そんなにマウントとりたいのか
あのお披露目会以降ボクは別邸で生活する事になった。
別邸というのは形式上の言葉。実際は・・・小屋だ。あっちの世界だと1DKか。
領主の子供が暮らす場所じゃないらしい。
食事も家からは出ない事になった。自炊しろって事だ。クレアは料理ができるので、ここは本当に助かった。
信じられない事に家からはお金も何も支給されないらしい。死ねって事か。
幸いお金はある。商会作っておいてよかった。過去のボクはエライ。
クレアは母がボクのために雇用した従者兼侍女だから奪われなかった。他の使用人は多分スタンリーに回されたんだと思う。
ボクはクレアがいれば十分問題無い。今から独立して暮らしていると思えば、この待遇もそんなに悪くない。と、思う事にした。
だから放っておいてくれてよいのにさ。
屋敷の外に出ようとしたら待ちぶせされた。
スタンリーだ。
ニヤニヤしながらボクを見ている。後ろにアップルトンが控えているのは勿論なんだけど。数人騎士もついている。こいつらもニヤニヤしてるな。
従者は増えるんだ。次期当主になったから?でも、ボクは無かったぞ。まあ、それはどうでもいいや。クリフォードがいるのはちょっとショックだった。
どうやらスタンリーの教育係に指名されたんだろう。クリフォードの権限なら拒否する事はできたはずなんだけど。
なんでだろ?屋敷内の人事はボク達には伝わってこない。
ボクはそこまで疎まれる事をしてしまったんだろうか。
面倒だから歩く方向を変え、裏口から出る事にする。
「待てよ。次期当主様に挨拶も無しで通り過ぎようとしてるんじゃないだろうな?」
やけに高圧的な声を投げかけてくる。
スタンリー・・・賢くないと思っていたけど。そんなに増長して大丈夫なのか?
本当に・・本当に面倒なんで挨拶をして立ち去ろうとしたんだけど。不満だったらしい。
「待てよ!それで挨拶のつもりか?身分差があるんだ。跪いてやるんだよ!」
・・・それくらいなら仕方ない。クレアの怒りを宥めながら跪き挨拶をする。
途端に下品な笑い声が響く。
ああ・・聞いていて不快になる。自分が優れているとは思わないけど。コレが当主になるのか・・・。
本当にボク達は兄弟だったんだろうか?色々比べてもボクとスタンリーは共通点が少ない。・・・否、無いと思う。
「ちょっと挨拶の角度が違うなぁ。おい、クリフォード。コイツに教育しろ!」
「小生は問題無いと判断します。不要ではないかと申し上げます」
「どっか違うだろうが!俺の従者のくせに口答えすんな!殴るか蹴ればいいんだよ!オヤジにいいつけんぞ!」
どっかの暴君だ。なんていう態度だ。スタンリーは本来こんな性格だったのか。
おそらくだけどクリフォードは躊躇っている。と、思いたい。
と、思ったら横っ腹に蹴りが入る。不意をつかれたから体を逃がす準備ができなかった。思いっきり蹴りのダメージを貰ってしまう。横に転がる。息が詰まる。
「こうやればいいんだよ。従者の筆頭は俺だ。筆頭の命令は絶対だぞ。同じことをやりゃいいんだよ!庶子の坊ちゃんよ。早く跪け!」
ぐ・・アップルトンか。声は楽しそうだな。
しかし容赦なく蹴ってくれたな。痛てぇ。。こりゃ体を起こさないとまた蹴られるか。痛みを堪えながら再度跪く。
鋭い蹴りがくる。準備ができていたので衝撃を逃がせた。勢いを利用してゴロゴロと転がる。
蹴りのダメージが酷いフリをする。適当に痙攣のフリをする。
追撃は来ないようだ。
・・この蹴りは・・クリフォードだ。稽古の時に散々貰ったから覚えている。それにしても遠慮なく蹴ってくれたもんだ。
「思った以上にダメージを与えてしまいました。これ以上は殺してしまう事になります」
クリフォードはいつも通りの声だ。なんの感情もないぞ。
「そうか。殺してしまっては次が楽しめないからな。今日はこれでいいか。・・・。いいか、今度からは俺を見たら跪いて挨拶しろよ!」
愉快そうな笑いと一緒に次期当主の一行は屋敷に戻っていく。わざわざボクを痛めつけるためだけに・・・こっちに来たのか。
痛みを耐えながら思考する。
スタンリーは次期当主になってから増長している。少なくてもボクに対しては・・だ。従者達も止めない。寧ろ積極的に加担している。
クリフォードがスタンリーの従者になっているようだ。しかも従者の中では一番下の地位かもしれない。アップルトンが従者では自分が筆頭と主張していた。こんな人事をのむなんて。
ボクはこの家では目立つ事はしないようにしていっと思う。
クリフォードの訓練も誰もいない所でやっていた。
エイブラム爺の勉強だって人目があるときは普通の講義だったし。
自惚れていないけど後継者たる長男としては十分な資質は示していたと思うのだけど。
それだけじゃないんだろうな。
・・・母上の言葉が思い出される。
ボクは憎まれているんだ。
再認識する。もうこの生活を継続するのは難しいかもしれない。
成人まではまだまだ期間はある。
そうも言ってられない。
ゆっくりと体を起こす。クレアがボクを支えてくれる。
「クレア・・・」
「はい。なんでしょうか?」
「ボクを助けてくれる人はこの家には・・もういないようだよ」
「そのようですね。クリフォード様まであのような態度を取られるとは思いませんでした」
・・悔しい。
「クレア・・・」
「はい」
「クレアはボクを助けてくれるよね?」
「勿論です!そもそもクレアはトラジェット家で雇われている使用人ではありませんよ。この屋敷でクレアに命令できるのは坊ちゃんだけです。何があっても離れません」
視界がぼやける。
「クレア・・・」
「はい」
「・・ありがとう」
「クレアはクレアの意思でここにいます。気にしないで欲しいです」
この世界でも理不尽な事は多い。努力だけじゃどうにもならない。
僕が成長するしかない。
負けない力が欲しい。
大人の都合でボクの人生を決められたくない。
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