三十打一音

鈴木まる

ささいなことで

第1話 七不思議

 それはきっと、どこの学校にでもある。トイレの花子さんとか、魂を取られる鏡とか、勝手にメロディを奏でる音楽室のピアノとか。結人(ゆいと)の学校でも七不思議の噂は実しやかに囁かれていた。6年生にもなって、幽霊やお化けが実在すると信じている者はほとんどいなかった。それでも、自分の身近な場所である学校が舞台となると、少し真実味を帯びてきてふとした瞬間思い出すとゾッとすることがあった。


「なあなあ、うちの学校の七不思議の7つ目って知ってる?」


梅雨時。雨の昼休み、がやがやと賑わう教室で拓実(たくみ)は言った。


「ええっと…あれ?俺6つしか知らないかも。」


結人(ゆいと)は噂話を思い出し指折り数えながら首を傾げた。


「俺知ってるぜ!」


鬼ごっこができず、図書室で何度目になるかわからないくらい借りているスポーツ図鑑をつまらなそうに眺めていた優太(ゆうた)が寄ってきた。他のクラスメート数人も興味深そうに集まってきた。


「あれだろ、休み時間クラスの全員が…。」

「だぁー!俺が言おうと思ってたんだよ。言わせてくれよ。」


拓実が慌てて優太の口を塞いだ。


「休み時間、クラスの全員が10分以上自分の席に着いて、お互いなんのコミュニケーションも取らなかったら、そのクラスは異世界に送られるんだって!」


拓実が得意げに言った。


「んだそりゃ!」


結人は思わずツッコミ笑ってしまった。周りで聞いていたクラスメートも吹き出した。拓実は不満気で、これ本当だよな、と優太に同意を求めている。


「それって、先生達が私達を静かにさせようとして噂を流したとしか思えないよ。」


凛奈(りんな)が笑いながら言った。結人を含め話を聞いていたほとんどのクラスメートが頷いた。


「しかも異世界って…流行りの転生物っぽくてくだらねえ。ってか七不思議で盛り上がるなんて幼稚だな。」


怜央(れお)も信じていないようだ。怜央はテストの点がいつも良く、クラスメートのほとんどを見下したような態度を取る。


「じゃあやってみようぜ。そんなに馬鹿にすんだったら!」


血の気の多い拓実は声を荒げた。昼休みは残り12分。試してみる時間はある。


「もし何も起こらなかったら、お前がボールの優先権を俺に夏休みまでくれるっていうならいいぜ。」

「うっ…わかった!何も起こらなかったらいい。」


ボールはクラスに一つしか配付されていない。休み時間にバスケをしたい怜央はドッジボールをしたい拓実といつも争っていた。


 話を聞いていた結人はどうしたものかと思った。二人がやる気でも、全員が参加しなくては七不思議の条件を満たすことができない。拓実とは1年生のころからずっと仲が良いが、一度言い出したらなかなかおさまらない厄介な一面をもっていることを知っている。どうしたら大人しく引きさっがてくれるだろうか。


「面白そうだから、いいじゃん。ちょうど今日先生からも雨の日はタブレット使っていいって言われたし、みんなでタイピング練習とかすればいいんじゃない?」


愛花(まなか)が朗らかに提案した。クラス委員の愛花は人望がある。勉強ができるだけではなく、規則を重んじるものの人には優しく、ユーモアもある。愛花の言うことだったら大抵クラスのみんなは賛成した。今日も例外になく、愛花の提案をみんなは受け入れた。実際悪い話ではない。タブレットにはタイピング練習やプログラミングゲームなど楽しいアプリが色々と入っている。


「じゃ、みんな今日はタブレットで楽しく過ごそうぜ!」


もう一人のクラス委員、藍紀(あいき)が声をかけた。


 もともと自席で読書をしていた七海(ななみ)や自由帳に詳細な恐竜図鑑を作成していた仁(じん)などはそのままその作業を続けていた。愛花や藍紀の言うことを聞いてタブレットを開いたものもいれば、拓実が面倒くさいから、怜央が怖いからといった理由で自分の席に戻ったものもいた。


 結人は回転ずしに見立てたタイピングゲームを夢中でやった。お皿が流れてしまう前に表示されている言葉は打ち終わらなくてはいけない。これが中々面白い。さあ、次はどのレベルに挑戦しようかと考えていると、突然電源が落ちて画面が真っ暗になってしまった。周りを見ると、そうなったのは結人だけではないようだった。みんなきょろきょろとあたりを見回している。


「嘘だろ…七不思議なんて…誰かが作った噂話じゃねえのかよ…。」


窓の外を見つめる怜央が震え声で言った。

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