最終話 『真なる歌は、我が名と共に』 その9


 貴重な時間が過ぎて行く。


 エルヴェは多くの指示をガルーナの内外に出した。衝突ばかりの北方諸国の王や酋長たちであるものの、エルヴェの停戦協定を受け入れることになる。『ラウドメア』の脅威は、忘れ去れるには早すぎた。


 一時的なものではあるが、それでも『ラウドメア』対策に全ての戦士が備えることを選べば……平和は訪れる。もちろん、全ての王たちは、『ラウドメア』が去った後のことも考えて、策を練っていた。領土的野心に燃える王もいれば、手痛い敗北の記憶を消し去るための復讐を胸に抱く者もいる。


 悪神に怯え、恐れ、備えながらも、王たちは内外の敵を見ていた。北方諸国に住む戦士たちの多くは、凶暴なのである。野心がなくとも、弱い王の姿を見せては身内に襲われかねない。弱い王は、国を亡ぼすこともあるのだから……。


 速やかに成立していく同盟の裏側で、多くの策略が北方の大地に広まっていく。悪神にも自分たちが成す同盟に対しても警戒し震えながらも、蛮勇たちは牙を用意するのだ。


 表も裏も、緊張に張り詰めてはいた。


 だが、それでも、人々の衝突は消え去る。


 北方の土地においては珍しい、血の流れの少ない時間が訪れたことは、出産したばかりのアレサには幸いであった。


 ……竜騎士姫が戦場から消えた理由を、国内外の戦士たちは知っていたが、出産の予定までは知らされることはなかった。知れば、野心を招きかねない。アレサが弱るタイミングに乗じて、敵意を持った者が動くこともありえる。


 それほど、竜騎士姫とザードの持つ力は大きいものだ。


 ……しかし、ジーンはエルヴェに『ストラウス家に双子が誕生したこと』を公表する許可も出していた。


 ガルーナの戦士たちを鼓舞するためには、その選択が最良だと考えたのである。アレサを欠いた状態で、『ラウドメア』と戦うのであれば―――ガルーナの戦士たちでも士気が緩むかもしれない。ただの敵ではなく、死の名誉さえも奪い取ってくる、ガルーナの戦士にとっては最大の天敵なのだから。


 『誕生したばかり』という事実は、伏せている。


 それは士気の向上につながらないからだ。


 自分の子供たちの誕生まで、政治と軍事に使う……ジーンは自己嫌悪も抱きはしたが、状況ゆえに受け入れる。翼将として生きることも、王ほどではないが、不自由な責任を背負わされるものであった。


 伝書鳩たちがあわただしく空を飛び交い、早馬は地を駆け抜ける時間は、またたく間に過ぎ去って……夜がやって来る。


「今夜ばかりは、静かに過ごせるでしょうね」


『……かくちで、『そうだん』とやらをしているわけだ』


「そうです。人は、それをしないと、堂々とは動けないものです。仲間を頼りたいんですよ、どんなに傲慢な支配者たちも……」


『ふん。よわいいきものだ』


 鼻息を長く白く、星が瞬く夜の暗さに放った。メリッサは、漂う白さを見上げながら、ザードの腹を撫でてやる。


「明日からは、夜も昼も、きっと、忙しくなります。これが、最後の穏やかな夜……『ラウドメア』を倒すまでは……倒したところで、その先も、しばらくは不安定な状況が続くでしょう」


『……たのしみだ!』


「はあ。そう言うと、思っていました」


『おれの『うた』を、ひろめてやらねばならんからな!』


 良くも悪くも、ザードはガルーナの文化を理解し、実践するようになった。軍事的功績と、それが支持する名誉の歌。伝説として生きることに、この竜は喜びを感じるようになったのだ。


 目標は……。


「『ガルーナで一番の歌』は、アレサお姉さまのものですよ」


『ふん!ちがうな、おれのものだ!』


「仲良く、分け合うといいでしょうに……コンビなのだから」


『いいや。これは、ゆずらん!……あっちも、ゆずらないだろうが』


「それは、そうですけど」


『『さいきょう』でなければ、みたされん。おれたちは、そういういきものだ!』


「……目標が高いのは良いことですけど。もっと、柔軟になって欲しくもありますよ」


『ふん。だきょうするほど、つまらんものになる!おれのうたこそが、いちばんだ!これだけは、ぜったいに、ゆずらん―――』


「おぎゃああああああああああああああ!!」


「おぎゃああああああああああああああ!!」


 窓ガラスを揺らすような勢いで、双子たちが泣いた。ザードは、目を細める。


『おのれ……っ。まもってやると、いったんだぞ。だが……なんだ、こいつらは?なんで、おれがまもっているのに、ないてわめく!!』


「ムチャ言わないの。赤ちゃんに、そんなこと分かるわけないでしょう?……孤児の小さな子よりも、もっと、小さいんだから」


『そんなに、よわいのが……あれさから、うまれるのか』


「そうなの。だから、私たちが守ってあげなくちゃね」


『りゅうは…………』


「竜は、もう少し強い存在で生まれるかもしれないけど。人は、誰かの保護が必要なんです。しっかりと、守り抜いてあげなくちゃ……寒いだけでも、死んじゃうことだってあるんですから」


『……っ!!おい、あれさ!!まきを、もやせ!!がきどもが、さむがっているかもしれんだろうが!!おれが、ほのおをはいてやろうか!?』


 アレサたちの部屋に向けて、首を伸ばしたザードが真剣な表情で叫んだ。メリッサは、その様子を見て、にやけてしまう。気性の激しい竜にも、やさしさはあるのだ。それに触れることは、彼女も喜べる。


 何とも、緊張をほぐしてくれる態度であった。


「あんなに、必死になって……赤ちゃんたちの、『お兄さん』にでもなった気でいるようですね」




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