かつての私と私の話
「それじゃあ、発進して」
「わかった」
そう言って、車で待っていた女が車を出してくれる。私は、流れる景色を見つめながら考えていた。
かつての私の事を…。
私もずっと隣の芝生を羨ましがっていた。何でも持ってる美咲ちゃん。男子に愛されてる陽子ちゃん。頭がいい奈々子ちゃん。お菓子作りが得意な麻美ちゃん。私だけ何もなかった。何も、持ってなかった。羨ましくて堪らなかった。私だけが、何もなくて、皆は幸せだって思っていた。だから、ずっと、ずっと、ずっと死にたいだけを抱えていた。
この人生はいらないって思っていた。生きていくのが、地獄のように感じていた。
だから…。
気づけば、あの橋から飛び降りようとしていた。もう、こんな人生はいらないと思ったからだ!
でも、いじめられていたわけでもなかったし、夢が破れたわけでもない。
何が?って聞かれてもうまく答えられない。
何で死にたいの?と言われても、何も持っていないからと言ったと思う。
そんな理由?って言われるかもしれないけれど…。私は、入れ替わりを望んだ魂で「パンを食べたいから」って理由で入れ替わりを望んだ人を知っている。
だから、私も他人からすればそんな理由で?と思われた一人に過ぎないのだ。
「青子さん、つきましたよ!」
「はい」
私は、大きな戸建ての中に停まった車を降りた。
「青子さん、新しい実験はどうでしたか?」
「実によかったよ!はい」
そう言って、磯部千秋と田辺誠の映像を渡す。
「参考にします」
「はい」
「行こう!青子さん」
そう言って、さっきの彼女は車椅子に私を乗せる。
「葵ちゃん、ゆっくりにしてよ」
「わかってる」
見上げるとニコニコ笑っていた。
「実験は、成功だった?」
「そうね!磯部千秋と田辺誠は、成功だったんじゃない」
「そう、それならよかった」
人間入れ替え行動研究室と書かれた扉の隣を通りすぎる。
「でもね、青子さん」
「何?」
「次は、私が勝つから」
「勝ち負けではないって話したじゃない」
「勝ち負けよ!次は、私が勝つからね!青子さん」
「わかった!」
私達の仕事は、人間を入れ替えて彼等がどんな行動をとるのかを調べているのだ。
「青子さん、今年の自殺者が20人減ったそうです。後、他殺も減ってきたそうです」
「そうかわかった」
私が入れ替わった
蛙の子は蛙にはなれないと嘆く人達を救いたかった。もしかすると、いる場所が変われば生きていけるのではないか?そう考えた青子さんは…。
息子が死んだ時刻に死んだあの橋の上で、沢山の人を救ってきたのだ。
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「死ぬのは、およしなさい」
今日も青子は、それを差し出す。
誰かの、絶望と切望が重なりあって濃いブルーを作る時、それは起こる。
青子は、その光景を橋の上から見つめている。
「綺麗ね!青子さん!ブルーが、重なりあって」
いつの間にか隣に立っていた葵ちゃんは笑った。
「そうね」
青子は、この命が尽きるまで、人を幸せにすると決めたのだ。例え、それが間違っていたとしても青子にとっての正解はこれなのだから…。
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