音楽室の七不思議

第3話 ロックスターの後悔

 結人のチームには、将也(まさや)、由奈(ゆな)、綾(あや)、省吾(しょうご)がいた。リーダーは結人だった。6年3組は30人なので、他のチームのメンバーも5人だ。

 結人達は担当の音楽室へと向かった。音楽室は南棟4階の端にある。外が梅雨空で、廊下や階段の電気はつかなかったので、校舎内は薄暗く不気味な雰囲気だった。


「ベートヴェンがこの学校に何か暗い思いを持っているっておかしくない?」


廊下を歩きながら由奈が不安を隠すように軽く笑いながら言った。


「俺も変だなとは思ったけど、行ってみるしかないよ。とにかく、危なそうだったら、全速力で逃げよう。」


結人は震えが止まらない手で拳を作った。


 音楽室の電気はついており、ドアはいつも通り開いていた。結人が先頭に立ちそうっと中を伺った。


(誰かいる…!!)


ばっと頭を引っ込め少し後ろで心配そうに見守る4人に、身振りで「もっと下がって!」と伝えた。結人の様子を見た4人は顔を青くして指示に従った。


「どうなってたんだよ?ベートヴェンいたのか?」


音楽室内には声が聞こえない程度離れたところで、将也が恐る恐るといった様子で尋ねた。


「いや…ベートヴェンはいなかった。」

「ってことは誰かはいたんだね。」


綾は震え声だ。一体どんな奴がいたのかと、4人は不安げな視線を結人に向けた。


「中にいたのは…。」


結人は少し頭の中を整理してから続きを言った。


「ロックスターだ。」


4人はぽかんとした。


「いや、わかるよ。俺もびっくりしたよ。でもロックスターなんだよ。ギター持ってて、頭つんつんで、ピアスしてて、上半身は裸で入れ墨入ってて…なんか格好いい人だ。」


4人は恐る恐る先ほどの結人と同じように音楽室の中を覗いた。ばっと顔を引っ込めた後、みんな神妙な顔をしていた。


「小学校の音楽室にばりばりのロックスターって…怖いんだか面白いんだかわからない…。」


由奈がみんなの気持ちを代弁した。


「あれさ…多分湯浅ケンタローだよ。」


省吾が控えめに言った。みんなの視線が省吾に集まった。そうだ、省吾は音楽が好きなんだった。しかも一昔前の親かそれより上の世代のロックミュージックが。


「今もばりばり現役の大御所だよ。そういやこの辺り出身ってプロフィールには書いてあったかもしれない。卒業生の可能性がある。」


省吾は勉強も運動も得意な方ではない。音楽の授業も歌はまあまあでリコーダーは平均以下の部類に入る。正直結人は省吾を戦力には考えていなかったが、まさかの大当たりだ。趣味や興味って極めるの大事だなと結人は思った。そして、戦力外だと勝手に力量を判断した自分が嫌な奴だと思った。

 正体が分かったことで、不気味さは大分減った。5人はロックスター湯浅ケンタローに接触してみることにした。


「失礼します。6年3組の伊藤結人です。湯浅ケンタローさんにお話があってきました。」


職員室に入る時と同じようについかしこまって名乗ってしまった。将也に「それは変だろ。」と小突かれた。


「ん…何だ、坊主たち?」


椅子に座り俯いていたケンタローが頭を上げた。結人は生まれて初めて他人から「坊主」と呼びかけられた。省吾の話振りから中年の男性を予想していたが、まだ若い。大学生ぐらいだろうか。


「俺たちは宮の台第二小学校の6年生です。」


目をきらきらさせて省吾が話し出した。普段は年上に自分から声なんてかけないタイプだ。ロックスターの魅力が省吾を饒舌にしたようだ。


「お、俺の後輩か!」


ケンタローは嬉しそうな笑顔を浮かべた。結人達は自分たちの置かれた状況を説明した。


「なるほど…俺はお前らが来るまで何でここにいるかとかどうやったら戻れるかとか、そんなこと考えもしなかった。ひたすら悔しい思い出を思い出したり、ギターを弾いたりしていたよ。」


ケンタローは本当に目の前にいるのだが、これは魂の一部のようなものなのかもしれない。現実的な感覚が抜け落ちてしまっている。ケンタローはこの小学校に関わる自分の後悔を話して聞かせてくれた。


「俺のバンドのメンバーはギターボーカルの俺、ベースのヒロ、ギターのアンナ、ドラムのタカだ。全員幼馴染だ。でも実は、キーボードもいるはずだったんだよ。レイジっていいうんだけどな。そいつがなんでメンバーじゃないかっていうと、この小学校での出来事が原因だったんだ。

 俺たちが6年生の時だ。当時の俺はとにかく尖っていれば良いっていう本当にどうしようもなく馬鹿なガキだった。学校の音楽の授業は真面目に受ける価値がないと思っていたんだ。

 『この地球に生まれて』って合唱曲しってるか?あれを俺たちは6年生の時合唱祭で歌わされた。ピアノはレイジだった。

 俺は本番、面白いことをしようと思ってふざけてレイジの邪魔をした。みんな相当練習したし指揮者が優秀だったから、全体の合唱は止まらず最後までいったが、レイジは俺のせいでしくじった。

 なんの縁か、高校までレイジとは一緒だった。卒業するとき、俺はレイジをバンドのメンバーに誘った。あいつのキーボードの腕は素晴らしかった。でも断られた。今お前らに話したことが理由だと言われた。俺は小学生の頃のそんな些細な出来事なんて…とその時思ったが、それまで真面目に練習してきて、小学校最後の演奏だと気合を入れていたレイジからすれば、許しがたい行為だったんだろうな。」


 そこまでケンタローが話したところで、音楽室の入り口に人の気配がして結人達はばっと顔を向けた。男の人が立っている。ここにいるケンタローと同じくらいの年だろうか。


「レイジ…!」


結人達は今度はケンタローの方へ顔をばっと向けた。ケンタローは驚きの表情を浮かべている。


「その通りだ!俺はいまだにお前のあの行為が許せない。」


壁にもたれ顎を引き、睨むようにケンタローを見ながらレイジが言った。

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