第9話 ヘッドライト
彼の家でまったり過ごした後、まだ若干明るいけど車で私の家まで送ってもらうことになった。
エンジンをかけ、少し走ったところで、彼が慌てた声を上げる。
「あ!」
「タカシ、どーしたの?」
「あちゃー! うっかりETCカード入れるの忘れた! やっべぇ!!」
の一言から全ては始まった。
彼の家と私の家は少し遠い。高速を使った方が確実に早く帰れるのだが、わざわざ来た道を戻るのも何だか億劫だ。
「どうしよっかなぁ。高速乗るなら家に取りに戻らにゃいけん……」
乗せてもらっている私は流石に気を遣う。
薄暗さが濃厚になってきたので、彼はヘッドライトを点けた。
ぱっと末広がり上の光が前方の路面を優しく照らしている。
「高速乗らなくても大丈夫だよ。ちょっと遅くなるだけだし」
「そう。じゃあ、下の道でも大丈夫?」
「うん大丈夫」
そこで何かを思い付いたのか、彼は目を若干大きく広げた。
「ああそうだ、ちょっと早いけど途中でご飯食べていこうか? 俺お前を降ろした後、そのままどこかのお店で食べて帰るつもりだったし」
何かと思えば、突然夜ご飯の話。
そう言えば今日のお昼ご飯食べたのは十一時頃だったっけと、私は己の脳内の記憶を探る。
ウィンカーを点けた後、彼はゆっくりと左にハンドルをきった。
「早く家に帰りたいか、ご飯食べたいかどうする? どちらでも良いよ。俺ナミの言いなりだからどこでも良い」
言いなりって……タカシったら、突然何を言い出すのやら。
きっと、私に気を遣ってくれているのだろう。
何だか少しくすぐったかった。
「じゃあお腹空いたから、何処かで食べていこうかな」
折角乗った船だから、遠慮なくとことん乗ってやる。
すると、隣で表情が若干軽くなるのを感じた。
「何処がいい?」
「どうしようかな……久し振りにハンバーグ屋さんに行きたい」
「じゃあ空港方面やね。このまま真っ直ぐ行こう」
と、なんだかんだ行って私は久し振りにタカシと夜まで一緒に過ごすことになった。
キーンという音が響いてくる。
ふと車の窓から外へと視線を動かしたら、飛行機の腹が頭上を真っ直ぐに飛んでゆくのが見えた。
※ ※ ※
お腹が膨れて一段落ついたところ、食後のコーヒーを啜っていると。
「お前と外で一緒にご飯食べるの、久し振りだよなぁ」
「どれ位前だっけ? 覚えてないけど、夜一緒じゃないことが多いもんねぇ」
「よし! それじゃあ帰るか!」
「今度はいつ会う?」
「いつにしようか。今回は俺の都合だったから、今度はナミの都合にあわせるわ」
「じゃあ、次の週末辺りどお?」
「オッケー。またLINEに連絡して」
※ ※ ※
そう、私とタカシは恋人ではない。
どちらも気楽な一人ものだが、こうして都合をあわせながら時々一緒の時間を過ごしている。
お互いパートナーはいない。
肌を合わせることもない。
互いに自分の時間を欲している為、同居もしていない。
そんな関係だ。
つかず離れず。
かれこれ四年以上の付き合いになる。
この関係をどう表現したら良いのか、良く分からない。
だが、この名前のない関係が、大変心地良いのだ。
車が走ってゆく中、夜が静かに更けてゆく。
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