トラジェット家での立ち位置
スタンリーは侮蔑の表情を浮かべたままボクに近寄って来る。実の兄に対する弟の態度ではない。
こんな態度になる理由は明らかだ。
トラジェット家は領地経営より魔物討伐を生業とするほど武術に傾倒している家だ。
この国では主流となっているアームストロング流?・・・とかいう剣術で稽古して腕を磨くらしい。ボクが見るところ筋力が必須な剣術だ。
ボクはこの剣術が昔から苦手だった。いくら稽古しても上手くならない。
前世の記憶があるせいなのかと思ったんだけど・・・。僕はずっと病院で寝たきりだった。体を動かす事なんてできなかった。だから剣術なんてやった事ない。
クリフォードから別の剣術をクリフォードから習っているから問題なし。ボクが運動音痴ではないのだよ。
要は相性の問題なのだと思うんだ。
それが弟・・スタンリーには分からないらしい。アームストロング流が使えないのは家では落ちこぼれという認識らしい。
「この剣の事?色々試しているんだよ。少しはまともに武芸を身につけないとね」
背後で不穏な気配を纏いつつあるクレアをおさえながら返す。ボクの事で怒らなくていいんだよ。
これ以上話をすると面倒だ。エイブラム爺の場所に足をむける。いつもはこれ位で満足するんだけど・・・。
今日は珍しく絡んできた。
「そんな棒みたいな細い剣で何ができるんだよ。いい加減気づいたほうがいいよ。それって無駄な努力だって。何を頑張っても俺には勝てないんだからさ」
今日に限って・・うざ絡みかよ。
朝も珍しく早くから起きているし。一体何があったんだ?
背後のクレアの怒りの度合いが・・・凄じい。行動に移らないと思うけど大人しくしててね。
「スタンリー様。こちらでしたか。厩においで頂く事になっておりましたが、こちらは厩の方向ではございませんぞ」
お、クリフォードだ。
とたんにスタンリーの表情が変わる。予定はあったのか。厩というならば乗馬の訓練か。
よく視れば乗馬服を着ているぞ。乗馬の訓練だから朝が早かったのか。
観察が足りなかった。反省だ・・・。
スタンリーはゆっくり寝ていたいのに朝早く起こされて不機嫌。乗馬が苦手なんだよな。嫌々起こされたんだろ。
そんで移動の途中にボクを見つけた。その憂さばらしのため、厩と反対方向に来たのかも。
そこをクリフォードが目ざとく見つけ、スケジュールの指摘をしてくれたのか。多分だけどボクを助けてくれたのかも。
「う・・・クリフォードか」
「はい。厩のテッドが心配しておりましたぞ。最近のスタンリー様は朝が弱いようですのでな」
表情は穏やかに見えるけど銀色の目は厳しい。あれは怒っている。
「執事殿。若様は乗馬の前に散歩で体を解されておいでだ。乗馬の訓練は予定通り向かう。そこまで時間厳守ではなかろう?」
従者のアップルトンがペラペラと言い訳を言う。それは悪手だと思うんだけど。
ま、ボクには関係ない。
クリフォードがそんな言い訳許すわけないじゃん。
「左様でしたか。ふむ。宜しいでしょう。テッドにも予定がございますので早めに厩にお向かいください」
お、追求しない。
スタンリーもボクと同様に当主である父の子供だ。そんなに強くは出れないのか?そうなのか?
だってボクには厳しいぞ。うう・・ん。
ちょっとだけ安堵の表情になった二人は、その後ボクを睨む。
ええ?
スタンリーはギリギリかもしれないけど。アップルトンはアウトだろ?
一応ボクは跡取だよ。
と、思うものの・・・・。
今の家でのボクがどのような扱いになっているかは薄々分かっている。
ああ、そんな態度かよ。全くこの家は。
「ああ、そうでした。アップルトン殿。言葉遣いについて少々指導させて頂きますぞ」
一通りボクを睨んで気が済んだのか厩の方向に足を向けた二人にクリフォードが声を掛ける。その瞬間に二人はギクリと足を止める。
・・一応クリフォードは怖いらしい。
「当家では”若様”とお呼びするのは次期当主となる方のみですぞ。その敬称でお呼びしてよいのはこちらのフェリックス様のみです。宜しいですな?どうやら騎士隊の面々は勘違いされているようです。ご当主が帰還されましたら言葉遣いの徹底を進言せねばなりませんな」
指導とはいえない穏やかな声なんだけど。逆らう事は許さない力を持った言葉だ。これがクリフォードの威圧力。おっかない。
ボクはしょっちゅう接しているから慣れっこだけど。二人は堪えたらしい。
ちょっと足が震えてないかい?
背後にいるクレアもクスリと笑っているのかも。柔らかい雰囲気に変わった事を肌で感じる。・・よかったよ。
「この事理解できましたらアップルトン殿のこれからの予定を教えてください」
「・・・スタンリー様の乗馬の訓練に御供致します。テッド殿には予定より遅れた旨謝罪した後に訓練用の乗馬を借ります。乗馬訓練が終わりましたら昼からはスタンリー様の剣術稽古の予定です」
「宜しい。小生は屋敷内で業務がございますので監督はできません。スタンリー様の付き添いお願いします。安全確保には充分注意くだされ」
「は・・承知した。では失礼する」
二人はぎこちない歩みで厩に向かう。クリフォードに見つかったばかりについてない。そもそもボクのイジメをしなければよかったんだ。
クリフォードはニヤリと笑ってボクに恭しく礼をする。その後本当に業務があるようで屋敷に向かって行く。
その後ろ姿を見つめながら、ボクは溜息をつく。
再度認識しなおす事になったけど。この家でのボクの立場はあまり良くない。
多分・・理由はシンプルだ。
シンプルだけど・・・こんがらがってる。
このもつれは例えクリフォードでも解せないんじゃないかと思う。
ここについては・・少し、面倒くさい家に生れてしまったかも。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます