第29話 ラストサマーデイズ 中編その1


 『何の用よ……』


 家に帰り、LIMEで杏子に通話をかけたのはいいが、開口一番、不機嫌な声が聞こえてきた。


 「随分と不機嫌そうだな……」

 『そりゃそうよ!』

 

 俺が話しかけると大きな声をあげる杏子。もしかして女性特有のアレかと思ったが、さすがに声に出して聞く勇気はなかったので黙っていた。


 『アンタはいいわよね~、どうせ目の前に愛しの彼女が料理でも作っているんでしょうから!』


 何というか、テレビのドラマで見る、男にフラれてヤケ酒している女性みたいなことを言っているな。

 ちなみに愛しの彼女ことレヴィアは台所にはいるが、買ってきた食料品を冷蔵庫にしまっている。

 

 まだ料理の腕がアレのため、料理はずっと俺が担当している。


 「もしかして、おまえ……」

 『違うわよ』


 別れたのかと聞こうと思ったのだが、杏子は察したのか、即座に否定をする。


 『先週末から帰省してるの、しかも久々の一家団欒とかで旅行に行っちゃって、日曜の夜まで帰ってこないの!』


 杏子は声を荒げながら「これは立派な彼氏ロスよ!」と話していた。



 しばらく、杏子の愚痴がマシンガンのように降り注いだため、自分のことを話す余地はまったくと言っていいほどなかった。

 言葉を出したのは、「そうか」「ですよねー」ぐらいしか言っていなかった。さながら「イエス」と「サー」しか言えない海軍の一兵卒のようだった。


 『そういえば……何の用で電話してきたの?』

 

 ようやく杏子の愚痴が終わり、俺が話す許可がおりてきた。


 「たしかさ、浴衣持ってたよな?」

 

 中学3年の夏休みに俺と杏子とモモの3人で近所の祭りに行ったときに2人が浴衣を着ていたことを思い出していた。

 

 『あるけど、まさかアンタが着るわけじゃないよね?』

 「どうしてそういう発想になるんだよ……」


 俺が呆れ口調で返すと杏子は「そうだよねー」と言いながら笑っていた。

 どうやら先ほどのマシンガントークで少しは機嫌がよくなったようだ。


 『もしかして、愛しの彼女さんに着せたいとか?』

 「……そうだよ」

 

 隠す理由もないので素直に答える。


 『それぐらい買ってあげなさいよ、いくらなんでも他の女の服を着せる!?』

 「そう簡単に買えるものじゃないだろ!」

 『レンタルは?』

 「全滅」


 俺は杏子に事の経緯を細かく説明する。

 話が終わると杏子は「しょうがないなあ」とつぶやいていた。


 『そういうことなら別にいいけどさ……』

 「なんか含みのある言い方だな」

 『ってかさ、アンタと彼女さんって着付けできるの?』


 杏子の言葉に俺は言葉がでてこなくなっていた。

 そういや、杏子は着付けができるんだっけか、モモの着付けもやっていたな……。


 『だよね~。 ちなみに彼女さんは?』

 「ちょっと待ってろ」


 スマホのマイクを抑えながらレヴィアを呼ぶ


 「どうしました?」


 ちょうど冷蔵庫の整理が終わったのか、レヴィアはバタンと冷蔵庫のドアを閉めて、俺のほうを向く


 「浴衣の着付けってできるか?」 

 「……できないです」 


 俺の質問にレヴィアは申し訳なさそうな表情のまま首を左右に振る。

 それを見て、マイクの部分を抑えていた手を離して、杏子の名前を呼ぶ。


 「できないってさ」

 「あっさり言うわね……」 

 「俺は素直だからな」


 俺の必死の抗いに対して杏子はため息をついていた。

  

 『しょうがないわね、どっちみち暇だし、明日そっちに行くわよ』

 「マジ?!」

 『その代わり、ちゃんと部屋の掃除しときなさいよ! ふとんもちゃんと干しておくこと!』

 「何でだよ」

 『そりゃ明日泊まるからに決まってるからでしょ?』

 「それなら実家に帰ったほうがいいんじゃないか?」


 明星市から十六原家へは30分くらい電車乗れば行けるはずだが……


 『この前帰ったのに、また実家に行ったら変な感じでしょ!』

 「そうか?」


 戻ったら、オヤジさんとかあけびさんは喜ぶと思うけどな

 まあ本人がそう言うなら仕方ない。


 「わかったよ、助かるよ」 


 最後に礼を言って通話を終了させる。

 その様子を見たレヴィアは心配そうな顔でハーブティをいれたコップを俺の前に置くと

 「……大丈夫そうですか?」と声をかけてきた。


 「浴衣の件は大丈夫!」


 俺は右手の親指を上げると、レヴィアは胸元に手を乗せて安堵する。


 「ただ、明日こっちに来て泊まるんだとさ」


 俺は乾いた笑いをしながら答える。


 「それじゃ、お部屋を掃除しないとですね!」


 客がくることに何故かレヴィアは張り切っていた。


 「あーあ……当分の間レヴィアとイチャつくことができないじゃねーか」


 俺は彼女の淹れたハーブティを一気に飲み干すと、ガックリと肩を落としていた。





 「やぁ、おはよう奏真!」

 「……おはよう」


 次の日の朝、いつもならまだ寝ている時間に杏子からの電話で叩き起こされ、 

 『あと30分でくるから!』と一方的に言われて通話を切られた

 

 すぐに準備をしてレヴィアに留守番を任せてバイクを走らせて駅に向かった。


 息を切らせながら改札の前に行くと、Tシャツとジーパン姿にボストンバックを肩にかけた

 杏子の姿を見つけて、声をかけたのである。


 「来るのはわかってたけど何でこんなに朝早いんだよ……」

 「早起きは三文の徳って言うでしょ?」

 

 至極真っ当なことを言っているが、三文って今の値段だと缶コーヒーも買えないからな!


 「あれ、愛しの彼女さんは?」 

 「お前が、急に連絡入れてきたから俺一人だ」


 もう少し時間に余裕があれば2人でのんびり駅に来たのだが……


 「えぇ〜! せっかく帰りながら奏真の昔の黒歴史を話してあげようと思ったのにな」

 「……勘弁しろよ」


 息を整えながら答えると、杏子はふふっと笑いながら持っていたボストンバッグを俺に放り投げてきたので慌てて受け止める。


 「あ、その中に奏真のお目当ての浴衣以外にも私の着替えが入ってるから」

 「わかったよ」


 そう言って俺はボストンバッグのチャックを開けて中身を確認しようとする——


 ——即座に杏子からお尻を蹴られてしまう。


 「いった!? どう見たって今のは見ろっていうフリだろ!?」 

 「だからって公衆の面前で見ようとするな!」

 「それじゃ、部屋の中だったらいいのか?」 

 「いいわけあるかッ!!」


 次第に杏子のツッコミがヒートアップしていた。



 


 「ほら、ヘルメットちゃんとつけろよ」


 バイクを停めた駐輪場に行くと、リアボックスからヘルメットを取り出して杏子に渡すと

 すぐにヘルメットを被り出す。


 「前にドラマでやってたんだけどさ、運転手にピッタリと体をつけないといけないんだっけ?」 

 「振り落とされたくなければそうするしかないな」


 答えると杏子は自分の服装を見てからすぐに俺の顔を見ていた。


 「うっわー、もうちょい着込んでればよかった! 胸があたってからって興奮しないでよ!?」

 「運転中にそんなことできるか! そもそもそこまでないだろ!」

 「すごく失礼じゃない!? こう見えて中学の時から成長したんだからね! 彼氏のおかげで!」


 いやいや、最後の部分は聞いてもないし、ってか聞きたくもないからな! 


 「レヴィアが待ってるからさっさと行くぞ、早く乗ってくれ」 


 先に俺がシートに座わると、杏子は飛び乗るように俺の後ろに座わり、俺の背中に全体重を乗せてきた。


 

 ——少し前ならドキドキしたのかもしれないけど、今となってはそんな感情はでてこなかった。


 「どうしたの? あ、もしかして私に抱きつかれてドキドキしちゃった?」

 「するわけないだろ!」

 「それはそれで傷つくんだけど」 


 杏子の文句をよそに俺はバイクのエンジンをかける。


 「発進するからちゃんと捕まってろよ!」

 

 杏子がしっかり俺に捕まったのを確認して、バイクを発進させていった。


 ==================================


【あとがき】


お読みいただき誠にありがとうございます。


次回は10/22(土)追加予定です。


■作者の独り言

いつになったら秋ってくるんだろうなぁ……

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

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