カゾーリア王国には帰ってもらいたい

 戦場から撤退してから到着したマクレイ町にて宿泊してからの翌日。

 お昼が過ぎた頃にクロンプトン町長がボクの部屋を訪れてくれた。

 速報版ではあるけど情報がある程度集まったとの事。

 早速説明を受けるけど状況はあまりにも良くないと思った。


 レッドリバー河からの隘路は三日前から川になっていた事。うん、まぁそうだろうね。その流れは領都近辺まで流れたんだって。結構大変な事になっているんだ。

 レッドリバー河岸の戦いの帰趨はまだ不明との事。隘路から南へ行けないため確認のしようがないらしい。

 領都グレシャムに一報は入れたそうだ。グレシャムを守っているのは第二軍団。動員数は四千を切っているらしい。その後フレーザー家の屋敷に報告をしたそうだ。屋敷はグレシャムから北側にそこそこ離れているだよね。


 全体として何らかの異常は感じているみたい。だけど具体的に行動起こすには情報が足りないと考えているらしい。屋敷のセシリア様の指示は現在は無しだそうだ。情報収集中なんだろうと思う。

 情報はきちんと伝わったのかな?なんとなく怪しい。大丈夫だよね?

 ボクはクロンプトン町長に領都籠城の準備を始めるほうが良いと伝える。クロンプトン町長も緊急と感じていないのかもしれない。強調する必要を感じるんだ。


 ボクが次期当主に指名されているのは知っている。だけど・・子供の指示だと思っている気がする。大したことないと思っているような・・・感じ。

 ジャスティンや撤退した兵達も色々主張してくれたようなんだけど。検討するという言葉で終わってしまうそうだ。う~~ん。

 当たり前だけど当主であるフレーザー侯爵の指示じゃないからなんだろうな。ボク達は彼らの主じゃない。

 これまでやってくれた事はクロンプトン町長の裁量でできた事だと思う。

 クロンプトン町長はボクの要求にこれでも最大限応えてくれているんだろうな。本人の立場で考えるとそうなんじゃないかと思う。戦況が分からなきゃ有効な手段もないもんな。

 実際に当事者でもあるボクも戦場の状況が分かっていない。撤退時にはカゾーリア王国側が優勢だった。でも逆転している可能性もある。結局どうなっているのか分からない。


 結局戦況が分からないと動けないんだよなぁ。

 領都の軍団も援軍には簡単に動かせない。援軍に出すと領都の防御が危険になる。

 簡単には動けないんだ。


 ・・・参った。


 違う。そうじゃない。


 ボクはボクのできる事をやろう。

 フレーザー家の養子となっているボク。フェリックス・フレーザーと名乗ってよいと言われている。これについては書類上の手続きは済んでいる。もうトラジェット家の人間では無い。

 次期当主と指名されている。けれど書類上の次期当主は暫定だけどセシリア様だ。実はこれは結構重い。

 仮にフレーザー侯爵に万が一があった場合にはボクは当主になれない。

 困った事にセシリア様も暫定という但し書きがついてしまうそうだ。正式な当主にはなれないらしい。なんでだかはまだ教わっていない。

 正式な当主になるにはややこしい手続きが必要らしいのだけど。・・ボクは覚えていない。申し訳ないけどセシリア様の立場を覚える時間が全くなかったんだ。

 

 つまり・・ボクはあまり縛られていない。

 割と自由に動ける立場なのだと思う。それなりに権限もあるし。


 遊撃の位置で行動する事だろうな。


 目的はカゾーリア王国の退路を切るだよね。レッドリバー河の勝敗に関わらず重要な点だ。更に糧道を絶てば敵軍は戦争を継続できないだろう。

 食料が無くなって現地調達を行えば軍団は分散される。それを各個撃破するでもいい。攪乱して混乱させてもいい。近隣の村から食料を持って避難させるとかもいい。

 最後には戦争継続を諦めて自国に帰ってもらいたい。賠償云々より帰って欲しい。それだけだよ。


 ボクの隊・・・フェリックス隊とメンバーは主張する・・・は三十人の隊だ。護衛のジャスティンは含まない。身軽に動け、且つ敵に有効打を打てる数だとは思う。

 彼らと一緒に行動するは既定路線だ。できれば彼らを指揮をする隊長が欲しい。周囲の情報を集める斥候も欲しい。今はその役割はボクとジャスティンでなんとかしている感じだ。

 人は欲しいけど今のメンバーがいるだけでもありがたい。やっぱりボク一人じゃ何にもできない。


 うん。・・・まずはフレーザー侯爵の安否を確認を優先しよう。次が退路だな。

 ボクの応答を待っているジャスティンとクロンプトン町長に視線を送る。

 

「ボクは戦場に戻るよ。戦場の状況と義父の安否を確認するのが優先だと思う。幸いにも付近の地形に詳しい兵もいるし。他の人達とは違う方法で調べられると思うしね」

「危険な所には深入りしないでください。専門の諜報員は既に出しています。次期当主様自らお赴かれるのは本来は良くないのですよ」

「本当の次期当主であればね。今の所ボクはただの養子だし。大丈夫無理はしないよ」


 ここで待機する事が安全だと分かっている。命を粗末にするわけじゃないけど行かなきゃいけない気がするんだ。勿論本当に危険な場合は逃げる選択肢はある。

 ジャスティンはボクの思うままに行動して欲しいと言っている。非常にありがたい。

 だけどクロンプトン町長には違う。それは分かる。ボクの気持ちを覚束無い言葉で伝える。なんとか分かって貰いたくて伝える。

 表情は厳しいままだけど一応の納得はしてくれたようだ。最後は溜息を吐く感じで了承してくれた。


 話は終わりとばかりに席を立とうとしたら・・部屋をノックする音がする。

 クロンプトン町長が出るとなにやら紙束を持って戻って来た。一緒に誰かが入って来る。

 ん?誰なんだろ?

 ジャスティンをちらりと見るけど知らないようだ。ジャスティンは結構顔に出るから分かりやすい。クロンプトン町長がいれたんだから知っている人なんだろうと思う。

 だけど特徴が無い人だ。顔半分もマスクで覆っている。これじゃ、どこかで会っても同じ人か分からないかもしれない。

 クロンプトン町長は紙束に目を通しているから紹介する気は今の所ないようだ。・・多分紹介どころじゃなさそうだ。どんどん顔が険しくなってくる。

 

 しばらく待ってからクロンプトン町長は口を開く。


「次期当主様。状況はあまり良くないようです。この情報はこちらの者がもたらせてくれました。ご当主直属の諜報員で名前は・・」

「カシュパル・ミクラーシェク。今はカシュパルとお呼びください」


 どうやらクロンプトン町長はカシュパル・ミクラーシェクという名前を知らなかったようだ。フレーザー侯爵の直属なら仕方ないのかな。カシュパルが持ってきた情報をクロンプトン町長は話してくれた。


 情報元はフレーザー侯爵からである事。ある特殊な方法でフレーザー侯爵とカシュパルは連絡を取っているそうだ。

 

 フレーザー侯爵はレッドリバー河での戦いは劣勢である事を伝えていた。その情報はボクが知っている内容もあった。


 敵はレッドリバー河の水量を減らして一斉に渡河してきた事。その数五万。異形な化け物が混ざっている事。

 レッドリバー河北岸は敵の策略で水責めで分断された事。領都につながる隘路の道も川となってしまった事。撤退は不可能である事。

 三の砦、四の砦の状況は分断され不明な事。撤退の指示が届いたかも不明。二の砦は撤退を開始しているが隘路が絶たれたため、どこまで撤退できたか不明な事。

 城塞に籠って防戦に徹する事。第一軍団の団長と副長も城塞に一緒に籠り戦っている事。

 敵軍は城塞を優先的に落とすため五万の全軍で包囲している事。トラジェット家が裏切り外壁の城門を開けられた事。敵軍の侵入を許してしまった事。

 以降は連絡は取れない。只、防衛に徹するのみ。但し第二軍より救援軍を編成する必要は無い事。おそらく隘路の水は引かない。援軍を編成してもレッドリバー河北岸に向かえない事。

 自分に万が一の事があれば書類上の次期当主・・・セシリア様を主と仰ぎ敵軍に当たる事。

 自分直属の諜報員の一人であるカシュパルは自分の生死に関わらず今後はフェリックスの元で活動する事。他の諜報員は次期当主より指示を仰ぐ事。


 内容はそのようなものだった。

 そうか・・・ジェフは城塞に行ったんだ。生涯の主と仰いでいるフレーザー侯爵と生死の場に居たかったのだろう・・と、思う。

 それと実家だったトラジェット家が裏切ったのは正直に驚いた。野望はあったと思うけど。まさかカゾーリア王国に寝返るなんて。今の領地はどうするんだ?いや・・それより今の家だ。

 相当に分が悪いのはボクにでも分かる。おおよその所はボクが受けた印象と差が無い事が分かった。


 誰もが言葉を発する事ができなかった。いや・・ある事を想像してしまっているのだけど。口に出したくないのだと思う。ボクも言いたくない。


 フレーザー侯爵やチェスターさん達が死を覚悟して城塞に籠っているなんて事を。

 ・・・言いたくない。


 無事でいてくれているだろうか。

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