第2話 静かな学級会

 窓の外を見つめる怜央の目はまん丸に見開かれていた。窓の外がよく見える席の結人もそちらに目をやった。薄暗い、雨雲の立ち込めるいつもの梅雨の外の景色だった。…と思ったが違った。


「雨が、止まってる…?」


雨粒が空中で止まっていた。立ち上がり窓によってよく見てみると、4階の教室から見下ろせる学校の前の道路の車や人も全く動いていなかった。


「何か…静かすぎない?」


華恋(かれん)が恐る恐る隣の席の晴太(せいた)に話しかけた。晴太は立ち上がり廊下や隣のクラスの様子を見た。後ろのドアに一番近い席の梨乃(りの)も晴太と同じように教室の外を確認した。


「誰もいないっぽい…。」


梨乃が乾いた声で言った。誰も、何も言わなかった。どうしていいかわからなかった。本当に異世界に来てしまったのだろうか。モンスターやら魔王やら勇者やら魔法使いやらが出てくるのだろうか。


 勇者や魔法使いなら助けてくれそうだが…。その時だ、晴太が律儀に閉めた教室の前のドアがガラガラと開いた。びくっとして椅子から少し浮き上がったのは結人だけではないはずだ。


「みなさん、こんにちは!裏側の世界へよく来てくれたね。」


担任の大山先生だ。6年生を担任するのは初めてだと話していた、おそらく20代の女の先生。


「大山先生…?」


姿も声も大山先生なのだが、雰囲気がなんだか違う。それに、裏側の世界とは何なのだろう。


「ここは、人の暗く淀んでしまった思いが溜まっている世界。優秀な6年3組のみんなには、その思いを浄化してあげてほしい。」


わけがわからない。暗く淀んでしまった思い?浄化って?結人の疑問に答えるかのように大山先生は説明を続けた。


「七不思議ってあるでしょう?あれはこの世界の暗く淀んでしまった思いのことなんだよ。あのお話はこの学校の在校生や卒業生といった関係者の思いの形。さあ、後はみんなで頑張って!」


唖然とする結人達をおいて、大山先生は授業が終わった後のようにすっと教室からいなくなってしまった。説明が足りない。まだわけのわからないことだらけだ。何より肝心の浄化の仕方がわからない。それに、その浄化をしなかったら結人達はどうなるのだろうか。時間が経てば元の世界に戻れるのだろうか。


「わけ分かんねぇ!おい、どうしてくれるんだよ拓実!お前が変な提案するからだろ!!」


怜央が拓実に突っかかる。


「はぁ?お前だって乗り気だっただろ!あと、ボールの優先権はなしな!」


こんな異常な事態なのにボールのことに言及するのは拓実らしい。


「ちょっとちょっと、二人とも!私も訳分かんないけど、ここはみんなで状況確認して、できることをしよう。」


愛花の提案で学級会が開かれた。愛花と藍紀が前に立ち、司会と板書をした。


「えっと、とりあえずグループごとに七不思議を調べて、その浄化っていうのができそうならする、できなくても情報共有のために教室に戻る、が基本方針でいいね?」


愛花のまとめを聞いてみんなは黙って頷いた。いつもなら多少がやがやする学級会が、今回はいやに静かだ。


「グループはどうする?」

「体育のTボールのチームでいいと思う!」


藍紀の問いかけに被せ気味に優太が言った。ああなるほど、いいかもね、等といった好意的なつぶやきが聞こえた。結人もナイスアイデアだと思った。体育のチームは公正を期すため、力関係が平等になるように作られる。何が起こるかわからないのなら、そのようなチームがいい。それに、体育のチームはちょうど6個だ。黒板に書きだされている七不思議は「異世界に行ってしまう」というものをとりあえず除外して同じく6個だ。


<宮の台第二小学校の七不思議>

①音楽室のピアノを肖像画のベートヴェンが夜な夜な弾く。

②3階南校舎の女子トイレには花子さんがいる。

③放課後理科室の人体模型が廊下を疾走する。

④体育館の姿見に一人で5秒以上映ると魂を吸い取られてしまう。

⑤校庭の学校名が刻まれた石碑は、実はお墓である。

⑥放課後図書室に現れる読書に取りつかれた少年に話しかけると本の世界に閉じ込められる。


 どのチームがどの七不思議を調べるかは、なんとなくメンバーの中にその場所に関係ありそうな人がいるかどうかで決めた。例えばスポーツをやっている人がいるから体育館、本が好きな人がいるから図書室、といった具合だ。


「じゃ、ここからはチームで!また教室で落ち合おう。他のチームに助けを借りたいときも教室ね。学校中をお互い探しあっているときりがないから。」


愛花の掛け声でみんなは教室を出て、チームごとに目的地に向かった。




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