最終話 『真なる歌は、我が名と共に』 その8
双子たちのことを考えながらも、仕事は進む。
エルヴェへの報告は暗号文に記されて、ストラウス家が所有する最速の鳩の足環の内部へと押し込まれた。寒空へと放たれた鳩は、あわただしく翼を羽ばたかせ、王都へと向けて飛び去っていく……。
ザードはその様子を見つめ、ねぎらいの意味を込めて鼻から白い息を空に吐いた。
王都にやって来た伝書鳩はストラウス家のものだけではない。トーマス・アルガスからの報告も、すでに届いていた。
聡明なエルヴェは、状況をすぐに理解する。幾たびの戦を指揮し、一人前の王となりつつあるが―――さすがにこの事態には恐怖を感じていた。
「……こんなに、怯えるのは……クインシーの死体に鎖で巻きつけられたとき以来かもしれない」
心中を素直に吐露した。自分の執務室でのことだ。それもまた許される。『ラウドメア』の復活と……討伐のために『同盟』を呼びかけなくてはならない。
「それを呼びかけられる立場とは、言えないのだが……ジーンめ、私を買いかぶっているのかもしれないな」
それでも。すべきことだった。軍事的な緊張感がある、政治的な対立がある。それを気にしていられる状況でもない。悪神、『歌喰い』、『ラウドメア』の封印が、もうすぐ終わってしまう。いや、今この瞬間にも終わりは訪れて、『ラウドメア』が動き始めているのかもしれない。
どれだけの被害になるのか……。
想像することは、難しい。
「被害者の存在そのものが、消えるのだからね。被害の総数を把握することなんて、不可能だ。かつての資料が、当てにはならない……一つ、確かなことは。相当数の戦力を失うということだけ……」
残酷な計算を、賢い頭脳はしてしまう。ガルーナの戦士の死者を減らし、他国の戦士の死者を増やす方法はないものか。卑劣な行いだとしても、王としてはしなければならない。同盟を結成したとしても、『ラウドメア』の脅威が終わった直後に他国から攻め滅ぼされては本末転倒である。
軍事力のバランスで、勝っている必要があった。
「……『彼』に、また動いてもらわなくてはならないな、クインシー。お前の遺産を、頼らせてもらうよ」
『墓掘り』のドワーフの少年とは、いまだに交流を続けている。それどころか、今ではエルヴェの有能な密偵の一人として活躍していた。
亜人種の老人たちから多くの知恵を得た少年ドワーフは、賢くタフである。クインシーとストラウス家、そして、エルヴェに対しての忠誠心の高さから、誰よりも信頼できる部下であった。
密かな身分である。
普段は、『墓掘り』を続けながら……必要に応じて、エルヴェからの命令に従い国内外を旅して回ってくれていた。
15才とは思えないほど、この少年も有能である。軍事的なリスクや、政治的な野心に対して、特別な嗅覚を発揮した。エルヴェやジーンからの情報を頼りながらも、独自の人間観察の力で、見事な調査をやってのける。
多くの老人たちと話して、多くの葬儀と携わったから―――らしい。死にまつわる嗅覚がやたらと発達しているとでも言うべきか。クインシーの『教育』の成果でもあり、彼が自らの仕事で得た経験の力でもあった。
「……どの種族の儀礼にも詳しく、死者の死因も読める。人間関係も、読み解いてしまうのだから……頼ってしまいたくなってもしょうがないだろう、我が友よ」
命令書を作らなくてはならない。
彼を派遣している南で、ファリス王国の土地に住む亜人種の傭兵たちを雇うことになるだろう。
「アンジュー家の血族にも、また働いてもらうことになるね。傭兵団の資金を立て替えてもらう。後々、こちらから報酬は支払うことにはなる。隠居したはずのご老人に、無理をさせてしまうが……これも、ガルーナを存続させるためだ。耐えてもらおう」
……軍が疲弊することを想定し、国外からの傭兵を集めておく。
国内貴族たちからは賛同を得にくいだろうが、備えておかなくてはならない。
「竜と竜騎士が、いなくなることがあったとしても……他国に攻め滅ぼされることがあってはならない……クインシー、私は、臆病者だろうか」
死者に頼る癖は、良くないのだが。政治と軍事の師匠である彼女のことを、エルヴェはいまだに信頼していた。記憶のなかに君臨する、彼女の似姿へと問いかければ―――魔女のように狡猾で氷よりも冷静な彼女の『思考法』が、エルヴェの心に蘇った。
「……『騙せばいい』、『裏切り者と北方諸国に指さされても、名誉よりもガルーナの存続を優先しなければならない』……彼女なら、そうやって、私の行動を肯定してくれる。分かったよ、クインシー。私は……『疲弊した同盟相手を攻撃するための手段を用意しておこう』」
守るためだけの軍事力などない。
傭兵団を集めておく最大の理由は、攻撃だ。『ラウドメア』との戦いで、最も疲弊するであろうガルーナに、これから同盟を組もうとしている相手が……悪神との戦いの後に群がらないように。
「『生贄』を用意しておかなくては……先んじて打撃し、ガルーナよりも疲弊させ、北方諸国の矛先が向かう『生贄』を作る。責任から逃れ、名誉を保ちたければ……傭兵団を、盗賊として振る舞わせばいい…………こんなことまで、考えなくてはならない……バロウよ。謀反を起こしてまで、本当に、この辛い使命を貴様は欲したのかな」
残酷でなくてはならない。
狡猾でなくてはならない。
それでいて、勇敢であり……賢くもなければならない。
内紛と周辺諸国との戦争で疲弊したガルーナの王の使命を果たすということは、15才の少年でなくても過酷が過ぎる。
「それでも、私たちは、生きなければならない。雄々しい戦いだけが、この王国を守る方法でもないのだ。竜騎士のように、正々堂々、敵と戦うことは、何と幸せなのか。友よ。私たちの戦いをするぞ。アレサたちとは、別の戦いを担うのが、私たちの使命だ」
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