ノートンの森へ
地理を把握している二人が先導する形でノートンの森には最短で到着できそうだ。思ったよりも早い。これボク一人じゃ迷っていた可能性が高いな。ジェフさんの地味な虐めだな。は~・・・。
楽な道中なのだけど・・・針の筵状態だった。特にジャネットさんの視線がきつい。わざと埃を舞い上げたりされた。地味な虐めは勘弁して欲しい。
別の意味でしんどかった。
街道を進むから商人や近隣の住人とすれ違う事がある。
全員セシリア様を知っていた。そして道を譲ってくれるのだ。それも嫌々ではない。喜んで!という表情で喜々としている。我が領地の姫様が来られたという感じだ。
お元気ですか?等々、皆さん笑顔で迎えている。これ滅茶苦茶凄い事ですよ。だってトラジェット家では考えられない事だもの。
道を譲って平伏しろって態度だったよなぁ・・・。トラジェット家この世界の貴族標準だとボクは思っていた。
・・・家によって違うんだな。トラジェット家標準の考え方は封印しよう。
セシリア様もにこやかに応対されている。ボクに向ける殺意の籠った目では無い。この人このような表情ができるんだ。なんだよ・・。本性を知らないと騙されるぞ。びっくりだよ。
もしかして・・これを見せつけるために同行したの?と思ったくらいだもの。ジャネットさんはウチの姫様は凄いだろうとばかりドヤ顔するし。
ボクは従者扱いだった。何人かは姫様に尽くす栄誉を与えられて羨ましいと言われたもの。ヘラヘラと笑い返すしかなかったよ。
ノートンの森に近い村に到着してからも歓迎を受けてしまう。この村が魔物被害の報告をした村だったみたい。
村長がセシリア様が来てくれた事だけで非常に喜んでいた。周辺での被害の状況をセシリア様が確認する。被害はノートンの森周辺限定みたいだ。
周辺の集落に直接の被害は出ていないのだけど。日々の生活の基盤となっているノートンの森に入れないのは厳しくなるので歎願に出たらしい。
それをあっさりと受け入れて調査に来るんだ。これもトラジェット家では考えられない。
トラジェット家でも魔物討伐はある。だけど相応の被害が発生しないと騎士隊は派遣しない。前回は村一つが壊滅してしてから行動を起こしたと聞いたんだけどね。
今回の目的は調査、確認と・・討伐だ。ボクはひよっこ扱いだから調査だけで戻ってきてもいいんだとは思うけど。この歓待を受けてしまうと調査だけとは言いづらい。
そもそもセシリア様が討伐に乗りきなんだよな。魔物の種類によるけど三人で討伐できるのだろうか?
ボクもウエストブリッジ近郊の森で魔物を討伐した事がある。でも小型の魔物だったからできたんだよね。今回の相手次第だけど魔物によっては三人じゃ無理かもしれない。
それを二人は知っているのだろうか?そもそも魔物討伐の経験はあるのだろうか?いや・・違うか。ボクの監視役と言っていたか。・・一人で討伐する事になるのかもしれないな。
村の被害は出ていないから早朝に森周辺を調査する事で今日はここで宿泊する事になった。既に日は沈んでいる。魔物がいると土地に夜に出る愚か者はいない。明日の朝からにしよう。
「何故我らに声もかけず出たのだ!」
ノートンの森周辺を歩いている所にセシリア様達が馬に乗ってやってきた。なんで怒られないといけないんだ?朝早く出ると伝えていたはずなのに。起こせとは言われなかったぞ。
しかも馬で騒々しくやって来るし。魔物の数が分からないから、あまり刺激して欲しくないんですけど。何をどう答えれば良いのか困っていると・・突っ込まれた。
「姫様の問いを無視するのか!早く返事しろ!」
ジャネットさんは剣を抜きそうな勢いだ。剣を向ける相手ははボクじゃなくて・・魔物ですよ。大丈夫ですか?血の気が多いというか・・・。
・・・なんでこうなるの?
ボクにだって言い分はあるんだ。
「起きて準備をしていたら村長さんに言われたんです。『従者殿が先行して調査かのう。姫様は私がお世話する。早く出なされ』とか言って追い出されたんですよ。ボクの意見も聞かず無理やりですよ」
ちょっとこの件では憤っていたので強めに言わせてもらう。一応ボクが依頼を受けたんだ。村長は完全にボクをパシリ扱いだった。寝る場所も与えてくれなかった。村の中で野宿だよ。
多分二人のボクに対する態度で判断したんだと思う。ホントあり得ない。今回ばかりは怒ってます。
・・・伝わったかな?
セシリア様は僅かに表情を変える。微妙だな。単純にボクが反論する事を想定していなかった感じか。
その証拠にジャネットさんは下馬した。顔は完全に怒っている。・・やば、キレたか。相変わらず沸点が低いよ。
既に剣を抜いてゆっくりと迫って来るぞ。・・うん。目が怖いんですけど。魔物並みの目でしょ。
なんかビビってしまう。逃げたい気持ちを押さえてその場に留まる。人間同士で殺し合いは・・・しないよね?一応同じ家の仲間なんだし。
・・・ダメか。剣を真っすぐにボクに向けてくる。
「このやろ・・」
「ジャネット!やめよ!」
ピタリとジャネットさんは止まる。何故?とばかりセシリア様を見ている。この人は本当にセシリア様の言う事しか聞かない。村人に話かけられても任務がありますからと拒否していたから。
「確かに村長の私に対する歓待は確かに過剰であった。対するお主の扱いは酷かった。朝の事についても同様だったようだな。この依頼はお主が受けたにも関わらずだ。私が同行した事で迷惑をかけた」
「あ・・。い、いえ」
「・・・姫様・・」
うん、驚いた。あっさりと謝罪するとは思ってなかったよ。ジャネットさんも驚いている。ま、まぁ・・・噛みつかれるよりは全然いいけど。
セシリア様はどうしたんだ?村長の対応で何か思う所があったのだろうか?
気のせいかな・・・。眉間に皺を寄せてボクを見てこない。それだけで随分穏やかな表情になるなぁ。
「この依頼についてはお主が受けた依頼だ。依頼書を見せれば村長も態度を改めたろうに」
「それは無理なんかじゃないかと。ボクのような子供じゃ信用されませんよ。森周辺の集落には困らない限りは寄りつかないつもりでした」
・・言葉の調子もきつさが少なくなったような・・・。ああ・・謝っているからかな。そもそもボクは子供だ。おそらくセシリア様より年下だ。精神年齢の事は突っ込まない。これで少しは会話ができるといいのだけど。
「確かに子供では容易に信じられまいな。ジェフはどのような指示をしたんだ?」
「依頼内容に誤りがないか、本当に魔物がいるのか。それを調査。見つけたら討伐しろという感じでした」
「どのような魔物か分からないと書類には書いてあったのだよな?」
「はい。それも調査の一環みたいでした。ボク一人で討伐可能と考えていたのだから小さな魔物じゃないかと思ったんですけど。・・ああ、それなら村人総出で討伐できるかもしれませんね」
「何も考えず言われるままに行動していたのか?」
「その通りですね。”いいえ”とは言えない環境ですので」
う~ん。よく考えてみればそうかも。あの時は余裕がなかったしな。言われるままに動いて、抵抗もできずボロボロにされて、断る事も許されず。・・・とんだブラックだ。
少し心が軽くなる。話をしている内容は酷い内容だ。しかもボクが受けている仕打ちだ。でも楽になってきた。
それは会話ができたからだと思う。一方的に終わらない言葉のキャッチボールだ。フレーザー侯爵やチェスターさんと話して以来の会話だからだ。・・本当に久しぶりだもの。
相手がセシリア様というのがどう捉えればいいんだろう・・。
「帰ったらジェフは説諭だな。何か思う所はあるのやもしれないが。流石にこれは酷い。お主もだ。もう少し尋ねるか、反論すべきだぞ」
「基本反論はできないですよ。見えない所から拳が飛んできますし。翌日の訓練は相当ハードになりますし。ボクはまだ死にたくないです。ですから・・その説諭は止めて頂けませんか?翌日ボクは酷い目に合います」
説教なんて冗談じゃない。後が超怖い。ジェフさんは微笑みながら谷底にボクを落とすのが好物だ。セシリア様に告げ口したと知れたら・・・想像したくない。
「そのような戯言は・・・うむ。その表情に嘘はなさそうだな。しかし、お主の体力がないだけではないのか?」
「姫様、その通りです!この者は体力や根性が無いのです!オールドフィールド副軍団長はそこを考慮して訓練しているのだと考えます。それについてこれない者は放逐されても仕方ありませぬ!」
「ジャネット。過激だな。だが私も一緒か。トラジェット家の子息だから体力はあるとは限らぬか」
「そうです!我が領の騎士達より優れた者は他領地にはいません!」
ん?
んん?
あれ?論点ずれてないか。ボクの体力の話になっている。これはマズイ。・・・だけどセシリア様はジャネットさんの言葉にしか耳を傾けるつもりはなさそうだ。もうボクの方を見るつもりはなさそうだ。
(は~ぁぁあ・・・・なんでだよ!)
心の中でため息と絶叫をする。もう・・やめよう。何もかも劣ると思われているボクに発言権はなさそう。・・・・ドンっと心が重くなる。
二人が何やら話しているけど放置する。森に向けて馬をゆっくりと進めていく。
ホント。逃げる先があったら逃げたいよ・・・。
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