第14話 羨望
自分で物語を創る…七海も考えたことはあった。しかし、いざやってみると、登場人物の行動やセリフがちぐはぐになってしまったり、読みづらい文章になってしまったりして、上手くいかなかった。自分で自分の書いたものを読み返してみても、ただただ恥ずかしさがこみ上げた。それを他人に読ませるなんて、とてもじゃないが、無理だった。
「それは…傷つくな…。」
晴太の呟きに周りもうんうんと頷き同意する。
「それをものともせず創作活動を続けられるほどの情熱と才能が自分にはなかったと、そういう風にも思うけどね。」
淳一郎はまた自嘲的な笑みを浮かべている。
「その話って、淳一郎さんまだ持ってるの?自分で創ったやつ。」
亮が唐突に言い出した。
「ああ、まあ、ここにあるけど…。」
なんと淳一郎の手元に置かれている原稿用紙がそれだと言う。人に評価されなくても、嫌な思いをしても捨てることはできなかったんだな、と七海は思った。
「それで気持ちが晴れるかはわからないけど、俺たちに読ませてくれない?きっとちゃんとコメントできる…七海が。」
「え、私?」
驚く七海の横で「いや、自分も頑張れ!」と亮に萌花が突っ込んだ。
「あるんだったら、読んでみたいな。それに亮が言う通り、七海は俺達より深く読み取れそうだし。」
「いや…そんな…。」
晴太は乗り気だ。本は好きだし国語は得意だが、人の作品にレビューできるほどではないと七海は思った。
「読んでみたくないの?」
そう桐子に言われるとノーとは言えない。作者本人の前だし、それを抜きにしても作家になりたかったという後悔を引きずっている人の作品ならば、きっと何か一味違ったものがあるだろう。
「じゃ、順番に回していこう!淳一郎さん、いい?」
「君たちがいいなら…。」
萌花の提案で七海から順に原稿用紙を回して読んでいった。七海が好きなジャンルのファンタジー小説だった。主人公は小学校6年生。舞台は日本。日常の中にひっそりと不思議が隠れており、主人公はその不思議に振り回される。最後には物語冒頭の伏線が見事に回収され、すっきりと話が収束する。
「…どうかな?」
読み終わった七海たちに、緊張した面持ちで淳一郎が尋ねた。大人から真剣に意見を求められ、七海は少し不思議な感じがした。それと同時にどう言えば自分の感じたことが上手く伝わるのか、脳みそをフル回転させて考えた。
「面白かったよ!」
「同じ6年生が書いたとは思えない。」
亮と晴太が真っ先に正直な感想を述べた。
「無理なくファンタジーな世界に入っていけて良かった!」
「主人公の性格が私はわりと好き。」
萌花と桐子も、思うままに淳一郎に感じたことを伝えているようだった。七海はどう言うべきか迷った。みんなの視線が集まる。
「えっと…面白かったです。それで…。」
みんなの見守る中、きっと正直な感想を伝えた方が良いだろうと判断して七海は続けた。
「それで…あの、もちろんプロの作品と比べるとまだまだなところはあると思います。言葉の選び方とか、話の流れとか…。主人公が真実を見つけ出すくだりは、きっと彼の親友も絡ませたらもっと面白くなると思うん…。」
何て生意気なことを言ってしまったんだと思い、七海は言葉を切った。淳一郎を見ると、彼はにっこり微笑んで「さあ、続けて。」と手で示した。
「でも、自分の身近な場所が舞台になっていてひょっとしたら自分の身にも起こるかもって、物語の世界から現実に戻って来てもワクワクが残る感じが私はとても好きです。それに、こんな長いお話書くだけでもすごく大変だったと思う。これを書き切ったっていうのもすごい。」
晴太が「俺もそう思う。」と相槌を打った。七海は続けた。
「あと…これは私が勝手に思っただけかもしれないけど…この物語は友情の物語に見えるけど、実は自分自身の内面に目を向けることの大切さも伝えている気がするんです。」
なぜそう思ったのか話している最中に、亮が「なるほど~」と呟いたり桐子が「あぁそうかもね」と頷いたりした。七海は少人数とはいえ人前で自分の考えをこんなに話したのは、初めてだった。
「私がもし今これだけ書けたら…きっとこの先も書き続けると思います。正直うらやましいです。」
「そうかそうか。ありがとう、七海ちゃん。それに他のみんなも。」
淳一郎の表情は、先ほどの悲し気で強張ったものから、朗らかな笑顔に変わっていた。
「正直な感想をありがとう。凝り固まっていた気持ちが、ほぐされた感じがするよ。」
淳一郎はそう言ったかと思うと、パッとまぶしく白い光を放った。目を覆っていた腕を下したころには、淳一郎は七海たちの前から消えてしまっていた。
ああ、自分の気持ちが、考えが、相手に伝わるってこういう感じなのか…と七海は先程まで淳一郎がいた椅子を見つめて一人感慨に浸った。
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