OVER THE MOON

それからどれくらいの時間が経っただろうか。

ふと目が覚めると俺は病院のベッドに……いや、保健室のベッドに……いや、ここ放送室の床じゃねぇか!


「あ、センパイお目覚めですね。おはようございます!」


彼女は椅子の上にしゃがみ込んでスマホをいじりながら俺に声を掛けた。


「おはようございますって、お前なぁ。人が倒れてたら介抱するとか誰かに助けを求めるとかあるだろ?」


「あいやー、いつものセンパイの失神芸だと思ったもんで」


「だっ、誰が失神芸じゃい!」


「お! センパイ、ナイスツッコミです。ワタシからキューブあげまーす」


「キューブあげまーすって、古いな、オイ!」


「きゃはっ! おにいちゃん面白ーい」


突然妹キャラに変身しやがった。人の心をもてあそびやがって、マジむかつくけど悔しいことにその妹キャラに心がきゅんきゅんしてたりもするのだ。


「わっ、もうこんな時間じゃないか。今日はとりあえずもう帰るぞ」


「えー、そうなんですか。つまんないなー。そうだ、ラーメン食べて帰りませんか? センパイを床に放置したお詫びに奢りますから」



「センパイ、好きなの頼んでいいですからね」


「お、おう。じゃあ肉野菜ラーメン、ニンニク少なめでお願いします」


「あれ? 何か普通ですね」


「いやいや、ここのラーメンは凶暴だからな。調子に乗ると痛い目に会うんだ。この店はお前にはまだ早かったかもな」


「えー、そうですか? 私、何回も来てますけど。あ、オーダーお願いします。肉野菜ラーメンで豚マシ野菜マシにんにくマシマシでお願いしまーす」



「げぷっ。駄目だ。動けない……」


「ぷはーっ。美味しかった。ジロー系のあの店は何回来ても間違いないですね」


胃もたれになりそうな俺の横で、彼女はケロッとした顔で満足げな笑みを浮かべている。運動系部員と文化系部員のポテンシャルの違いをまざまざと見せつけられた気がした。


「それにしてもあれだな、陸上部っていうのはみんなあんなに食うのか?」


「んー、どうかなぁ。確かにみんなよく食べるかもしれませんね。育ち盛りがたくさん運動したら食事をしっかり取らないと体力つきませんから」


「ふーん、そうか。それにしても年頃の女の子がにんにくマシマシとはな」


「え? そう? ダメですか?」


「ダメだ。そんなんじゃ男にドン引きされるぞ」


「あはは、そうですね。センパイと一緒だったからついつい油断しちゃいました。今度から気をつけまーす」


彼女は「てへっ」と笑って肩をすくめた。


「ねぇセンパイ」


「ん、なんだ?」


「もしね、もしもですよ。もし私が色白で髪が長くてメガネかけておとなしかったらどう思います?」


「うーむ、そうだなぁ、何か気持ち悪いかな。お前はお前だ。今のままでいいんじゃねえの?」


「ふーん、そっか……」


少しだけ俯いた彼女の顔が、前より赤く見えたのは気のせいだろうか。


「それはそうとお前はなんで放送部に入ったんだ? 陸上部一本に絞ればもっと成績も上がるんじゃねぇの?」


「やっぱりそう思います?」


「あぁ、そう思うよ」


「ですよねー。こう見えて私、小さい頃から本が大好きで、いつも本を読んでました。だから高校に入ったら絶対に文芸部に入ろうって思ってたんです。でもうちの学校には文芸部が無くて……。それで中学からやっていた陸上部にしたんです。そしたら後から放送部でオリジナルのラジオドラマを作ってるって聞いたもので。ラジオドラマも原稿から作りますよね。だから面白そうだなと……」


「へぇ、そうだったんだ。意外だな」


「ストーリーを紡ぐのって楽しいじゃないですか? 自分の作った物語が誰かを勇気づけたり喜んでもらえたり幸せに出来たら素敵じゃないですか」


そう語る彼女の瞳はキラキラと輝いている。


――しっかし参ったな。同じ中学出てるだけじゃなくて、まさか入部理由も俺とまったく同じだなんて……。


「それに……」


「それに?」


「あ、いや、なんでもないですっ!」


「何だよ? 途中でやめるなんて、お前らしくないな」


「ほんとに、ほんっとになんでもないですから!」


彼女は両手のひらを向けて俺の追及を必死にブロックしている。その様はいつになくあたふたしてるように見えた。


「ふぅ〜ん……」


彼女の必死の抵抗に、諦めて空を見上げた。低く立ち込めていた雲間から西に傾いた上弦の月が顔を出した。先程まで降っていた雨のおかげでいつになく空は澄んでいる。月は次第に明るくなり夕空に白い光を放つ。


その美しさに見とれていると、


「センパイ、どうしたんですか?」


と、彼女。


「うん。月が、な」


その言葉に彼女も空を見上げた。


「あ、月」


俺たちは立ち止まって月を見ていた。


「センパイ」


「ん?」


彼女は目を瞑り、ゆっくり深呼吸をした。


「……月が綺麗ですね」


「…………」


俺は何も言わず、彼女よりもゆっくりと大きく深呼吸すると再び月を見ながら呟いた。


「あぁ、死んでもいいくらいだ」


その言葉に彼女の表情が月に負けないほど輝いた。


「センパイ知ってました? ずっと前から月は綺麗なんですよ」



気がつくと俺たちはいつの間にか手を繋いで歩いていた。


「センパイ」


「ん、何だ?」


「月」


「は?」


「月、ツキ、つき、だーいつき!」


「はぁ?」


「だから、だいつきっ!」


「はいはい、わかったからそういうのはにんにく食べてないときにしてな」


「あ、やっぱり臭っちゃいます?」


「そりゃあマシマシだからなー」


「ごっ、ごめんなさい。怒らないで。ね、おにいちゃん!」


「ゴルァー!! それやめんかいー!」


「あははっ、じゃあお詫びに月に向かって坂道ダッシュ×5本いっきまーす」


「って、おいおい、手ぇ繋いだままなんですけどぉ。もしもーし?」



その年の体育祭。部活対抗リレーで放送部がまさかの優勝したとかしないとか……。



おしまい


◇◇◇


✧補足として


「月が綺麗ですね」という言葉にはあなたのことが好きですという意味があります。

そして「死んでもいいくらい」とはそれに対して受け入れますというものです。

「ずっと前から月は綺麗」はずっと前からあなたのことが好きですという意味になります。

同じ中学出身ですから、実は彼女はその頃からセンパイのことが好きだったわけです。

文学好きの二人だから成り立つ会話だったりするわけです。


以上 お読みいただきありがとうございました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

二刀流彼女 きひら◇もとむ @write-up-your-fire

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ