スタンリー・トラジェットは弟
「やっ!」
腰に差していた剣を気合と共に抜く。
抜刀の勢いを使って上に払うように剣を振る。
ギイン!
鈍い音と共にあっさりと剣の攻撃が払われる。
固い・・。でも、まだだ!
抜刀の勢いを残したまま手首を返す。そこから片手での袈裟斬りに繋げる。
カチン!
軽い音と共に剣が弾かれる。そのまま体が浮いてしまう。
簡単に後ろに放り出されてしまった。
やっぱりボク・・まだまだ・・軽い。
着地と共に切り込もうと姿勢を整えるけど。
相手から隙が伺えない。あっさりと手詰まりになってしまった。
「本日はここまでにしましょう」
「う、うん」
ボクはへたりと座り込む。
打ち込みの相手をしてくれた相手・・クリフォードを見上げる。
今日の稽古でちょっとは進歩しただろうか?
「若様。なかなか筋が良くなってきましたぞ。2日も寝込まれたときは心配しましたが、余計な心配でしたな」
簡単に表情を読み取られてしまった。
クリフォードは短いあごひげを触りながら頷いている。口元が緩んでいるから・・褒めているのかな。珍しい・・。
ま、お世辞でも嬉しいや。今日の稽古は昨日より楽しかったし。
楽しい。これ重要。
そんで、ちょっとは上達したと思っているし。ボク自身しているから満足だ。
「そう?折角習っているんだから少しは進歩しないとね」
「その意気ですぞ。老骨めの技がお役に立てて何よりです」
言っている事は優しく聞こえるけど・・実際のクリフォードは鬼教官。めちゃ厳しいよ。
おかげで着実に僕の身になっている気がしているからいいのさ。
それに楽しい。体が動かせるのは楽しい。
僕は元気に生きているぞ!
「坊ちゃん、お疲れ様です」
ふわりとタオルが掛けられる。クレアだ。
くしくしと優しく汗を拭いてくれる。あ~気持ちいい。
「クレア。ありがとう。そういえばクレアの稽古はいいの?」
「ええ、大丈夫ですよ~。坊ちゃんが楽しそうなのを見てクレアは充分なのです」
大きなグリーンアイが喜びでにんまりとしている。クレアが嬉しい時の表情だ。
クレアはボク以外にはあまり喜怒哀楽を表に出さない。今日も癒されるよ。
「たまには対人で稽古したらいいんじゃないの?・・・クリフォードもいいよね?」
「ハハハ。それはまたの機会に。老骨めも屋敷の仕事がございますゆえ。無茶はできませぬ」
クリフォードはギクリという感じの表情になる。へ?
実はクリフォード我が家の執事だ。執事の仕事をするだけなら武術は必要ない。だけど強いんだよね。
そもそも仕事が忙しいならボクに稽古つける時間があるんじゃん?そんで来年は後任に執事を引き継ぐから暇とか言ってなかったけ?
そっとクレアを見ると・・・微妙な笑顔をしている。
ああ・・・そういう事。
トラジェット家での武芸のNo.1はボクの知る限りは母上だった。次はクリフォード。その次は騎士隊長。次は騎士隊の面々。父はその下っぽい。力はあるんだけどね。
これはあくまでもボクの指標だけど。多分この家の共通認識のはずだ。
母上は亡くなられたからクリフォードが一番強いと思う。
クレアは侍女の嗜み程度には武術の心得はあるとか言っていた。けど・・・クリフォードの引き攣り具合から想像すると。
相当なもんなのかもしれない。
クレア・・・怖い娘。
さすが母上の実家から来ただけある。あまり怒らせないようにボクも気をつけよう。
「そ、そうなの。じゃ、ボクはエイブラム爺の所に行くよ。今日も稽古ありがとうね」
余計な詮索はしない。これ大事。ヒラヒラと手を振って屋敷の研究施設にクレアと向かう。
研究施設といっても、ちょっと立派な小屋かな。星占師でもあるエイブラム爺の部屋だ。
この世界は星読みの結果が行動指針になる事が多いみたい。吉兆を見るんだって。
現在父は領内の魔獣退治に遠征している。
これはエイブラム爺の星読みの結果による行動らしい。魔獣の発生場所、数、種類、予想される被害とか色々を占うんだってさ。
それを元に遠征方針を決定するらしい。ほんと?と思ったんだけど。本当に遠征に出て行ったもの。
しかも星読み結果と魔物の実態は誤差の範囲みたいらしい。
う~ん、ファンタジーだ。
色々物知りでもあるためエイブラム爺はボクや弟の家庭教師でもある。だけど弟は勉強嫌いみたいでエイブラム爺の所に行っていると聞いた事が無い。
父もそうだけどトラジェット家は基本脳筋だ。考えるより行動するという家らしい。それでよく領主が務まると思うのだどね。
仕えている人達が優秀だからなんだろうな。
「兄さん。ヘンテコな剣持って何処行っていたのさ。まだ剣術を諦めていないの?」
横からの声に反応してみれば。
弟のスタンリーだった。声で分かっていたけど。
見るとスタンリーは幅広の両刃剣を持っている。稽古用の剣じゃないぞ。人斬れるじゃん。
それに父が不在の時は昼くらいまで部屋で寝ているぞ。こんな朝からとは珍しい。
と、いうか、あんまりいい予感がしない。
スタンリーの背後には従者でもある騎士隊のアップルトンがつき従っている。コイツは無遠慮にボクを見ている。いや・・睨んでいるな。
二人ともあんまりいい笑顔とは思えない笑みだ。
・・・いわゆる・・・馬鹿にしてんだよね。
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