麒麟児 ~フレーザー侯爵は疑念を抱く


「年相応の生意気な子息でしたなぁ」


 腹心であるチェスター・フィンリーのぼやきとも取れる呟きをフレーザー侯爵は聞き流す。

 いつも通りの退屈なお披露目会だった。寄騎の行事とはいえ寄親としては参加せざるをえない。多忙を理由に欠席するのは難しいのである。

 フレーザー侯爵は軽く頷く事で肯定の意思を示す。二人とも馬上であるため頷きの動作が伝わったかは実際は怪しい。

 しかし、それが伝わったようでチェスターは続ける。


「長男は病弱且つ暗愚で継承させるのは難しいと申してましたなぁ。次男が優秀で例外的に長子相続を変えたいと考えたのかと思ったのですがのう」


 ちらりと横目で主人を見ながらチェスターは続ける。


「あんまりな後継者でしたなぁ。長男はダメ。次男は平均以下。トラジェット家の将来が心配になりますなぁ」


 二人は他の寄騎おお披露目会で後継者を何度も見ている。

 優秀な子供はそう滅多にお目にかからないが平均以上の資質は持っていた。勿論ハズレもある。

 今回はハズレのようだった。



 フレーザー侯爵の所有する領地はサンダーランドの最南端にある。

 その南側には戦争状態であるカゾーリア王国がある。

 レッドリバーを境界として紛争が絶えない。常に争いが絶えない。

 フレーザー侯爵は自身に与えられた権限を使って周辺の領主を寄騎として招集し兵を補充している。

 トラジェット家は代替わりが近年あったので数年は招集していない。来年以降は招集がかかるはずである。

 この場合当主も戦地に赴く必要があるため次期後継者を宣言しておく事は大事な事なのである。

 その後継者が今日見た子供で失望していた所なのである。


「余計な心配ではございますがトラジェット家が心配ですのう。来年以降トラジェット家は出兵拒否は無理ですしなぁ。当主も数年は戦地に滞在する事になるはずですからのう」


 トラジェット家にとって厳しい現実を滔々呟く。殆ど独り言だ。そんな声でも自分の主であるフレーザー侯爵は聞いているであろう。否、同様の事は主も考えているのだ。

 戦地で当主が戦死した場合はトラジェット家の存続は厳しいのではないかと考えているのだ。


 その呟きが終わる頃にフレーザー侯爵が声を出す。口数が多い主がずっと沈黙を保っているのは珍しい。目を瞠り主を注視する。


「・・・フェリックスと言ったか?アレは何処にいると思う?」


 瞬間。質問の意図が見えなかったチェスター。

 すぐに意図を理解し、素早く思考する。そして応える。


「あの屋敷にはおりませんでしょう。匿っても我らが要請すれば拒めますまい。殺害は流石にあり得ませんなぁ。従者と共に街に出されたのではありませんか?」

「場所の検討はつくか?」

「おそらくですが病弱で暗愚というのは虚偽でしょうな。ウエストブリッジは存外小さい街ですからして・・然程難しくないかと。寄り道をする時間はありませんが、寄られますか?」

「寄り道程度の時間だ。帰路を急げば大した遅れになるまい」


 チェスターは主の考えを読み取ろうとする。いつも通り推し量る事が難しい。諦めを内心に留め、寄り道の行動を進言する。


「まずは街の栄えた所で話をききますか。その途中で服装がそれなりの子供を見つければ尋ねてみましょう。一応外見的特徴は聞いてますので」


 フレーザー侯爵軽く頷く。二騎は馬首をウエストブリッジに向けていった。



 ウエストブリッジでの捜索は思いのほか簡単に済んでしまった。

 フェリックス・トラジェットはこの街では有名人であったようだ。

 聞き取った内容では聡明で視野が広く、人的交流も多いようだ。同年代の子供達とも悪戯等のやんちゃな事もしているらしい。

 訪れた時も友人達と一緒に街の外に遊びにでたそうだ。戻りは夕刻になるため出会うならば外を探した方が良いとの事。

 良い意味での予想を裏切る行動を聞き、正直な所面倒だと思っていたチェスターですら興味を引いたのだ。


 二騎は急ぎ街の外に出て子供達を探す。


 しばらく馬を走らせると十名程の子供達が縦横無尽に走り回っている。遊んでいるようである。

 その子供達の中に身なりの良さそうな男子がいる。側には男装をした女子がつき従っているようである。

 どうやら当たりのようである。

 それ程時間をかけずに目的の子供を探せたことに満足そうなチェスターは主に声を掛ける。


「周りの子供達よりは少し小さいですが、茶色の髪の少年の身なりが良さそうですぞ。従者も従っているようですし。あの少年がフェリックス・トラジェット殿ですな。いやはやトラジェット家の当主は嘘が上手ですな」


 フレーザー侯爵も満足そうな表情で子供達に近づいていく。

 途中で気付かれ逃げられそうになったが子供の足と騎馬の足では逃げきれないと判断したようだ。その判断も悪くない。

 仕合えとばかりに軽く剣を合わせた。水準以上の動きでフレーザー侯爵を大いに満足させるものであった。

 


 その帰途。

 フレーザー侯爵はチェスターに問う。


「スチュアートはフェリックスを何故次期当主に指名せんと思う?」

「拙者も同じ事を考えておりました。おそらくですが本日宣言した次期当主の変更をトラジェット家当主は潔しとしないでしょうな。・・・調べてみますか?」

「調べておけ。次期当主を覆そうとは思わぬ。理由が知れればよい。ついでにフェリックスの人格も分かれば良い」


 主の返答に満足そうな笑みを浮かべるチェスター。状況によってはフレーザー家に光が照る可能性もある。

 優秀な人間を埋もれさせるのは勿体ない事である。


 フェリックスは本人の知らないうちに大物に認められてしまったようである。


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