03
「透、ひさしぶり。よく来たねぇ」
「帰省したときのばあちゃんみたいな迎え方だな」
姉に一報を入れ、午後からマンションにお邪魔することにした。玄関で小さめのロールケーキを渡すと、姉は「これ好き! さっそく切るね」と喜んだ。
「ごめんね昨日。変な電話しちゃって」
そう言う姉は、思っていたよりも朗らかに見えた。実家にいた頃からこんな感じだっただろうか?
「いや、電話はいいんだけど、どうしてるかなと思って」
「心配かけた? 悪いね。まぁまぁ、座ってて」
僕は勧められるまま、リビングのローテーブルについた。
ひさしぶりの再会には、少なからずよそよそしさが伴っていた。現在姉はこのマンションで、僕は会社の独身寮で、それぞれ一人暮らしをしている。別々の場所に住むようになってから、僕たちはお互い「他人」に近づいたような気がする。もっとも、これが普通の姉弟というものなのかもしれないが。
姉がキッチンでコーヒーをいれる音を聞きながら、横に見える響のプレイゾーンがどうしても気になった。姉は「幽霊」などと言っていなかったっけ? まさかなと思いつつも視線が吸い寄せられてしまう。僕はホラーは不得意だ。
明るいリビングの端にいないはずの子どもの姿が――などということはなかったが、姉が運んできたロールケーキの皿は三つだった。コーヒーを僕と自分の前に置き、オレンジジュースが入ったプラスチックのコップを姉の横の席に置いた。
「お持たせだけどどうぞ。響も叔父さんにありがとうして」
そう言ってから、姉は「わからないかな」と呟いてふふっと笑った。
「まだやってんの、そういう」
「……金曜日の夜にね」
姉はロールケーキにフォークを入れながら僕の言葉を遮った。「急になんか、空気が濃密な感じになってね。それからいるの」
「なんだそれ」
「たぶんねぇ、他人に響のこと、話しそうになったからだと思う」姉はそう言ってケーキを一口口に運んだ。
「会社の後輩の女の子とリモート飲みしてたの。まだ四年目だけど、しっかりしたいい子でね。お酒飲んでるうちに私楽しくなっちゃって、その子がまた聞き上手だからつい、言いそうになったのよ。私、亡くした息子とまだ一緒に住んでるふりをしてるんだって――」
「やめなよ」
「そしたら空気が急に重くなって、湿っぽい感じになってね」
僕は姉にこれ以上何と言ったらいいのかわからなかった。姉は僕の顔をちらりと見て「とにかく、それがきっかけだったんじゃないかなって」と呟いた。
「なんでそれが?」
「初めてだったの」姉はぽつんと言った。「他人に響の話していいかなぁ、この人ならわかってくれるかなぁって、何でかわからないけどそう思ったの」
「でも、話さなかったんだよね?」
姉はうなずいた。「その前に画面おかしくなっちゃったからね。でも、それはいいの。たぶん私の意識の問題なの」
意識の問題なら、「気のせい」ってことにならないか――などと考えつつ、僕はコーヒーを飲んだ。姉を刺激しにきたわけじゃない。あくまで様子を見に来たのだ。
姉は僕の顔を見て、「さては信じてないね」と言った。ぎょっとして顔を上げると、姉は笑っていた。
「でも本当だから」
その声にかぶせるように、突然トトトッと音がした。小さい子供が部屋の中を走るような音だった。
ぎょっとして音のした方を見た。プレイゾーンの棚から、ミニカーが一台落ちた。
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