敗戦  ~ダビド・カルデナスの無念

 

「負けた!負けた!完敗だ!」

 

 疲れきった体を椅子に預ける。早く寝台でひと眠りしたい。だがまだ仕事が残っている。


「ふ~~っ」


 大きなため息を吐く。駄目だスッキリしやしねぇ。本当に完敗だった。

 アレが噂に聞くベルフォール帝国軍かよぉ。

 数では俺達が完全に勝っていた。なのに何もできなかった。もう少し戦になると思ったんだが。これ程差があるとは思ってもなかった。

 

 強ぇなぁ。

 

 ハッテンベルガーっつったか。あの帝国軍の将は。あんなヒョロヒョロ細身の体で戦ができるのかと思っていたんだが。

 確か・・軍の末席を穢しているいるとか言ってたか。・・ありゃ嘘だよなぁ。あれで末席のはずがねぇ。

 ベルフォール帝国には盾突かないほうがいいという王の言葉。あれがよっく分かったぜ。

 

 兵も散り散りなっちまったし。

 俺についてきたのは二千もいなかった。

 本当に大敗北だったなぁ。

 スチュアートのヤツの領地の街・・ウエストブリッジったか。そこの近くの草原に陣をしきなおしたが、どんだけ戻って来るんだか。下手したら五千を切るかもしれねぇなぁ。

 サンダーランド王国の領地の一部しか奪ってねぇ。だが、この損害はきつい。

 どうにもフレーザー領を北上してから負けてばかりだ。補給を無視して動いていたから兵の士気も落ちていたからなぁ。

 今はウエストブリッジから略奪して食料や武器は多少補充できている。だが進軍はこれ以上は無理だ。

 

 エリベルトの野郎が時をおかず進軍しろという無茶を言うからだ。今回の遠征の指揮官だから逆らねぇが。この負けも折り込み済みっだったと言ったら覚悟しとけよ。

 そのヤツがいねぇのはどうした。そもそもこの天幕は奴の陣所だ。


 あんときもそうだ。


 グレシャム包囲時に勝手に出かけて勝手に怪我して戻ってきた。ヤツの考えは俺に理解はできん。

 そういやあれからだなぁ。何か変わったんだよ。

 あん時ヤツは死にかけていた。だがヤツの腕を切り落とす敵がいるとは俺も思ってなかった。

 あの怪我からヤツが使役する骨野郎共が突然消えたんだよぁ。お陰で戦いはまるっきりダメだ。

 グレシャムは包囲は継続しているが未だに落とす事ができていねぇ。

 周辺の町や村も軍を駐屯できねぇ。

 兵が足りねぇからな。各町の長に忠誠を誓わせるだけで済ますしかなかった。

 現状フレーザー領は形だけは占領できているんだが。どこかで綻びたら元に戻るかもしれねぇ。ドキドキもんだ。

 こっちに寝返ったスチュアートのトラジェット家も信用ならねぇ。今は利に転んでいるだけだ。それがなくなりゃ元の巣に戻る事もあるしな。

 他の諸侯もいくつか寝返ったようだが。こっちも利に動いただけだな。利がなくなりゃ同じようなもんだろ。

 今回の大敗が連中の考えに影響を与えちまうのが困るんだよな。


 くそっ!

 

 勝ちたかったなぁ。

 ベルフォール帝国軍を破れば俺の株も爆上がりだったはずだ。

 

 ・・勝ちたかったなぁ。


 ・・・・。


「あ、もう戻って来たんですね。思ったより早かったですね。と、いう事はベルフォール帝国軍と戦ったんですね」


 正面から声がかかる。

 ・・気づかなかった。考え事に沈んでいたか。

 目を開けるとエリベルトが媚びた笑いを浮かべている。

 片腕を落とされて半分死んでからヤツの態度はまるで反対に変わった。やたら低姿勢で気持ち悪い。

 今までと同じ黒いローブで全身隠している。相変わらずマスクをしているから見た目は変わらないんだが。

 雰囲気が変わっちまったな。中身が変わったような変わり方だぜ。

 そうなんだが・・。逆に策はえげつなくなっている。

 今も俺に進軍を命じた中で無理だろという策を実行しているんだが。

 首尾はどうなった?

 

 俺が無言で睨むと薄笑いのまま続ける。

 

「ベルフォール帝国軍は近隣じゃ最強でしょうからね。あなたは国で一番の実力者であるカルデナス将軍である事は間違いないです。ですが、ベルフォール帝国軍では厳しいと思ってました」


 分かってるなら聞くんじゃねぇよ。前の偉そうな態度のほうがやりやすかったぜ。エリベルトは続ける。


「俺の仕事の結果を聞きたいんですね?教えて差し上げるのは問題無いですよ。予定通りサンダーランド王家は我がカゾーリア王国との停戦に応じました」

「・・本当かよ。こっちの要求は全部呑んだのか?」

「はい。フレーザー領はカゾーリア王国の所有となりました。隣のトラジェット領も交渉次第で所有しても良いそうですよ。当主をこちらで捕虜にしている事が効いたみたいですね」

「ケッ!こっちに寝返った家だぞ。当たり前だろう。それを捕虜にしたと言ったのか。ふっかけたなぁ」

「こちらの陣営にいますし。下手な行動したら命の保証はできない事は知っているでしょう。結果捕虜のようなものでしょう」


 たいした方便だ。

 どこまで本当で、どこまで嘘で交渉したんだか。俺にはそんな知恵はないからなぁ。何せよ停戦が成立したならベルフォール帝国は手を引くしかねぇよなぁ。こっちもこれ以上進軍しなくていいのは助かるぜ。

 しばらくは北上は無理だからなぁ。

 あくまでも停戦だ。

 その間もヤツはサンダーランド王国に策を仕掛けるんだろうがな。

 敵にならなくて良かったとつくづく思うぜ。

 

「フレーザー家は余程王家にとって煙たい存在だったんでしょう。こっちが望んでもいないのにフレーザー家の断絶を約束してくれましたよ。あんな王家ではサンダーランド王国は永くないでしょう。今回の停戦に応じたのが王家の一番の失敗でしょうね」

「ま、そうだろうな。ベルフォール帝国に負ける前からこっちはボロボロだったからなぁ。今攻め返されたらどうなっていたやら」

「そうですね。王家の盾と呼ばれているフォレット家が難敵ですからね。フォレット家いなければグリーンヒルで勝てたんですけどね。フォレット家は厄介ですね」

「いずれ勝ってやるさ。負けっぱなしは俺の性分じゃねぇ」

「その通りですね。今回の停戦でサンダーランド王国は領地を回復する機会を永遠に失いました。後は失うばかりです。じっくりと、ゆっくりと崩していきましょう」


 何が面白いのか体を揺らして笑っている。

 まぁせいぜい策を巡らしてくれ。

 俺は散った兵を纏めた後にフレーザー領を押さえなきゃならん。

 領有を認められたとはいえグレシャムはまだ落ちていないからなぁ。

 

 やる事が多くて参るぜ。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る