災厄の元凶


「完全に包囲されています。これでは領都に入るのは難しいかと。レッドリバー河戦場より敵軍は確実に増えています。一体どこから調達したのでしょうか」

「骨戦士が増えていると思う。敵軍にはアレを増殖させる者がいるようだね。こんな簡単に増やせるなんて反則だよ」

「骨戦士ですか。あれは厄介ですが決して倒せない相手ではないかと。現に我々は相当数を倒しています」

「ボク達に有利な戦場にして戦ったからだよ。それが無かったら全滅さ。一対一で戦ったらウチの兵達でも危ないと思うよ。自信と過信は紙一重だ。注意しないと」

「そうでした。確かに隊長の策が的中したのはありました。皆にも周知させないといけませぬ。血の気の多い者が今にも飛び出しそうで困っております」

「そりゃ困るよ。三十人位の隊で戦局はひっくり返せないよ。自重するように伝えてきて」

「承知しました!」


 ジャスティンは後ろに下がり隊に戻っていく。勇敢である事は良い事だけど、無謀になってはいけないんだ。確かにボクの隊は今の所負けていない。だからといって無敵ではないんだもの。

 それにしても隊長と呼ぶのは止めて欲しい。次期当主と呼ぶとややこしいから名前で呼んでくれといったのに。失礼にあたるからと隊長と呼ばれてしまった・・・。今は率いている隊があるから仕方ないけど。隊がなくなったらどうするんだか。

 ・・いけない。横道に外れそうになる思考を戻し、高地の麓から領都グレシャムを再び見る。


 何度見ても包囲されている事実は変わらない。


 ・・・不味いな。まさかカゾーリア王国軍の進軍がここまで早いとは想定外だった。

 乗り込んで蹴散らしたいのだけど五万を超える軍に三十人の隊で何ができるのか・・。焦る気持ちばかりで何もできていない。・・・無力感が半端ない。

 

 そもそも最初から予定通り行動できなかった。

 優先はレッドリバー河の戦況を確認だったんだけど。・・できなかったんだ。


 領都グレシャムからレッドリバー河にいくには南に進むんだけど、あの隘路を通る。今は川になっているけど。その流れは領都の近くまで流れていた。そんなに北上するのかよ。昔の支流はどこまで流れていたんだろ?

 川の水はなんとかするとしても、結局問題になるのは隘路だ。近くで見たんだけど・・・。川なんだけど川じゃなかった。

 骨戦士・・遭遇時には奇妙な物体、僕の知識ではスケルトンだけど・・、が川を埋めていた。・・・それが道になっている。・・なんと表現したらいいのか。気持ち悪かった。

 カゾーリア王国軍はこの骨戦士の塊を踏み込んで行軍していたようだ。ボク達も骨戦士の上を渡ろうとしたのだけど・・・。

 ・・襲われました。

 骨戦士は何らかの方法で敵味方の識別をしているんじゃなか?そのぐらい凄い勢いで襲い掛かってくる。百とか千とかいう単位じゃない。隘路を埋めていた骨戦士が一斉に動き出す様は・・気持ち悪いの一言。前世でも勿論見た事がない。・・トラウマになりそう。

 ボク達は骨戦士の攻略方法を知っているけど。これじゃ多勢に無勢だ。確かにボク達はハメ技で勝っている。ジャスティンにはああ言ったけど、一対一じゃ敵わない。それ位の差はある。ボク達に有利になる条件じゃないと戦うべきじゃない相手だ。

 そんなスケルトンが十キロはある隘路にごちゃごちゃと控えている。こんな数を倒すなんて・・。無理だと思う。例え川の水が無くなってもスケルトンはこの場に留まるだろうな。他の方法を考えないと隘路を敵軍から奪還できない。

 まさか、こんな方法でくるとは想定外すぎる。数で圧倒すりゃいいだろうという乱暴な考えだ。でもかなり有効だ。こんな事を考え、実行できるなんて。敵軍の指揮官は普通じゃない。

 

 こんな状況では隘路からのレッドリバー河行きは断念せざるを得なかった。

 そうすると退却してきた山道を通らないとダメだ。ボクの記憶にも相当辛かった事を思い出す。あの道は三十人で超える道じゃない。小数でいくべきだろうけど。何日かかる事やら。

 誰が行くかという話し合いをしたのだけど。あっさりと決まってしまった。

 カシュパルが単独で行けるという。カシュパルはフレーザー侯爵直属の諜報員だった。その侯爵の指示でボクの下につく事になった。聞いていないのはボクだけというのが納得いかないけどね。

 カシュパルはマクレイ町で会った。専門は情報収集で潜伏が得意らしい。護身術もバッチリだとか。地形を覚えるのが得意と言っていた。一度行った場所は忘れないらしい。サンダーランド王国は裏道すら知っているとか。

 そんな有能なカシュパルが行く事になった。もともと本人も気になっていたようなので丁度良かったのかもしれない。山道も知っているんだって。ならば・・断る理由は無い。

 気になったのは今後の連絡方法。

 どうするのかと聞いたら魔道具を渡してくれた。ハトと呼ばれる連絡用の魔道具らしい。

 鳥の模型が巣に入っている。これって魔道具なの?なんでハトなのかな・・これって小さい雀じゃん。こっちの世界でもハトと呼ばれている鳥はいるんだけど・・。何で雀をハトというの?なんでこんなにふざけてんだ?

 見た目はともかく遠く離れてもメッセージのやりとりができる魔道具なんだって。とっても高いらしいよ。壊さないようにと注意された。

 カシュパルはレッドリバー河に向かっていった。


 吉報を待ちたい。

 

 次の目的は領都グレシャムだ。隘路に骨戦士がいる事で敵軍は進軍しているのは確実だろう。

 と、いう事でグレシャム北西部にある高地にいく。そこからならグレシャムの様子が分かるからだ。

 予想通りで残念ではあるのだけど敵軍に包囲されているグレシャムが確認できた。あまりにも敵軍の行動が早い。


 グレシャムは北側を崖に覆われている街だ。南と西には旧支流の名残なんだろうな・・深い断崖がある。そこには今は水が流れ込み容易に近づけない。天然の地形に守られた場所だ。

 そんな領都に入るには南側の大門を通らないと入れない。この大門の橋は今は引き上げられているから・・簡単に侵入はできない。もともと領都の外壁は広く深い堀がある。簡単には外壁にすら取付けない。

 内部から裏切りが無い限りは攻め落とせない難攻不落の城塞にもなる街なんだ。今回は内部の裏切りはないと思う。・・思いたい。

 それでも包囲されている事実に変わりはない。ボクがもう少し迅速に動けたら包囲されなかっただろうかと、考えてしまう。・・いや。何がベストかはあの当時は分からなかった。撤退が最善の選択だったのかとボクは今も後悔している。一緒に戦うという選択を何故しなかったのだろうか。


 今の包囲網に対しても何かできるんじゃないか、できたんじゃないかと焦っている。


 焦りは何も生まない。

 それは分かっているけど。

 レッドリバー河と同じ状況にはしたくない。


 ・・どうすれば包囲網を解く事ができるのだろうか。

 何か・・何か有効な手段はないか。

 そこにジャスティンが近づいてくる気配がする。


「隊長!骨戦士の対応については全員に徹底しました。勝ち戦が続いているから高揚しているようでした。少しは落ちついたようなので暴走は無いでしょう」

「ありがとう。随分と早かったね。これからも士気の制御は頼むよ」

「はっ!お任せください。隊が良い士気で継続できれば隊長の安全も高くなります!」


 ジャスティンは相変わらずボクを護るのがメインだと思っている。マクレイ町ではボクの部屋の扉の前で寝ていたと後で聞いて驚いてしまった。聞いた時は速攻で安全な場所では自分の部屋で寝るようにお願いした。そんなんじゃ疲れるよ。


 今の所隊の士気は問題なさそうだ。問題は敵軍を撤退させる良い策が思いつかない事か・・。

 早くなんとかしないと。

 気が焦るばかりで何も思い浮かばない。


 その時に上から何かを感じる。・・これは何だ?

 刹那。反射的に回避!

 

 ギィン!

 

 ボクの頭上で金属が衝突する音がする。

 転がりながら確認するとジャスティンが剣で何かを弾き飛ばしたようだ。ナイスだジャスティン!


 上からの攻撃と理解し上に視線を向ける。剣を抜く前にジャスティンの背後に回る。攻撃があった方向からジャスティンを間に入れると訓練した動きだ。

 上を見上げると大きな鳥のような物体が降りてくる。その鳥に人が乗っているようだ。

 

「隊長!離れて!隊の方に行ってください!」


 ジャスティンは弾き飛ばした物体を蹴り飛ばし剣を構える。蹴り飛ばした物体は槍のようにも見える。

 鳥はジャスティンの近くに舞い降りる。

 ボクはジャスティンから離れた位置にいるけど隊には戻らない。何やら胸騒ぎがする。だって・・・。

 舞い降りて来た鳥は鳥じゃなかった。


 鷲の頭部を持ち胴体はライオン。足は何故か鷲。そう・・・グリフォンだ。この魔物は・・・この世界の知識には無い生物だ。前世では物語の存在だけど。

 そのグリフォンに人が乗っている。これだけでも異常だ。

 もっと異様なのは人間のほうだ。

 漆黒のローブに包まれた体は性別すら分からない。顔もフードを被り、更にマスクもしている念のいれようだ。

 ただ・・纏う魔力が只者では無い事をボクに教えてくれる。ボクは魔法を使う。だからか他人の魔力も感じる事ができる。魔法が使えない人は他人の魔力を感じる事ができない。それは確認済みだ。

 でも・・こんな魔力を溢れさせている人をボクは見た事が無い。

 現在もそうだけどボクは魔力を溢れさせないように制御している。魔法を使える人から見たら魔力が全く無い人間に見えるようにしている。万が一魔法を使える人間にあったら面倒になるからだ。

 目の前のいる人間は自分の魔力を隠そうとしていない。滅茶苦茶出ている。だから分かる。・・骨戦士を呼び出しているのはこの人間だ。


 ・・カゾーリア王国は魔法使いを抱えている。それも信じられないくらい能力が高い。

 どうやってここに来たんだ?

 

 黒の魔法使いはゆっくりとグリフォンから降りる。何故かボクに顔を向けてくる・・ような気がする。黒ずくめで分からない。

 

「妙な気配を感じたから来てみればぁ。頭はガキかよぉ。この土地の幹部がいるかと思っていたんだが。ガッカリだせぇ」


 物凄く掠れた声で独り言のようにしゃべる。あまりよく聞き取れなかった。

 

「カゾーリア王国軍の人間か?レッドリバー河で指揮を取ったのはお前か?」


「ふん。ちったぁ戦況は知っているようだなぁ。そうだぜぇ。俺がぁお前たちの頭を殺してやったぜぇ」


 思わずジャスティンの近くに行き、動かぬよう腰を押さえる。殺気漏らして切り込もうとしないでくれ。ジャスティンは悔しそうにボクを見る。・・それはボクも一緒だよ。

 この人間の言う事が本当ならフレーザー侯爵を殺したと言っている。嘘だと思いたい。けど・・嘘だと断定できる根拠をボクは持っていない。何が何でもレッドリバー河へ行くべきだった。

 だけど今は目の前の人間をなんとかしないと。このままでは良くても悪くても全滅だと思うから。


「レッドリバー河を押さえたら目的達成じゃないのか?あまり深く侵入すると帰れなくなるよ」

「どいつもこいつも深入りするなとなぁ。だが俺ぇは進むぜ。切り取れる限り切り取ってやる。この国の富を俺の手に収めるのさぁ。帰る気はないぜ。諦めなぁ」


 いつの間にか手に槍を持っている。高度な魔法使いはそんな事もできるのか・・・。話ぶりだとこの場からも素直に立ち去ってくれそうもない。

 対処できるのだろうか。

 ・・考えろ!


「おうおう。なんか考えてんなぁ。ガキの割には頭の回転が速いのか。一矢報いようとしても無駄だぜぇ。なんたって俺とお前達では天と地以上の実力の差があるからなぁ。やめとけや」

「・・抵抗しなければ見逃してくれると?」


 マスクの中からくぐもった音が聞こえる。・・笑っているのか?


「ククク。するわけないだろうがぁ。全員皆殺しだ!」


 魔法使いが大きな口を開けて笑っているのがイメージできた。

 ・・最悪が始まろうとしている。


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