09
そういえば通信面に気を取られて宛名面の方は見ていなかった、と私は気づく。あのあまりに人をバカにした内容を見たら、頭がカッとなってしまってそれどころではなかったのだ。普段は穏やかで優しそうな印象の透さんが、あの葉書を見た途端さっと雰囲気が変わって鬼のような表情になったのも、私にとってはひどく印象的だった。きっと怒りは彼の方が深いだろう。私には彼にかける言葉が見つからない。
ちらっと見えただけだったけれど、書かれている数字は郵便番号のようではなかった。もっと桁数が多い。妙に気になって、透さんに声をかけて見せてもらおうとしたけれど、それより先に「志朗さん、ちょっといいですか」と透さんが話し始めて、声をかけるタイミングを失ってしまった。
「僕はこういうことには素人ですけど、姉のことは、他所の人よりかはわかっていると思います。姉は、その――自分の意志で自殺したんだと思う。前もって幽霊になるとか、呪いがどうとか、そういうことを考えていたかどうかはわかりませんが、それでも死んであいつらを呪ってやるって気持ちで死んだんだとは思います」
透さんの両手が、彼の膝の上でぎゅっと握られている。右手の親指と人差し指の間にあの葉書を挟んでいる。
宛名面がこちらを向いていた。ハイフンの入り方から、おそらく電話番号だろうと思った。うまい具合に下8桁がこちらから見える。
私は数字を覚えるのは苦手だ。でも、妙に見覚えのある番号だと思った。勝手にこういうことをするのはどうかと思いつつ、私は自分のスマートフォンをそっと取り出した。
透さんは話を続ける。
「たぶん、本心では自分の手でぶっ殺したいくらいの気持ちだったんでしょうけど、そうすると両親や僕に迷惑がかかるのが嫌だったんでしょうね。姉はそういう人でした」
志朗さんは「そうですか」と言っただけだった。透さんは一呼吸おいて、その先を続ける。
「実際、姉は幽霊になっているらしい。僕も見浦さんも見たんです。あれを見てから気になってて――その」
「迷います?」
助け船を出すように、志朗さんがそう言った。透さんは一瞬戸惑ったように動きを止めたが、すぐに顔を上げて「はい」と答えた。
私はふたりの話を聞きながら、「080」と入力してみる。
「もしも幽霊になった姉がずっと大人しいままで、そのままであの部屋で暮らしていけるなら、僕は姉の幽霊はあのまま放っておいてやってもいいんじゃないかと思っていました。でも『気のせい』の話を聞いたら、姉も同じように何かの拍子で荒れだすかもしれない。だったらいっそ今のうちに消してもらった方がいいかもしれない。それが姉のためなのかもしれないとも思って」
小野寺さんはどちらを望むだろう。『気のせい』のようにこの世から消えてなくなってしまうのと、あの部屋で亡くなった息子さんの思い出に浸り続けるのと。
私はこっそりと電話番号らしき数字をし終えていた。妙に見覚えのある並びだと思った記憶は正しかった。それはすでに登録されている電話番号で、しかも直近のものだった。画面に登録名が表示されている。
『志朗さん』
紛れもなく今、助手席に座っている人のものだ。
「――姉がどちらを望んでいるのか、志朗さんだったらわかりますか?」
透さんの問いに、志朗さんは「人の心の中はちょっと無理です」と答えた。透さんが「ですよね」と返事をして、少し笑った。
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