始まっていく日々

ランドセルを選びにやってきた。葵のお義父さんが、車椅子に乗れているのを見て泣いていた。


「千秋」


「母さん」


「あの子も千秋だと思ってるから」


「母さん、ありがとう」


「嬉しいのよ!もう二度と会わないって言われて寂しかったから…。こうやって、会えるなら嬉しい」


「母さん、ありがとう」


「こちらこそ、孫を見せてくれてありがとう」


「いや、俺は何も…」


「楓ちゃんが、千秋の小さな頃に似てるって事は、葵ちゃんはもっと前から変わっていたのよね」


「うん!」


「千秋は、それを信じたの?」


「だって、アップルパイの日に入籍したのを知ってる人なんて葵しかいるはずないだろ?」


母さんは、俺を見て笑った。


「それもそうよね!父さんが、よくわからない日になんでするんだ!って怒ったの覚えてる?」


「覚えてるよ!アップルパイの日って何なんだ!ってね」


「そうそう!でも、死が近づいてきた頃には喜んでいたわよね!アップルパイの日なんて面白いって言って」


「うん」


「千秋は、葵ちゃんの中身をとったのね!」


「当たり前だよ」


「見た目で選んだんじゃなくてよかったって思ってるのよ!だって、田辺さんは可愛い感じだけど…。葵ちゃんは、めちゃくちゃ綺麗じゃない。千秋が見た目で選んだんじゃないってわかって安心したのよ」


そう言って、母さんは葵を見つめている。


「葵ちゃんは、忘れたのよね?何もかも」


「うん、何も覚えてないよ!磯部葵としての人生は何も…」


「それでもいいの?千秋は…」


「構わないよ!俺は、あの日何もかも捨てて葵の元にやってきたんだ!田辺誠としてね!だから、葵が全てを忘れてもいいんだよ」


「母さんは、千秋をちゃんと覚えているからね今までの千秋も、これからの千秋も…」


「うん、ありがとう」


母さんは、俺をギューって抱き締めてくれる。


「だから、千秋も忘れないで」


「わかってる」


母さんは、俺から離れて雪那の所に行った。


「千秋さんの人生は、本当に幸せです」


田辺誠が、いつの間にか隣でそう言って笑っていた。


「俺も、誠さんの人生は幸せだよ!ご両親を捨ててごめんね」


「いいんです!葵の両親も俺の母親も捨てなければ、千秋さん達は幸せになれなかったですよ」


「ありがとう!俺達の幸せを気にしてくれて」


「当たり前だよ!俺達だけが、幸せになっちゃ駄目だから…」


「誠さん、どんどん幸せになってよ!俺もなるからさ」


「千秋さん、ありがとう!本当にありがとう」


田辺誠は、ボロボロ泣いていて、俺は彼の頭を撫でていた。正解なんてわからない。もしかしたら、不正解なのかもしれない。それでも、俺達はこの選択をした。

愛する人の傍にいるために…。

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