他の者が来ますから」って、また出て行ってしまった。


入れ違いに入ってきた人は 女の人で

「携帯に、被害者を装った人からメッセージが入る とのことですが... 」と、またイチから同じ質問を受けて、さっき片平さんに話しことと同じことを答える。


ただ、麻衣花の お腹の話になった時に

「えっ... 」と驚いて「心配ですね... 」と 気づかってくれたから、少し慰められたような気分になった。


気を使ってくれながらだけど

「被害者の方とは、高校の同級生だった ということ以外で、何か接点はありましたか?」って聞かれて

「いえ、ないです」と返した。

部活が同じだったってこともないし、及川くんの趣味とか、何月生まれだってこととかも知らない。麻衣花も私と同じだと思う。


そういうことも話すと、今度は

「周りで、同じようなメッセージが入った って聞いたことは ありますか?」って聞かれたから

「わからないです。聞いたりはしてないですけど、高校の同級生で、今でも連絡を取っている人も限られるので。

だから、もしいても、私が知らないだけかもしれないですけど」って返しておいた。


確かに、他の人にも同じメッセージが届いてても おかしくない。

どうして私なんだろう? って考えると、やっぱり 麻衣花のスマホが事件現場に落ちてたから? って考えてしまう。

麻衣花のスマホを使ってた人が、私と麻衣花が親しいことを知って、他の端末で及川くんに成りすましてやってる... ってことになるよね?

でも なんでだろう? からかってるの?

それか、私や麻衣花のことを嫌ってる人がいて、嫌がらせをしてる とか... ?


話してる間に、片平さんって人が戻ってきて

「ありがとうございました」って、スマホを返してくれた。


「メッセージの送信元や病院のホームページについては これから調べますが、あなたに 被害者を騙って送信されてくるメッセージは、ブロックなどで対処されるのがいいと思います。

届くたびに あなたが気に病まれることになりますし、相手は それを狙っているんでしょうから」


そっか。もう警察に見せたんだし、ブロックしよう。

私に気にさせたくて やってるんだったら、相手に返信しなかったのも良かったのかも。


それから

「ご友人の今田さんに、この事は話されましたか?」と 聞かれたから

「いえ。余計に気にさせてしまうので」と 返すと

「そうですね。このまま伝えないでいた方がいいと思います。

それでは、また何かありましたら、相談へ いらしてください」って言われて、私も椅子を立った。




********




警察署の一階へ降りたんだけど、虎太より先に 私の相談が終わったみたいで、署内のベンチに座って待ってた。

署内は、来た時より慌ただしくなってる気がする。

大きいカウンター?で仕切られた中に居た人も少なくなってるし。


警察の人と 一緒に戻って来た 虎太が

「些細なことでも構いませんので、また何か思い出されたことが ありましたら... 」みたいなことを言われてて「はい」って頷いてるんだけど、“思い出したこと”?

虎太に 麻衣花の番号からかかってきたイタズラ電話のことかな?


虎太と警察署を出ると、外はもう暗かった。

「麻衣花、起きたのかな?」って話しながら 車に乗って、駐車場から車を出した 虎太が

「絢音くんにメッセージで聞いてみて」って言うから、そうしてみることにした。

ついでに、及川くんのところをブロックしとこう。


絢音くんにメッセージを入れて、返信を待ってる途中で、メッセージ通知音が鳴った。

あれ? サイレントにしたままだったのに。

警察の人に預けた時に、設定を変えられちゃったのかな?


新しいメッセージ通知は、及川くんのところ。

今、ブロックしたはず。

もう 一度 確認してみたけど、やっぱりブロックしてある。アプリの不具合... ?

メッセージ内容は、やっぱり

“今田と あの男を 連れて来い”


一瞬、“もうやめなよ” って返信しようかと思って、思い止まった。

こうして、相手の思惑に乗っちゃダメ。

でも、亡くなった人のアカウントを使って、こんな陰湿なマネして、ひどいし しつこ過ぎる。

早く警察に捕まってしまえばいい。


「絢音くんから返信、きた?」


虎太に聞かれて

「ううん。ブロックしたのに、及川くんのアカウント使ってる人からばっかり」って返してると、今度はメッセージじゃなくて、電話が鳴った。

このアプリ、絶対おかしい。

後で不具合の報告をしよう。


運転しながら「絢音くん?」って聞く 虎太に

「成りすましの人」って答えて、どっちも無言になってしまう。

黙ってたら、着信音も切れたんだけど、また鳴り出した。


また切れて、また鳴り出してる。切れても また。

これじゃ、絢音くんから返信が入っても読めないし、相手が飽きてやめるまでは スマホも使えない。


「電源、切っとけば?

そこのコンビニに寄って、俺が絢音くんに連絡してみるからさ」


「うん」って頷いて、電源ボタンを押したのに、画面に 再起動か電源を切るボタンも出てこない。

及川くんところの画面のままで固まっちゃってる。


「切れないんだけど... 」


虎太に言うと

「あ?... コンビニに着いたら、見てみるから」って スマホに怒ってるみたいに言った。


アプリの不具合じゃなくて、スマホの故障なのかも。

纏わりついてくるような薄気味悪い何かを 自分の中から押し出して、スマホ修理に出さなきゃ って考えるようにしてたら、勝手に通話が開始された。


サーーーー... という、例えようのない音がする。

雨や風の音でも、古いテレビの砂嵐の音でもない。

スピーカーになってしまっていて、車の中に それが響いてる。


通話停止ボタンを押せばいいのに、手を動かす気になれない。

狭い空間を支配する音を聞いていると、否定し続けてきた何かを 受け入れなきゃ... っていう、諦めに近い感覚になった。


『... れて、こいよ... 』


ぞわりと、踵から 痺れるようなものに包まれて、それが太腿まで駆け上がってきた。

麻衣花のスマホを拾ったのは、女の人だった って聞いてたのに...


『いま だ... と... あの 男... 』


歯の根が合わない。怖い。

この人、本当に怨んでる。じゃなきゃ こんな声 出ない。

深い深い穴の中から 絞り出した声が、どうしてか耳の真横に届くみたいに聞こえる。怖い...


「... いい加減にしろよ!!」


虎太が怒鳴ると、サーーーーー... という音の間に

『... おまえ ... おまえが』って声を残して、スマホの電源が落ちた。

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