辺境伯は脳筋か
侯爵は無造作にボクに向かってくる。
威圧感半端ない。
それに仕合えと言われても武器になるものは全く持っていない。
空手で仕合えと?
軽く混乱している所で声がかかる。
「剣はこれを使いなさい」
太っちょが自分の鞍から数本の剣を選択してボクに向かって放る。
え?
あぶな!
ボクは慌てて受け取る。
受け取った剣を確認する。刃引きの訓練に使う剣だ。ボクの体格では重い。だけど子供用の剣を持っているはずもないか。
一体どうしたら。なんでこうなった??
と、色々混乱している間に物凄い風鳴音が聞こえる。
わわっ!
咄嗟に音のするほうに体を向けて剣を立てる。
ギィッ!
鈍い音と激しい衝撃が伝わる。
咄嗟だったから十分に踏ん張れなかった。ボクの体は宙に舞う。だが体勢は整えていたからなんとか耐えられた。遠く離れて着地する。
今はぐちゃぐちゃ考えている場合じゃない。下手な剣だと死ぬぞ。
すぐに剣を防御の形に構える。そして状態を確認。
手が相当しびれている。クリフォードの剣でもこんな衝撃を受けた事はなかった。
身体の芯もきしんでいる気がする。けど、これくらいは大丈夫。
「これは、これは・・」
太っちょの声が聞こえるが無視だ。目の前の侯爵に集中。ボクを真っすぐに睨んているからだ。
・・・なんて剣だ。
侯爵が鋭い踏み込みで切り込んでくる。今度は体勢を整えていたのと、ボクが小さいから技が限定されるため、辛うじて受け流す。少し後ろに引いたけど体はぶれていない。
だけど体の芯まで衝撃が残っている。相当強い剣だ。全力だったら受けても骨が粉砕されるかもしれない。
この体の震えは・・・・恐怖なのだろうか?それとも歓喜?この剣には殺気が全くない。訓練だと思う事にしてボクから動く。
子供の力じゃ大した事はできない。踏み込んだ勢いのまま剣を真っすぐに突き込む。狙ってはないけど丁度下腹部の当たってはいけない部位に剣先が向かっている。
突き込みながら言い訳を考える。・・・・狙ってません!子供の背丈なら仕方ないんです!どうせ避けられるから大丈夫かと!
予想通りひらりと避けられる。
相手の攻撃が来ない事を幸いとばかり、体を捻り剣先を落として足を刈るように横なぎに払う。
これも簡単に避けられる。横なぎの勢いも使って後退し、距離を取る。再び剣を防御の形に構える。
構えた瞬間にとんでもない衝撃が剣に伝わる。剣はあっさりと弾かれてしまう。
剣先がボクの眼前に突きつけられる。
次の手がないわけじゃないけど。
・・・これは訓練だと思っている。一本取られたら終わり。うん、そういう事にしよう。
「参りました」
頭を下げ負けを宣言する。
・・・沈黙が痛い。手は未だにしびれている。今の状態じゃスプーンも持てない。
・・え?訓練じゃなかったのか・・・な?
「トラジェット家の庶子となった子供は病弱と聞いたが・・。チェスター、お前もそう聞いたよな?」
「左様ですな。暗愚で病弱で剣を持つ事すらできぬと。やむ無く次男を嫡子にすると。それが本日のトラジェット家お披露目の趣旨でしたな」
予想以上に渋い声だ。太っちょのほうは大人なのに高い声か。二人ともよく通る声質だ。
「其方は間違いなく”その”フェリックス・トラジェットか?」
「・・・お耳に届いた評判までは僕は存じません。ですがボクがフェリックス・トラジェットで間違いないです」
気のせいだろうか。侯爵が怒っているように思えるんですけど。ボクに怒ってないよね。ね?
「其方は悔しくないのか?嫡子から庶子に落とされたのだぞ」
「全くありません。これは弟が生れた時から決まっていた事なのです。このような子供に異議を申し立てる力は無いです。受け入れるしかありません」
「これは参ったな。のうチェスターよ」
「そうですな。トラジェット家現当主が虚偽を報告するとは。先代は誠実で勇猛な当主でしたのに。残念です」
「ふむ。フェリックスよ。其方の考え、武芸はしかとこのウォルト・フレーザーが検分した。邪魔だでしたな。ではまた会おう」
侯爵はそのままひらりと騎馬に乗る。ここの騎士より体は大きいのに身軽だ。
ボクは慌てて剣を拾い返却しよとすると。
「それはフェリックス殿に進呈しますぞ。剣の稽古にお使いなさい。刃引きですが、どこの領地よりも硬い剣ですからのう。存分にお使いなされ」
「あ、ありがとうございます。あのう・・・ボクは失礼な事しましたか?後でお詫びをしないと・・」
「我々が迷惑をかけた方ですよ。お館はあのような性格故失礼な物言いしかできませんが、変わって拙者がお詫び致します。突然の無理な仕合申し訳なかった」
「いえ、お詫びは不要です。でも、本当に問題になりませんか?」
「ホッホッ。本当に律儀でございますな。大丈夫ですとも。悪い事には絶対になりませんぞ。楽しみに待っておいでになりませ」
二人はそのまま去っていく。
ボク達はそれを眺めているだけだった。
「あれがフレーザー侯爵です。この地の騎士が束になっても敵わないでしょう。国内で一番強い方と噂されておりますよ」
クレアが横に来て話しかけてくる。ボクが手に持っている剣を受け取ってくれた。
手は未だにしびれている。そのしびれを解すためか僕の腕を優しく揉んでくれてもいる。助かるよ。
でも・・強かったな。クレアがそう評価するだけはあるかも。
「クリフォードは負けるかな?」
「それはお二人と剣を交わされた坊ちゃまが一番分かっておいででは?」
クレアの言うとおりだ。
凄い人に会えた。
その人が手間をかけてボクに会いに来てくれるなんて。
それに今回のお披露目が一般的なお披露目ではない事も分かった。
この家には長くいないほうがいいと確信した。
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