第二話 『黒竜の誓約』 その9


 早朝の出発に備えて、三人は休息を取ることに集中する。ジギーの入れてくれた風呂につかり、そのままさっさと眠ってしまった。アレサとメリッサは同じ小屋で、ジーンはジギーと同じ小屋で眠る……。


「……そう言えば、オレ、初夜だったんだな。なんで、ジギーと同じ屋根の下なのか」


「相変わらず、変な人生を歩んでいる」


「そうかもね。でも、慣れっこさ。この結婚も、クインシーの政略に過ぎないし……乗る気じゃなかったところもある」


「純情な男だ」


「そっちこそ」


「オレは再婚の機会が無かっただけだ。家畜の世話が忙しくてな」


「オレだって、詩を書いたり色々と本を読んだり……」


「それらの趣味が、姫さまを助ける。賢者の知識を、この王国のために使え」


「向いてないよ」


「向いていなくても、すべきときだ。民衆の心は、うつろいやすい。バロウが権力を掌握すれば、認めて行く者も増える。どれだけ早く、ヤツから王国を取り戻せるか……そして、そのあとに……」


「政治をしろ、と」


「向いていなくても、力がある。お前は英雄だ。賢くもあり、さらに無欲。子供もいないんだ。王国のことを、子供だと思って大切にしろ。そうすれば、動ける」


「……そうしようかね。無事に、生き延びれたときには」


「……死ぬ気か?」


「死にたくは、ない。でもね、命を賭けなくちゃならないのは確かだ」


「敵は強い」


「バロウも……ヤツを討つために必要なザードもね。オレが、助言した。きっと、言わなくたってあの赤毛のお姫さまは自分で行っただろうけど……だが、口にしたのは事実さ」


「責任があるな」


「その通り。だから、命を懸けるよ」


「……それでいい」


「だよね。オレらしいよな?こういう、自主性が乏しいのはさ……?」


「さっさと寝ろ。おしゃべり野郎」


「……そういうしょっぱい対応も、ありがたい。貴族ってのは、孤独なんだよ。だからパーティーばっかりやるんだ。対等に付き合ってくれるヤツを探す必要がある。なかなか、得難いよ……貴重な友人。おやすみ。おしゃべり野郎も、さっさと眠るさ」


 とっくに寝息を立て始めているジギーが寝ているベッドから視界を映す。


 乙女たちに上等な毛布を渡したせいで、寒いベッドだ。


 しかし、巨人族のためのサイズだ。一人で寝転ぶには、余裕がある。


「……スケベだな、おじさんのくせに」


 姪との初夜に期待をするなんて。血はつながっていないものの、背徳的な結婚ではある。そして、何よりも政治的であった。


 政治の延長線上で絡み合う、貴族の血筋。この赤い糸が絡み合ったあげく、内乱を生んでしまったのだ。ろくでもない結婚は、多くすべきじゃない。


 政治……。


 全ては、政治だった。


 おぞましい野心家どもばかり。誰もが権力を求めて、何だってした。血のつながらない姪どころか、実の子とだって結婚することもあるのが貴族だ。権力のために。何だってする。


 ……クインシーの代わりに、エルヴェを支えていれば、バロウを御せただろうか。


 クインシーの気性なら、暗殺者の一人ぐらい返り討ちにしてみせるかもしれないが、ジーン・ストラウスであればその十倍は倒せる。両腕がそろっていた頃は、最高の魔術師の一人だ。


 ……ティファを失い、ヒマをしていた。本を読み耽り、まるでガルーナで一番の知識人のように。本の楽しさと有用性を教えてくれたのは、通ったこともない学校ではなく、このジギーの小屋だった。英雄だから、お姫さまと結婚できただけの男だ……。


 お姫さまが死んだあと、すべきことを探しておけば良かったのだろうか。


 すべきことは、多くあったはず。


 政治に参加して、エルヴェを支えてやれれば。いや、アレサの父でもいい。先代の王を支えていれば、まだ彼が生きていたかもしれない。


 怠惰に引きこもった結果が、これだ。


 アレサは実の両親に続き、継母まで失った。


 ジーンが王城であらゆる努力をしていれば、彼らのうちの一人か二人は今夜も生きていたかもしれないのに。感傷的に、時間を過ごしてしまったのかもしれない……。


「……エルヴェを殺したとは、言いふらしていない。つまり、バロウは……クインシーのようにエルヴェを利用する。幽閉して、ゆっくりと殺すのかもしれない。食事に毒でもわずかずつ混ぜていき……そうすれば、弱っていく。そして、寒さがある冬の夜にでも、まるで自然の与えた運命のように死を迎えるんだ。誰もが真実を知っていても、証明はできない。バロウは、王となる……」


 寝息が答えてくれないのを知っている。それでも、自分のために言葉にした。


「……オレの怠惰が……感傷的な時間の消耗が、この王国の業深さを増したというのなら。少しは……挽回してみるとするよ。命を懸けて……君の兄の娘のために……アレサのために。ちょっとは、良い叔父さんとして……戦おう」


 誓いを農家の小屋の天井にぶつける。


 ずっと昔、いつか誰も行ったことのない場所を旅して回ると、この狭い土地から脱出して、どこまでも広い世界を見るのだと。本で見た全ての景色を、実際の光景として見るのだと、誓ったときのように。


 寝息を演じる者は、知っている。


 ジーン・ストラウスという男は、口にした言葉の全てを、結局は叶えてしまう男だと。


 だから英雄になれたのだ。今度も、良い夫になるといい。竜騎士姫に相応しい夫として、このガルーナという竜の舞う王国を正しい形へと導くために、力を尽くせばいいのだ。アレサなら、女王にだってなれるのだから。


 竜騎士姫がザードに乗って行う復讐を、この国の誰しもが心待ちにしている。不可能なことを、可能にする力があると、民は信じているのだ。そういう者は、女王にだってなっていい。この王国は、長く統治してくれる者の訪れを願っている。


 そうでなければ。


 遠くないうちに、この王国は滅びるだろう。危機感と裏返しの期待が、この旅には向けられている。死者のためにも、死者のためだけではない生き方をするべきときが来たのだ。




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