図書室の七不思議
第13話 時折、どろりと
図書室は音楽室の真下にあたる南棟3階の端にある。薄暗い廊下をその場所へと向かって歩きながら、七海は不思議な気持ちだった。いつもだったらワクワクした気持ちで一人読んだ本の内容に浸りながら、あるいは次に読もうと考えている本のあらすじを想像しながら歩く。今回は、恐ろしい気持ちで同じような恐怖心を抱いたクラスメートと共に歩みを進めている。
図書室の七不思議は「放課後図書室に現れる読書に取りつかれた少年に話しかけると本の世界に閉じ込められる。」というものだ。本当に本の世界に閉じ込められてしまうのだとしたら、本によっては今より楽しい生活なのではないかと七海はひっそりと思っていた。本の中は何でもありだ。空を飛ぶ魔法も、心躍る冒険も、美しい友情も、本の中には存在する。現実には…。
「…どうする?」
晴太(せいた)の声で七海ははっと顔を上げた。図書室の前にもう到着していた。扉に貼られた「ようこそ」と笑顔で迎える狸のようなふくろうのような、ふわふわのアニメのキャラクターが今日は不気味に見える。
「入るしかないよね。」
「じゃ、一緒に行こう。」
いつも仲の良い萌花(もか)と桐子(とうこ)が二人並んで扉の前に立った。勇気があるなぁと七海は感心していまう。
「失礼しまーす!」
いつもよりやや強張りながらも、それでも大きな声で二人は言って図書室の扉を開けた。すぐ後ろで七海たちは図書室を覗き込んだ。
「うわっ、誰!?」
「きゃあぁ、誰!?」
図書室の中の謎の人物と萌花が同時に叫んだ。その人はびっくりして椅子をがたつかせて立ち上がった。
「僕は淳一郎(じゅんいちろう)だけど…。」
そう名乗るのは丸眼鏡をかけた男性だ。歳は七海達の祖父と同じくらいだろうか。グレーのスラックスに白いポロシャツを着ている。学校の図書室にいるのは大いに違和感がある。普段だったら間違いなく不審者扱いされるだろう。しかし、七海はその淳一郎と名乗る男性に見覚えがある気がした。
「あ、信号のところにいつも立ってくれてる見守り隊の人だ!」
亮(りょう)が大きな声を上げた。あ、そうだと七海はそれを聞いて思い出した。見守り隊とは、七海達児童が通学する際に交通量の多いところや見通しの悪いところに交通安全の旗を持って立ち、見守ってくれる地域のボランティアの方達のことだ。
「そっか、そんならちょっと安心だ。でも、何で図書室の七不思議に?」
「淳一郎…さん?図書室に怨みでもあるの?」
ほっと安堵の息を吐く晴太に続いて、桐子がみんなの疑問を代表して投げかけた。
「怨み?とんでもない!僕は図書室が大好きだったんだ。卒業するまでほとんど毎日ここに通ったよ。」
私と一緒だ、と七海はひっそりと思った。この人は、図書室が好きすぎて思いが留まってしまったということ…?よくわからない。
「じゃあ…何かここに思い残したことがあるの?」
桐子がぐいぐい尋ねる。見守り隊の人だとわかったため、七海達の心から恐怖心は消えていた。
「まあ…僕が後悔していることはあるよ。それは心の中にずっと潜んでいて、時折どろりと恐ろしい怪物のように顔をのぞかせるんだよ。こんな歳にもなって。」
淳一郎は自嘲的な笑みを浮かべた。七海は切なくなってきた。
「どうして…そんなに後悔してるんですか?」
七海の口から思わず言葉が出た。自分が歳を取って、大人になって、いつか誰かの親になって、そしてそのうち孫ができるかもしれない。そういった一般的と思われる人生を自分が歩むであろうことは理解はできるが、実感としては湧かない。今ある小学生としての生活が全てだ。遠い将来のことなどわからないし、その年齢に至った人の心情もきっと自分たちとは全く違った物だと思っている。ただ、そんな歳まで今の自分の年齢ぐらいの時に思い残したことを引きずるというのは、何とも言えない気持ちだろうと想像することはできた。
「僕はね、作家になりたかったんだよ。でも、そうしなかった。いわゆるいい大学に行って、一流企業に就職して、働いて、定年を迎えた。それが悪いことだとは思わない。僕は幸せな人生を歩んできたと思う…けど…。」
固唾をのんで見守る七海達に、淳一郎は話の続きを聞かせた。
「小6の時、僕は図書クラブの一員だったんだ。そこで、みんなで物語を創作するという活動を行った。出来上がった物語はクラブのメンバーで読み合おうという話だったから、僕は出来上がった話を同じクラブの奴に見せたわけだよ。そいつがまあ、歯に衣着せぬ物言いで、僕の書いた話をけなしてきた。僕は悲しくて悔しくて、親にその話をしたんだ。そしたら親も『お前には才能がない』って言うじゃないか。今となっては、僕の親は創作活動に力を注ぐより受験勉強に専念してほしいから、そんなこと言ったんじゃないかと思うけどね。僕は他のクラブのメンバーには適当な理由をつけて『物語は書けなかった』と伝えてその話を誰にも見せなかった。」
淳一郎はふう…とため息をついて座り込み、両手で頭を抱えてしまった。
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