領内の魔物討伐


 セシリア様と衝撃の出会いから十日過ぎた。

 最初はボクを殺すばかりの勢いだった。今はすれ違っても無視される程度までには改善した。・・これは改善なのか?

 と、いうか・・・そもそっも顔を合わせる機会が殆ど無い。一応同じ屋敷に滞在しているのだけど。

 ボクは相変わらずジェフさんにしごかれている毎日だ。そういう意味でなかかな時間は取れない。しかも・・より一層スパルタになった気がする。なんとかついてこれているけど。

 でも・・セシリア様の従者ジャネットさんは時折この鍛錬に乱入してくる。ひとしきり暴れてボクをボロボロにして満足して去っていく。ストレス発散の相手にしないで欲しい。

 とにかく毎日が必死だ。ついてこれなくなった時点で廃嫡になるんじゃないかと思う。そのような事を近づく騎士達に散々言われる。


 何故養子を受け入れたのか。フレーザー家は既にお世継ぎがいる。剣で力を示せない者は不要だ。

 そんな言葉だ。本当に歓迎されていない。正直このような扱いになるとは想定外もいい所だ。

 

 ・・フレーザー侯爵に早く戻って欲しい。これだけアウェーだと養子の件は実は嘘だったんじゃないかと思いたくなる。


 日々の訓練で身体は滅茶苦茶疲れてる。いじめられて精神は削れまくっている。ボクは大丈夫だろうか・・。


 今日も朝早く起きて食事の準備をしていると声を掛けられた。実は満足な食事をとれたのはフレーザー侯爵が滞在していた時だけだった。

 フレーザー侯爵が出陣した後は突然の手のひら返しの待遇だ。食事は自分で賄えと言われた。最初はその意味を理解できなかった。冗談だと思っていた。だけど本当に食事がだされなかった。食材も無し。外出許可は出たので近くの森で狩りをして食いつないでいる。・・カーライル地方で狩猟やっていてよかった。

 こんな待遇で養子とか次期当主とか理解できるか?・・できないよね?

 



「フェリックス殿。今日は訓練はございません。代わりに依頼をこなしてください。何、大した事ではありません」


 ジェフさんが穏やかな表情で言ってくる。・・ボク学習した。この人の表情と考えは一致していない。怒りや妬みの表情は初日で出さなくなったけど。行動は逆にきつくなったし。

 また依頼か・・・。

 実はこの手の依頼はいくつかやらされている。素材の収集。近隣の砦へのお使い。確かに軽い依頼だった。と、いうかパシリだ。勿論断る選択はボクには無い。


「はい。ボクが対処できるならやります。大丈夫な依頼ですか?」

「問題ありません。少々遠い場所になる程度ですかな。移動含めて二日あれば完了できるでしょう」


 無造作に紙を渡される。言われるままに受け取り内容を確認する。・・・今までとはちょっと違う依頼だ。これを一人でやるのか。チラリと見ると頷いてくる。・・拒否は無理みたいだ。


「記載されている場所はわかりますか?」

「はい。領内の地名と位置は全て記憶しました。ここから北東にあるノートンの森ですね。この森に魔物が発生したのですか?」

「森周辺の狩猟民からそのような陳情がきてます。事の真偽を確認しつつ魔物を確認できたら討伐という流れですな」


 魔物討伐・・・。

 さらりと言うけど。魔物によっては単独で討伐できる相手ではない。経験でボクは知っている。そもそもノートンの森往復でも多分一日はかかる筈だ。これは嫌な予感しかしない。

 ジェフさん・・ハードモードに入っていません?

 ・・このままでボクは耐えられるだろうか。それよりこの状況をフレーザー侯爵は承知しているのだろうか?・・いや、考えるのはよそう。今は誰もボクを助けてくれない。

 今回の依頼に集中する。これをクリアしないとボクに次はない。対処を間違えたら依頼中に死亡だ。失敗して戻ったら、これを理由に追放なんだろうし。

 書かれている内容では不十分だ。少しでも聞きださないと。

 

「どのような魔物かの情報は無いのですか?」

「狩猟民の陳情は要領を得ないのです。魔物の正体、数。それも含めてですな。無理ですか?」


 ジェフさんの目が怖い。笑みを浮かべたままでだ。ボクを計る目だ。断るは悪手だ・・と思う。

 

「・・いえ。やります。早速現地に向かいます」

「ではお願いします。早い達成を望みます」


 おそらくだけど無茶な依頼だと思う。断れないから受ける事になった。現地にいかない限り大丈夫かも分からない。現地の人の協力も得られるのかも若らない。


 ・・心が疲れてくる。ボクはこの土地で生きていくべきなのだろうか。






「お主。どこに行く?逃げ帰るのか?」


 なんとか馬を借り屋敷を出ようとしたら捕まった。逃げるだなんて。ボクには逃げる場所が無いんだぞ。


 声を掛けて来た人は分かる。

 ・・・セシリア様だ。ジャネットさんも一緒。二人は外で遠乗りをしてきたのか馬に乗っている。

 今日も男装だ。青いボブショートはやや乱れている。髪を伸ばせば貴族のご令嬢に見える美しさなのに。フレーザー家はこうなのか。ともかく今回は何をされるのやら。できれば怪我はしたくない。 


「いいえ。ノートンの森に魔物が出たそうです。その調査と討伐に行きます」


「何を言っているのだ?魔物の討伐は普通騎士隊を派遣するものだぞ。本当に魔物討伐と指示されたのか?」


 やっぱりか・・。前の家でも魔物討伐を単独で行うなんてありえない考えだ。ここは強い騎士が多いから、そんなものかと思っていたのだけど。違うらしい。そうなると・・間接的に殺しにきたか。だが、それは言えない。


「それを含めた調査らしいです。情報精度も不確かなようですし。急ぎ現地に行き存在を確認する予定です。・・急いでますのでご無礼の段失礼します」


 変に絡まれたくない。万が一魔物がいるのなら場合によっては周辺集落は酷い被害を被る。急がないと。馬上で礼をして馬を促す。


「待て。我らも同行しよう。お主がこれを理由に逃亡する可能性もある。監視者が必要であろう」

「姫様!何故我々が監視しないとならぬのですか?これから分隊の閲兵がありますよ!」


 ジャネットさんは遠慮なく物申す。セシリア様の従者だと思うのだけどかなり自由に発言してくるよな。主を咎めるなんて。許可されているのだろうか、それとも性格なのか。遠慮がないな。

 ボク達の関係に近いのかも。・・いやボクはもう・・・一人だった。


 二人はボクに良い感情を持っていない。仲が良い二人を見ているのも辛いし。早く目的地に行こう。悪いけど無視。・・だけど二人はしつこかった。

 

「待て!私の言葉は父の次に重いのだぞ!ここで生きていたいのならば従わぬか!」


 おおう。・・・そう来たか。

 でも野営する事になるのですよ?流石にお嬢様に野営は無理では。遠出の準備もできてないだろうし。


「お主?私が野営もできぬ女と思っておらぬか?」


 あれ?顔に出ていたのか?鋭い・・・な。

 こっちに来てからは辛い訓練以外は無表情を貫いているのだけど。まだ工夫が足りないか。


「いえ。野営に必要な準備をされていないようですし。何も準備がなければ誰でも難しいと思います。急ぎますのでこれにて失礼」

「ええい!待てと言っておろうが!ジャネット!其方と私の野営の準備をせよ。我らはなるべくゆるりと参るから後で追いついてくるように」

「姫様!本気ですか!」


 な・・何を言っているの?あのジャネットさんが驚いているし。唐突に何を言い出すんだ。


「本気も本気!用具はいつもの場所にあるのは知っておるだろう。あとは携帯食があれば良い。急げ!」


 ジャネットさんは怒りをどこに向ければいいのか分からない感じなんだろう。諦めてセシリア様の指示に渋々従ったようだ。


 ボクと遭遇してしまった事を後悔しているのか。

 セシリア様がボクの目的に同行すると思ってなかったのか。

 野営の準備を自分にまかせて自身は先行すると思っていなかったのか。


 どっちにしろ怒りの矛先は後でボクに向かうんだろうな。粘着質な報復はやめて欲しい。


 何故かセシリア様はボクより先行して馬を進めている。

 ジャネットさんはプルプルと震えながら屋敷に向かっている。時折振り返ってボクを睨んでいる。・・やっぱり後が怖い。



 ボク。生きて帰れるのだろうか?


 仕方なくボクはセシリア様についていくしかなかった。

 ・・良く考えたら目的地までの最短距離の道が分からなかったし。

 地図だけ覚えても行程は単純じゃない。実際の道は地図とは違うからね。良く知っている人に従うのは当然です。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る